大変ご無沙汰しております。
うーちゃんです。
しばらく日本へ一時帰国しておりましたが、大学の再開に合わせ、再びペルーへ戻ってまいりました。(一時帰国の時の出来事も後々記事にしたいと思っております)
今回も例によって、空席があれば乗れるし、無ければ乗れないという大変スリリングな航空券を利用しております。
前回ペルーへ向かった際は、JFKで13時間ほど取り残された挙句、喫煙所にいたおっさんからKevinという新しい名前を与えられました。
さすがに二回目ともなれば、もう少しスマートに南米まで移動できるだろう。
そんなふうに考えていた時期が、私にもありました。
結論から申し上げると、
・成田空港まで行ったのに羽田空港へ引き返す
・夜まで待った挙句、飛行機に乗れず帰宅
・翌日、改めて羽田空港へ向かう
・パリで一泊する
・喫煙所で「山川」という新しい名前を与えられる
・リマの税関でタバコ6カートンを自主申告する
という、前回に負けず劣らず意味の分からない旅になりました。
どうやら私は、海外の空港にある喫煙所へ入るたびに名前が変わるようです。
今回は、一時帰国を終えた私が、日本からパリを経由し、どうにかリマの自宅へ帰り着くまでのお話です。
スカイライナーの車内で旅程が崩壊する
成田に着いたのに羽田へ戻る
21時まで粘って、普通に敗北する
翌日、日航でパリへ
パリの喫煙所で山川になる
パリでも暴対法は施行されている
本場の"Bon voyage"
帰ってきちまったな
おわりに
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スカイライナーの車内で旅程が崩壊する
さて。
当初予定していた旅程は、次のようなものでした。
成田
↓
マドリード
↓
リマ
文字にすると実にシンプルです。
前回はアメリカで取り残されたので、今回はヨーロッパを経由して、華麗にペルーへ戻ろうというわけです。
マドリードまでも、そこからリマまでの便も空席がある。
これなら問題ないだろうということで、私は大荷物を抱え、スカイライナーに乗って成田空港へ向かっていました。
ところが、電車の中で何気なく空席状況を確認してみると、マドリードからリマへ向かう便の空席が消滅していました。
少し減ったとか、残り一席になったとか、そういう生易しい話ではありません。
消滅です。
つい先ほどまで存在していた私の座席候補は、スカイライナーが成田へ向かっているわずかな時間のうちに、跡形もなく消え去っていました。
もちろん、成田からマドリードまで行くこと自体はできます。
しかし、マドリードに到着したところで、その先のリマ行きに乗れなければ意味がありません。
スペインの空港で途方に暮れながら、
「なぜ私は、空席がないと分かっている便を目指してここまで来たのだろう」
と人生について考える羽目になります。
前回はニューヨークで空港難民になりましたが、今度はマドリードで空港難民になる可能性が出てきました。
さすがに同じような失敗を、別の大陸で繰り返す必要はありません。
そこで急遽、別のルートを探すことにしました。
すると、羽田空港を21時に出発するエールフランスのパリ行きが見つかりました。
さらに、パリからリマへ向かう便はガラガラです。
これなら行けるかもしれない。
問題は、私は今、羽田空港とは反対に成田空港へ向かうスカイライナーの中にいるということです。
こうして、まだ日本を出発してすらいないのに、私の旅程は見事に崩壊しました。\(^o^)/
成田に着いたのに羽田へ戻る
とはいえ、スカイライナーは私の都合で引き返してはくれません。
空席が消えようが旅程が崩壊しようが、電車は極めて順調に成田空港へ向かっていました。
私もとりあえず成田まで行くしかありません。
こうして、マドリード行きに乗らないことがほぼ確定した状態で、当初の目的地だった成田空港へ到着しました。
通常であれば、ここからチェックインをして、保安検査を通過して、飛行機に乗るところです。
しかし、今回の私は空港へ到着するなり、羽田空港行きのバス乗り場を探し始めました。
成田空港まで来ておきながら、一度もカウンターへ向かうことなく、今度は羽田空港へ移動することになったわけです。
我ながら何をしているのか、よく分かりません。
