「しっくりこない」を楽しむ
京都ことば磨き塾で、「『しっくりこない』を楽しむ」
ということを教わった。
パッと思いつく、 私にとっての「しっくりこない」とは、「何を着ても似合わない日」のこと。
普段はパンのTシャツとGパンで生活している。
ちょっと出かけるときに、パンツを変えたり、普段来ていないTシャツを着てみたりと冒険してみると、何を組み合わせても似合わない日がある。
そんなときに限って、あまり時間に余裕がない。もうええわ! と思いながら、そのまま出かけてしまったりする。
50年も前のことだけれど、保育園はしっくりきていなかった。左利きだったから。当時は、左手で給食を食べたり、絵を描いたりしてはいけなかったので、保育園にいるときは、何をするにもまず、「みぎて、みぎて」と考えてから行動していた。ぼんやりしていると、無意識のうちに左手で行動してしまって、見つかるとしかられた。
自分じゃない自分が、そこにいるなあとうっすら感じながら生活していた気がする。人生の「ファーストしっくりこない」だったのかもしれないと笑える。
人間関係とか、いろんな場面で、「しっくりこない」ことは大小ある。
もしかしたら、人間関係に関することが、一番多いかもしれない。
すれ違い、違和感、ツボが違う、お互い心を閉ざしてる……。
受講生さんの、「オットが、しっくりきません」という発言もあった。おもしろ!
その、「しっくりこない」を楽しむというのだ。
「世の中、しっくりこないことが当たり前で、しっくりこないことに、びっくりしません」
という発言もあった。確かに! そうだそうだ。
先生からは、こんなお話があった。
「異分子がいるから、面白い。そのことが、人生を面白くする」
「しっくりこない」、と閉じてしまうよりも、「自分にはなかった新しい視点」や「思いがけない人生の宝物」が隠れていることに、気づいたほうが楽しい。
すぐに「楽しむ」という余裕は持てなくても、「しっくりこないのは当たり前」と思えるようになると、肩の力が抜ける気がする。
最近、いいなと思ったもののみかたを紹介させていただきました。
ありがとうございます。
