こんにちは、はせがわです。
前回は、このブログを開設した理由などをつらつらと書きました。
今回は、記念すべき(?)第一回のお話として、私がリマに到着するまでのお話をまとめておこうと思います。
結論から申し上げると、なかなかに波乱万丈でした。
というのも、今回のフライトでは特殊な航空券を使用しています。
これは簡単に言えば、空席があれば乗れるが、無ければ乗れないという大変スリリングなものです。
要するに、旅程はあって無いようなものです。(私の周りの方々ならよくご存知だとは思いますが、いつも通りです......)
今回の当初の予定はこうでした。
羽田
↓
JFK(ニューヨーク)
↓
リマ
文字にすると実にシンプルです。
これがこのまま進んでいれば、特に語ることもない、ただの長距離移動の記録になっていたことでしょう。
しかし残念ながら、この旅はそんなに素直には進んでくれませんでした。
妨害されし旅路
さて、本題に入る前に、少しだけ前日談を書いておきます。
そもそも日本からペルーへ向かう方法は、大まかに言って 西回りの航路 と 東回りの航路 の二種類に分けられます。
東回りは、アメリカなどを経由して太平洋側から南米へ向かうルート。
西回りは、ヨーロッパを経由して大西洋側から南米へ入るルートです。
私は当初、この 西回りルート を選択するつもりでした。
具体的には、
マドリード経由でリマへ向かう便 です。
どうせ地球の裏側まで行くのなら、ついでにヨーロッパも見ておこうじゃないか。
いわば、ファンタスティック卒業旅行プランというやつです。
ところがここで、思わぬ横槍が入ります。
皆様も記憶に新しいかと思いますが、某国が突如としてニュータイプ能力を発揮し、中東で騒ぎが起きてしまったのです。
その結果どうなったかというと、ヨーロッパ方面のフライトが軒並み混雑し、私が狙っていたマドリード行きの便も、あっという間に満席になってしまいました。
ちなみにこの便、2日前まではガラガラだったんですよね。
このタイプの航空券を用いた旅行はアクシデントが起きると本当にロクなことになりません。
こうして、私の マドリード経由ファンタスティック卒業旅行風計画 は、見事に崩壊しました。 \(^o^)/
羽田出発
ちゅーわけで、代替案として、かねてより考えていた 東回りの航路 を選択し、一路ニューヨークへ向かうことにしました。
取り急ぎ、
東京羽田国際空港 → ニューヨーク ジョン・F・ケネディ国際空港 の便を確保し、なんとか搭乗することに成功。
特殊航空券の旅は、まず飛行機に乗れるかどうかから勝負が始まります。
この時点で一つ関門を突破したと言ってよいでしょう。
羽田を出発したタイミングでは、旅は驚くほど順調でした。
↓出発時の羽田空港(A35kのクソデカ主翼に反射する文字が美しいですね、やはり欧州人はデザインに秀でているのでしょうか)
ちなみに、羽田空港では大学の同期が忙しい中見送りに来て下さいまして、クソ高い空港の蕎麦とビールを奢っていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。Oくん、本当にありがとう。プレモル美味かったよ。
JFK難民爆誕
約13時間ほどのフライトを経て、無事ニューヨーク ジョン・F・ケネディ国際空港(JFK) に到着しました。
長時間フライト特有の、「自分が今どこの時間軸にいるのかよく分からない感覚」に包まれつつ、とりあえず入国審査を突破します。
ここまでは、特に問題なし。
むしろ拍子抜けするほど順調でした。
当初の予定では、ここJFKでリマ行きの便に乗り継ぎ、そのまま南米へ向かう手はずになっています。
つまり、
羽田 → JFK → リマ
という、実にシンプルなルートです。
しかし皆さんも既にお気づきかもしれませんが、今回は単なる旅行記ではありません。
これは 遭難記録 です。
さて、問題のリマ便ですが、ゲート付近に到着すると、同じように待機している激安チケットユーザーたち(ライバル)が何人かいました。
身軽な格好で、微妙に落ち着きのない感じでゲート前をうろうろしている人たち。
声をかけてみると、やはりライバルでした。
「どこまでですか?」
「リマからクスコでマチュピチュ行くんだよね」
「いいっすね、わしはリマへ留学です」
「リマで留学ってなにするの笑」
みたいな感じで、しばし雑談。
この時点では、なんとなく 戦友のような連帯感 が生まれていました。
同じ境遇、同じ不安、同じ運命共同体。
しかしこの後、その幻想はあっさり崩壊します。
搭乗が始まり、しばらくすると、
スタッフがコールアウトを始めました。
一人。
二人。
三人。
先ほどまで談笑していた ライバルの名前が次々と呼ばれていきます。
「お、来た来た」
みたいな感じで、彼らは軽く手を振りながらゲートへ向かい、機内へ吸い込まれていきました。
そして気がつくと、
私だけが残っていました。