もっとも、羽田を21時に出発するエールフランスのパリ行きには、まだ乗れる可能性がありました。
パリまでたどり着ければ、その先のリマ行きはガラガラです。
成田からマドリードへ飛んで途方に暮れるより、羽田からパリへ向かったほうが圧倒的に勝算があります。
そう自分に言い聞かせ、大荷物を抱えたまま空港バスへ乗り込みました。
つい先ほどまでスカイライナーで東へ進んでいたはずなのに、今度はバスで西へ戻っていきます。
一日かけて日本からペルーへ移動する予定だったのですが、まずは成田と羽田の間を移動するところから始まりました。
ちなみに、この時点ではまだ日本を一ミリも出ていません。
21時まで粘って、普通に敗北する
途中の道路渋滞を挟み、三時間かけて羽田空港へ到着し、エールフランスのカウンターへ向かいました(電車乗った方が早かったのでは?)。
事前情報でエールフランスのカウンターの場所を把握していたため、そこに向かうもあったのは、大韓航空の文字でした。
スタッフの方に尋ねてみると、エールフランスのカウンターは18時に開くとのこと、現在時刻は10時です。
まあしゃーなしということで、私は空港のベンチに座り、荷物を抱えたまま待つことにしました。
することもないので、そのまま居眠りをしたり、蒲田に餃子を食べにいったりしました。
でかい荷物だったこともあり、荷物預かりサービスに荷物を預かってもらうも、なんと1000円もしました。
手痛い出費です。
ただね、日本って安全で最高!
ベンチで寝ていた時間は結局5時間ほどになりましたが、何も取られることもなく、誘拐されることもなく、まして強⚪︎されることもありませんでした(僕がこれまで住んでいた国とは大違い!!)。
ペルーへ戻る前に、日本の治安のありがたさを全身で味わうことができました。
18時になりまして、カウンターに向かい、事情を説明して確認してもらったものの、結果はスタンバイ。
乗れるかどうかは、最後まで待ってみなければ分からないとのことでした。
まあ、そういう航空券を使っているので仕方ありません。
21時にカウンターに戻ってこいとのことでしたので、またもベンチにて入眠、一瞬で時間は過ぎ、目を覚ましてカウンターへ向かうと、先ほどまでは見かけなかった数人の人間が、その周辺をうろうろしておりました。
明らかに普通の利用客とは様子が違います。
カウンターから微妙に距離を取りつつ、しきりにスマートフォンを確認する姿。
そして、漏れ聞こえてくる空席や発券に関する会話。
間違いありません。
奴らもまた、空席に己の運命を委ねるZED Travellerです。
つまり、ライバルです。
同じ特殊な航空券を利用している者同士、ここは親睦を深め、互いに情報交換をするのが人として正しい姿なのかもしれません。
しかし、そんなことはしません。
ライバルなので。
残されているかもしれない僅かな座席を奪い合う関係ですから、仲良くお喋りをしている場合ではありません。
向こうも、私がZED Travellerであることには気づいている様子でした。
私が相手を見る。
相手もこちらを見る。
何度も目が合う。
しかし、誰も絶対に話しかけません。
互いに、
「お前もこの便を狙っているのか」
「そういうお前こそ何者だ」
という視線だけを交換しながら、無言でカウンターの様子をうかがっておりました。
もはや航空券のキャンセル待ちというより、水場を巡って牽制し合う野生動物のような状況です。
そして迎えた21時。
私とライバルたちは、一斉にカウンターの前へ集まりました。
誰か一人くらいは乗れるのか。
それとも全員乗れるのか。
あるいは、私だけが選ばれてしまうのか。
わずかな期待を胸に結果を待っていると、スタッフの方から大変申し訳なさそうに、
「すみませんけど、今回は無理です!」
と告げられました。
無理でした。
しかも私だけではありません。
先ほどまで無言で牽制し合っていたライバルたちも、仲良く全員敗北です。
勝者、ゼロ。
あれほど互いを警戒していたというのに、最後は全員が同じような顔をしながら、泣く泣く荷物を引いて帰宅することになりました。
つい数分前までは、残された座席を奪い合う敵同士でした。
しかし、乗れないと分かった瞬間から、我々は同じ戦場で敗北した仲間です。
もっとも、最後まで会話はしませんでした。
ライバルなので。
こうして朝から大荷物を抱えて成田空港まで行き、そこから三時間かけて羽田空港へ移動し、合計で五時間ほどベンチで眠った結果、私は一度も飛行機に乗ることなく、普通に家へ帰ることになりました。
当日の移動経路は、以下のとおりです。
自宅
↓
成田空港
↓
羽田空港
↓
自宅
ペルーへ帰る予定だった人間が、でかい荷物を持って東京近郊を一周しただけです。
旅行初日にして、見事な完全敗北となりました。
ただ、翌日の日本航空パリ行きを確認してみると、こちらにはまだ空席がありました。
どうやら私は、翌日もまた羽田空港へ行かなければならないようです。
翌日、日航でパリへ
翌朝5時。
私は大荷物を我が家の愛車、ぶりぶりアバルトへ積み込み、再び羽田空港へ向けて出発しました。
昨日は成田空港と羽田空港を巡った挙句、一度も飛行機へ乗ることなく帰宅しています。
そして、その数時間後には再び羽田空港を目指しているわけです。
もはや昨日の移動が何だったのか、よく分かりません。
今回狙うのは、日本航空のパリ行きです。
パリからリマへ向かう便との乗り継ぎ時間が合わないため、無事に乗れた場合はパリで一泊することになります。
ただし、まだ飛行機に乗れると決まったわけではありません。
ホテルを先に予約して、再び羽田空港から家へ帰ることになれば、さすがに笑えません。
そこで、ホテルはチケットが出てから予約することにしました。
日本航空の国際線チェックインが始まるのは朝6時です。
私はその20分前、5時40分ごろに羽田空港へ到着しました。
さすがにこの時間なら、かなり前のほうへ並べるだろう。
そう思いながら出発ロビーへ向かうと、
既に長蛇の列ができていました。
早すぎるだろ。
皆様、一体何時から羽田空港にいるのでしょうか。
そして、その列の前から二番目に、どこかで見覚えのある人物が立っていました。
昨日のライバルです。
昨日、エールフランスのカウンター前で何度も目を合わせながら、最後まで一言も会話をしなかったZED Travellerが、既に前から二番目の場所を確保していました。
昨日、全員で仲良く敗北したはずなのに。
どうやら向こうも、私と同じ日本航空のパリ行きへ狙いを変更したようです。
それにしても、
こいつら何時から並んでたんだ?
私は朝5時に家を出ています。
それでも、ライバルは既に前から二番目です。
もしかすると、私がぶりぶりアバルトで羽田空港へ向かっているころ、彼らは既に出発ロビーで待機していたのかもしれません。
昨日の敗北を経て、スタンバイに対する覚悟が一段階上がっています。
なお、昨日と同様、挨拶はしませんでした。
ライバルなので。
午前6時になり、日本航空のカウンターが開きました。
長い列が少しずつ前へ進み、私の順番が近づいてきます。
昨日のことがありますから、空席があると表示されていても安心はできません。
また夜まで待たされた挙句、
「すみませんけど、今回は無理です!」
と言われる可能性もあります。
前日に一度完全敗北しているため、もはや何が起きても不思議ではありません。
祈るような気持ちで手続きを進めましたが、今回はどうにか乗ることができました。
ついに勝利です。
昨日は朝から晩まで東京近郊を一周しただけでしたが、今日は本当に日本を出られます。
チケットが出たことを確認した私は、その場でニコニコしながらパリのHoliday Innを予約しました。
こうして私は、二日がかりでようやくパリ行きの飛行機へ乗り込むことになりました。
あとは席に座り、パリまで運んでもらうだけです。
ようやく穏やかな移動が始まりました。
私の隣には一人のおじさんが座っていたのですが、離陸後、何度か席を立っておりました。
その後、何やら乗務員の方と話した結果、別の席へ移動することになったようです。
詳しい事情は分かりません。
ただ、一つだけ確かなことがあります。
私の隣が空席になりました。
ついに来ました。
前日の完全敗北を埋め合わせる、まさかのボーナスタイムです。
おかげさまで窮屈な思いをすることもなく、そのまま快適にパリまで移動することができました。
成田と羽田を巡った挙句、飛行機に乗れず帰宅した昨日とは大違いです。
二日がかりではありますが、私はついに日本を脱出し、無事にパリへ到着しました。
しかし、ここからリマへ向かう飛行機が出発するのは翌日です。
つまり私は、ペルーへ帰る前にパリで一泊しなければなりません。
パリの喫煙所で山川になる
飛行機を降りた私は、まず入国審査へ向かいました。
事前に周囲の人からは、
「パリの入国審査は二時間くらいかかる」
と聞かされていました。
ただでさえ日本を出るまでに二日かかっています。
ここからさらに二時間待たされるとなれば、ホテルへ到着するころには完全に夜です。
それなりの覚悟を決めて入国審査場へ向かったのですが、特に混雑している様子はありませんでした。
結果、待ち時間を含めても30分ほどで通過。
二時間とは何だったのでしょうか。
まあ、早く終わる分には何の問題もありません。
無事にフランスへ入国した私は、いつもどおり喫煙所へ向かいました。
すると、そこでは数人のアフリカ系の男性たちが、音楽に合わせて楽しそうに踊っていました。
私もちょうど、新調したイヤホンでサザンオールスターズを聴いていたところです。
せっかくなので、私もイヤホンから流れるサザンのリズムに合わせて、少し身体を揺らしてみました。
すると、すぐに彼らの一人から話しかけられました。
「それ、中国の音楽か?」
違います。
日本の音楽です。
私がそう答えると、彼らの反応が一変しました。
「日本の音楽なのか!」
「俺たちにも聴かせてくれ!」
どうやら急に興味を持ってくれたようです。
そこでイヤホンを外し、今度はスマートフォンのスピーカーからサザンオールスターズを流してみました。
すると、喫煙所は大盛り上がり。
先ほどまで彼らだけで踊っていた空間に、サザンオールスターズと私が加わりました。
言葉も出身国も違いますが、同じ音楽に合わせて身体を揺らせば問題ありません。
私は無事、仲間として認められたようです。
そのまま互いの国について話していると、一人が突然、自分を指さしながら言いました。
「俺の名前は崎川だ」
崎川。
どう見ても崎川ではありません。
なぜパリの空港で出会った彼が突然、日本人のような名前を名乗り始めたのかは分かりません。
さらに彼は、私の名前を尋ねることもなく、こちらを指さして言いました。
「お前は山川だ」
山川。
私の名前は山川ではありません。
しかし、既に彼の中では決定事項のようでした。
こうして私は、パリへ到着してから一時間も経たないうちに、見知らぬ人物から「山川」と命名されました。
崎川と山川。
どちらも本名ではありません。
それでも我々は互いの国や音楽について語り合い、少しだけ楽しい時間を過ごしました。
本当はもう少し話していたかったのですが、こちらは二日がかりで日本を出発し、十数時間のフライトを終えた直後です。
さすがに疲れました。
最後に"Salut"と別れを告げ、私はホテルへ向かうことにしました。
こうして私は、日本を出たときとは異なる名前になって、パリのHoliday Innへ向かいました。
山川として(それじゃチェックインできないでしょ)。
パリでも暴対法は施行されている
パリのHoliday Innに到着した私は、まずチェックインの手続きを始めました。
予約サイト上では、宿泊料金とは別に、デポジットとして400ユーロを預けるように書かれていました。
400ユーロ。
何も壊さずにチェックアウトすれば返金されるのでしょうが、一泊するだけのホテルに預ける金額としては、なかなかのものです。
本当に支払う必要があるのか、フロントのお兄ちゃんに確認してみました。
すると、彼は特に悩む様子もなく、
「I trust people.」
と一蹴。
デポジットの支払いは、あっさり免除されました。
予約サイトに書かれていた400ユーロとは、一体何だったのでしょうか。
よく分かりませんが、私は信頼に値する人間だと判断されたようです。
ありがたく、その信頼を受け取ることにしました。
そのままチェックインのためにパスポートを渡すと、私が日本人だと気づいたお兄ちゃんは、突然こんなことを聞いてきました。
「ヤクザの知り合いはいるのか?」
いません。
日本人だからといって、全員にヤクザの知り合いがいるわけではありません。
どうやら、パリでも暴対法は施行されているようです。
当然ながら「いない」と答えると、お兄ちゃんは露骨に残念そうな顔をしていました。
一体、どのような回答を期待していたのでしょうか。
その後、話題は日本車へ移りました。
彼はスープラが好きなようです。
そこで私がGT-Rのほうが好きだと伝えると、今度は少し不満そうな顔をしていました。
ヤクザの知り合いはいない。
スープラよりGT-Rが好き。
どうやら私は、彼が期待していた日本人像から、ことごとく外れてしまったようです。
それでも最後には、カタコトの日本語で、
「ようこそ」
と言って歓迎してくれました。
初対面の客にヤクザの知り合いがいるか尋ね、好きな日本車が違えば不満そうな顔をする。
なかなか愉快なお兄ちゃんです。
そんなやり取りを終えた私は部屋へ入り、翌日のリマ行きに備えて眠ることにしました。
しかし、長時間のフライトと時差の影響なのか、まったく眠ることができません。
仕方がないので、深夜にフロント付近のフリードリンクコーナーを覗いてみることにしました。
すると、そこには早朝の乗り継ぎに備えて起きてきたのであろう人々が、長蛇の列を作ってコーヒーを求めていました。
皆様、眠そうな顔でコーヒーマシンを操作しています。
何を飲んでいるのだろうと思ってよく見てみると、全員がダブルエスプレッソのボタンを何度も押していました。
一杯だけではありません。
紙コップがいっぱいになるまで、ひたすらダブルエスプレッソを注いでいます。
どうやらこのホテルでは、紙コップ一杯分のエスプレッソを飲むのが風習のようです。
郷に入っては郷に従え。
私もダブルエスプレッソのボタンを連打し、紙コップいっぱいのエスプレッソを作ってみました。
眠れないからフロントへ降りてきた人間が、深夜に大量のエスプレッソを飲んでいます。
今夜眠ることは、完全に諦めました。
そのまま置いてあったクロワッサンを手に取り、外のテラス席へ移動しました。
パリの夜は涼しく、長時間のフライトを終えた身体には、その空気がとても心地よく感じられました。
静かなテラス席で、熱いエスプレッソを飲みながらクロワッサンをいただきます。
前日は、成田空港と羽田空港を巡った挙句、一度も飛行機に乗れず帰宅。
翌朝には再び羽田空港へ向かい、どうにか日本を脱出して、ようやくパリまでたどり着きました。
その果てに待っていたのが、涼しい夜のテラスでいただくクロワッサンと、紙コップいっぱいのエスプレッソです。
決して大げさな出来事ではありません。
それでも、その時間が本当に心地よくて、私はとても幸せな気持ちになりました。
本場の"Bon voyage"
結局ほとんど眠れないまま、リマへ向かう時間になりました。
私はHoliday Innを後にし、再びシャルル・ド・ゴール空港へ向かいます。
ここから乗るのは、Air Franceのリマ行きです。
空港で手続きを進めていると、対応してくれたAir Franceのお姉さんたちと、ちょっとした会話が始まりました。
何がきっかけだったのか、細かいところまでは覚えていません。
ただ、話しているうちに思いのほか会話が盛り上がり、最後には少し仲良くなっていました。
日本を出るまでに二日かかり、パリの喫煙所では山川と命名され、ホテルではヤクザの知り合いがいるか尋ねられています。
旅というものは、なぜか行く先々で知らない人と仲良くなります。
手続きが終わったので、搭乗券を確認してみると、さらに思いがけないことが起きました。
アップグレードされていました。
理由は分かりません。
お姉さんたちとの会話が盛り上がったことと、アップグレードに何らかの関係があったのかも分かりません。
分かっているのは、リマまでの長いフライトを、当初よりも良い席で過ごせることになったという事実だけです。
一昨日は、一日中空港を巡った挙句、飛行機に乗ることすらできませんでした。
しかし、この日はパリまで無事にたどり着き、クロワッサンとエスプレッソをいただき、最後にはまさかのアップグレードまで付いてきました。
初日の完全敗北を補って余りある展開です。
私が驚きながらも喜んでいると、Air Franceのお姉さんたちは笑顔で送り出してくれました。
「Bon voyage!」
本場の「ボン・ボヤージュ」です。
日本でも何度か耳にしたことのある言葉ですが、パリの空港で、Air Franceのお姉さんたちから言われると重みが違います。
フランス人に「Bon voyage」と送り出され、Air Franceに乗って南米へ向かう。
これ以上ないほど正しい使われ方です。
私も笑顔で別れを告げ、リマ行きの飛行機へ向かいました。
クロワッサンとエスプレッソをいただき、まさかのアップグレードを受け、本場の「Bon voyage」に送り出される。
こうして、わずか一泊のフランス滞在は終了しました。
次の目的地は、リマ。
二日がかりで始まった今回の旅も、ようやく最後の区間です。
帰ってきちまったな
パリを出発してから、およそ13時間。
機内では特に面白いことも起きないまま、無料で出されるシャンパンに舌鼓を打ちながら、飛行機はようやくリマへ到着しました。
飛行機を降り、久しぶりにペルーの空気を吸った瞬間、最初に抱いた感想は、
「クサい」
でした。
懐かしい景色でも、温暖な気候でもありません。
なんかクサい。
この何とも説明しにくい空気まで含めて、間違いなくリマです。
入国審査では、滞在可能日数について何か言われることもなく、特に問題なく通過。
あとは荷物を受け取り、空港から出るだけです。
しかし、出口へ向かっていると、私の荷物が検査に引っ掛かりました。
今回、私が日本から持ち込んでいたタバコは、合計6カートン。
さすがに堂々と歩きすぎたでしょうか。
慌てて税関へ駆け込み、持ち込んでいるタバコの内訳を説明しました。
6カートンのうち、5カートンは電子タバコです。
税関の係員に確認してもらったところ、今回は問題ないとの判断を受けました。
少なくとも、その場で怒られたり、税金を請求されることはありませんでした。
ならば、もう隠す必要はありません。
私は6カートンのタバコを携え、今度こそ堂々と空港を後にしました。
空港の外へ出て、久しぶりにリマの空気を吸います。
帰ってきちまったな。
それが率直な感想でした。
本音を言えば、日本を離れて再びペルーで生活することには、それなりの憂鬱もありました。
しかし、実際に戻ってきてみると、思っていたほど悪い気分ではありません。
むしろ、見慣れた街並みや空気に、少し安心している自分がいました。
クサいけど。
家へ到着すると、とりあえず同居人の「反政府ゲリラ」たちが僕の帰りを待っていてくれました。
数週間留守にしていただけですが、日本での出来事や帰り道の話をしていると、本当にここへ戻ってきたのだと実感します。
せっかくなので、日本から持ってきたタバコをお土産として渡してみました。
すると、これが驚くほど好評でした。
少し喜んでもらえれば十分だと思っていたのですが、本人たちは腰を抜かすのではないかという勢いで喜んでいます。
税関へ駆け込んでまで確認し、6カートンを無事に運び込んだ甲斐がありました。
日本を出るまでに二日。
パリで一泊し、そこからさらに13時間。
ようやくたどり着いた先で待っていたのは、リマ独特の臭いと、反政府ゲリラたちと、日本のタバコを巡る大騒ぎでした。
帰ってきちまったな。
でも、意外と悪くありません。
おわりに
前回の記事を更新してから、随分と日が空いてしまいました。
現在、私は無事にリマへ戻り、再びペルーでの生活を始めています。
一方で、12月まで滞在するために必要なビザの延長手続きは、Migracionesのウェブサイトが正常に動かず、途中で止まっています。
正確な原因は分かりませんが、移民局へ問い合わせながら対応を進めているところです。
ひとまず、今回の記事はここまで。
残り数か月となったペルー生活についても、これから少しずつ書いていきたいと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。
P.S. 今回もバタバタで全く写真が撮れなかったため、ほとんど画像がございません。パリでお世話になった喫煙所の写真を一枚だけ撮りましたんで、これでご容赦ください。やっぱパリは灰皿一つとってもなんかオシャレですね、知らんけど。
Lumix S1 + Nikkor H.C 5cm F2 (50mm, f2.8, iso100, ss1/15)
では、また。