ゲート前には、私と航空会社のスタッフだけ。
そして、しばらくしてスタッフが一言。
「Unfortunately, you cannot board the plane.」
終了です。
理由は単純で、満席。
特殊航空券旅行の世界では、これ以上ないほどシンプルな敗北と言えるでしょう。
この瞬間、私は ニューヨークの空港に取り残されることが確定しました。
この時点ではまだ
「まあ、別ルートを探せばなんとかなるだろう」
くらいの気持ちだったのですが。
この後に受託手荷物を返してもらう際にもひと悶着ありましたが、Deltaの黒人のお兄ちゃんがなんとかしてくれました。本当にありがとうございました。
JFK晩飯事件
さて、こうして私は JFK空港に取り残されたわけですが、やることもないので、とりあえず空港内をうろうろします。
しかし人間というものは、どんな状況でも腹は減るものです。
気がつけば、すっかり夜になっていました。
というわけで、空港内のバーのような店に入り、軽く夕食を取ることにします。
注文したのは
・Budweiser
・チキンウィング
実にアメリカらしいメニューです。
まあ空港ですし、多少高いのは覚悟していました。
しかし会計の瞬間、私は一瞬思考が停止します。
40ドル。
日本円にして、ざっくり 6000円くらいです。
内容をもう一度確認します。
・ビール一本
・手羽先
以上です。
どうやら私は、ニューヨークの空港で 手羽先定食6000円 を食べてしまったようです。
恐ろしい国です、アメリカ。
もっとも、この時点の私は
・リマ行きの便に乗れない
・空港難民
・何時間待機か不明
という状態だったので、正直なところ 味はあまり覚えていません。
ただ一つ言えるのは、
このチキンウィングは、人生で一番高い手羽先(精神的にも) だったということです。
そしてKevin誕生
さて、6000円の手羽先を食べ終えた私は、引き続き JFK空港に取り残されています。
とりあえず別ルートを探す必要があります。
いくつか航空会社のカウンターを回った結果、AVIANCA のJFK → ボゴタ → リマというルートが見つかりました。
「南米の航空会社だし、これはいけるのでは?」と思い、半ば強引にこのルートを確保。
しかしここで、南米航空会社の洗礼を受けます。
遅延。
それもまあまあ派手な遅延です。
結果として、ボゴタ到着 → 乗り継ぎ便は既に出発という未来が確定したため、このプランもあえなく キャンセル となりました。
↓Aviancaのチケット。これ乗れたらまじで良かったのになぁ......
完全に JFK難民状態\(^o^)/
やることもないので、とりあえず空港内をさらに散策。
空港という場所は不思議なもので、長時間滞在しているとだんだん現実感が薄れてきます。
世界中の人が忙しそうに移動しているのに、自分だけどこにも行けない。
この奇妙な孤独感は、空港難民になった者だけが味わえる特殊な感情と言えるでしょう。
そんな中、私は喫煙所を発見しました。
喫煙者にとって、喫煙所はある種の 精神的セーフポイントです。
ダクソの篝火みたいなものですね(実際行く場所も帰る場所もないから亡者みたいなもんだし)。
吸わない人には理解しがたいでしょうが、長距離移動中の一服には人を落ち着かせる効果があります。
さて、その喫煙所に一人の男がやってきました。
明らかに様子がおかしい。
目の焦点が合っていない。
動きもなんだかカクカクしている。
どう見ても、薬物と長年の付き合いがあるタイプの人です。
私はなるべく目を合わせないように煙草を吸っていたのですが、
案の定、彼は私に話しかけてきました。
”Hey bro”
来ました。
異国の地の喫煙所で始まる、よく分からない会話です。
彼はしばらく意味の分からない話をしたあと、突然こういいました。
"What is your name?"
"Nah......you are Kevin."
( ゚д゚)
どうやら彼の中で、私の名前は Kevin になったようです。
なぜなのかは分かりません。
日本人の顔を見てKevinと命名するセンス、かなり斬新です。
そして彼は満足そうに頷くと、私の肩をポンと叩き、こう言いました。
"Happy Birthday, Kevin."
突然の誕生日祝いです。
ちなみにこの日は 私の誕生日ではありません。
ただ単に、ニューヨークの空港で飛行機に乗れず途方に暮れている日本人男性です。
しかしまあ、考えてみれば悪くない話かもしれません。
南米へ向かう旅の途中、
ニューヨークの空港で、
薬物中毒者に新しい名前を与えられ、
ついでに誕生まで祝われる。
なかなか経験できることではありません。
こうして私は、JFK空港の喫煙所にて、Kevinとして新しい人生を祝福されたのでした。
なお、この時点でも私はまだ、ペルーに行ける目処はたっていません。
orz......
Kevin、初めての課金
Kevinとして新しい人生が始まったところで、問題があります。
まだペルーに行けていません。
このままだと本当にニューヨークに住み始めることになるので、私は決断しました。
課金です。
特殊旅行券旅のはずでしたが、ここでDelta航空の航空券を自腹購入。
ルートは
JFK → マイアミ(Delta)
マイアミ → リマ(LATAM)
つまり南端まで降りて南米侵入作戦。
そしてついに私は Delta機に搭乗。
JFK滞在時間13時間。
その間に
・航空会社ガチャ
・6000円の手羽先
・ケビン誕生
・課金
なかなか密度の高い13時間でした。 ┐(´∀`)┌ヤレヤレ
↓実際のチケット。機材は739。初めて乗りましたが、案の定73NGは型番ごとに違いはありませんね。
マイアミ到着
さて。
こうして私は 課金の力 により、なんとかJFK空港から脱出することに成功しました。
搭乗したのは Delta航空のマイアミ行き。
ここまで色々ありましたが、とにかく飛行機に乗れた。
この一点だけで精神的にはかなり回復します。
JFKでは上述の通り、大変な虚無でしたから、「普通に飛行機に乗れる」という行為そのものがありがたく感じます。
文明ってすごい。
3時間後。
飛行機は マイアミ国際空港 に到着しました。
ここでまず思ったこと。
天気がめちゃくちゃ良い。
ニューヨークとは明らかに空気が違います。
明るい。
暖かい。
そして
空が青い。
長時間空港に閉じ込められていた人間にとって、この天候はかなり効きます。
正直この時点で、私はかなり機嫌が良くなっていました。
人間、天気が良いとだいたいの問題はどうでもよくなります。
すると空港入口の前に 喫煙所 がありました。
これはありがたい。
そしてここで、ちょっと面白い光景に気付きます。
この喫煙所、各国の国旗に囲まれている。
おそらく空港の装飾なのでしょうが、喫煙スペースの周囲に世界各国の旗が並んでいます。
つまりどういうことかというと、世界各国の人間が国旗に囲まれながら煙草を吸っている。
なんというか、国際会議感があります。
ぜひWHOではここでの議論の結果を踏まえて喫煙者対策の方策を考え直して欲しいものです。 (´ー`*)ウンウン
腹が......減った......
JFKでは 手羽先6000円事件 が発生しましたが、今回は慎重に店を選びます。
結果選ばれたのはバーガーキング。非常に堅実な選択です。
そしてここで、井之頭五郎こと私は小さな感動を覚えることになります。
会計、15ドル。
もちろん安くはないですが、さっき 手羽先6000円 を経験しているので、感覚が完全に壊れています。
しかも内容はかなり重めのベーコンバーガー。
つまり私はニューヨークで手羽先6000円、マイアミでバーガー2000円という、なかなか振れ幅の大きい食生活を送ることになりました。
いよいよ 南米行きの飛行機。
ここまで
羽田
↓
JFK
↓
遭難
↓
マイアミ
と、かなり遠回りしてきましたが、この時点でようやくリマまでのルートが確定しました。
残すところは
マイアミ
↓
リマ
ここまで来れば、もう大丈夫でしょう。
......たぶん。(・×・)
↓マイアミでの著者。NYは-4℃でしたが、マイアミは28℃。
大変過ごしやすく、風が気持ち良い。偶に降る通り雨も素晴らしい冷房効果を齎してくれます。
弾着、今!!!
さて。
こうして私は LATAM航空のリマ行き に搭乗しました。
フライト自体は特に問題なく進みました。むしろここまでの旅程に比べれば、驚くほど平和です。
機内ではスペイン語がかなり聞こえてきます。
乗客の雰囲気も、明らかにラテンアメリカです。
「ああ、もう南米なんだな」
という実感が、このあたりでようやく湧いてきました。
羽田を出発してから、すでに2日近くが経っています。
JFKで13時間遭難したこともあり、体感時間はもう 丸一週間以上 です。
そして数時間後。
飛行機は ペルー・ホルヘ・チャベス国際空港 に着陸しました。
ついにリマ到着です。
地球の裏側です。
なんだか不思議な気分になります。
飛行機を降りてまず思ったこと。
暖かい。
そして
空気が少し重い。
南米特有の空気です。
空港の案内表示もスペイン語/英語の二言語表記。
周囲から聞こえてくる言語も、すべて スペイン語 です。
さっきまでアメリカにいたのに、完全に世界が変わりました。
ちなみにこの時点での私の状態は
・時差ボケ
・睡眠不足
・名前がKevin(暫定)
という、なかなか微妙なコンディションでしたが、
とりあえず言えることがあります。
私はペルーに到着しました。留学生活、開始です。
あとがき
ちゅーわけで、私は無事 ペルーに到着しました。
到着してもUber運転手に詐欺られかけたり等大変でしたが、なんとか生きています。
普通に考えれば
「日本 → 南米」
というだけの移動のはずだったのですが、気が付けば、なかなか濃い体験をしてしまいました。
正直、まだペルーに着いたばかりなので すべてはこれから です。
この先どんなことが起こるのかは、まだ分かりません。
治安の話や、大学の話や、生活の話など、書けそうなネタは色々ありそうなので、気ままにメモしていきたいと思います。
未来の留学生の参考になるかどうかは分かりませんが、少なくとも「こんな人もいたんだな」くらいにはなるでしょう。
御後が宜しいようで、それでは。
Kevin(仮)





