博打をやめるところから始めた
一年以上、FXの自動売買システムを作っていた。機械学習で為替の短期方向を当てにいって、モデルを何本も作り替えて、最後に出た結論は「短期方向予測に、再現性のある優位性はない」だった。
負けたから言っているのではない。**検証したから言っている。**エッジがないと分かったものに資金を張り続けるのは、投資ではなく博打だ。だから、そこで止めた。
ただ、一年で作ったものが全部無駄になったわけではない。残ったのは「システムの考え方」のほうだった。
- 評価関数と探索を分ける:何を良しとするかの基準(評価関数)を先に決める。銘柄を探すのはその後。テーマが熱いから買う、は評価関数の順番が逆になっている。
- 買う前に「何が起きたら自分の仮説が死ぬか」を書いておく:後から理由を作らないための装置。
- 予測しない設計にする:当てられないなら、当てなくても成立する構造にする。時間分散で毎月少しずつ買うのは、そのための手段であって、根性論ではない。
この三つを株に持ち込んだ、というのが今のフェーズ。今月はその最初の実地試験になった。しかも、自分の金を一円も張っていない場所で、教科書みたいな事例が目の前で起きた。
今月の主役:キオクシアの暴騰と暴落
時系列だけ並べる。
- 6月22日:上場来高値11万2,700円。時価総額は一時約60兆円まで膨らみ、国内トップクラスに躍り出た。
- 7月2日:前日比約14.9%安、一時7万5,000円まで下落。
- 7月16日:前日比15.0%安、6万2,110円。
- 7月17日:ストップ安。終値5万2,110円(前日比16.1%安)。時価総額は約28兆円まで縮小。
わずか1か月弱で半値以下。 同じ日、日経平均も2,694円安と、歴史的な下げ幅を記録している。
ここで大事なのは、業績が悪化したわけではないということだ。2026年3月期は売上2兆3,376億円(前期比+37%)、営業利益8,704億円(同+93%)、粗利率は84.9%。数字だけ見れば絶好調である。
決算が絶好調なのに株価が半分になる。この現象を説明できないなら、その銘柄を持つべきではない。だから、暴騰のほうから分解した。
暴騰の読み方:「数量が増えたのか、単価が上がっただけか」
今月、自分にとって一番の収穫はこの視点だった。
売上が増えたとき、増え方には二種類ある。
- 数量が増えた(作った量が売れた)
- 単価が上がった(同じ量が高く売れた)
損益計算書の一行目は同じように増える。でも意味がまるで違う。
マイクロンの決算を見ると、NANDのビット出荷は1桁台半ばの%増にとどまる一方で、価格は80%台半ばの急騰だった。つまり、この局面の利益は圧倒的に単価要因で作られている。
数量で増えた利益は、需要が続く限り続く。単価で増えた利益は、単価が戻れば同じ速度で消える。 粗利率84.9%という数字は、強さの証明であると同時に「ここから改善する余地がほとんどない」ことの証明でもある。
シクリカル(景気循環)株の頂点は、決算が一番良く見える瞬間に来る。当たり前だ。単価が最高値なのだから。業績のピークと株価のピークは重ならない。株価のほうが先に折れる。
FXで「AUCが上がった」「EVがプラスになった」という単体の数値に何度も騙されたので、この癖だけは身についていた。表面の数字ではなく、その数字がどの経路で作られたかを見る。今回はそれがそのまま効いた。
暴落の読み方:繰り返してきた価格競争の歴史
では、なぜ単価が折れると市場は思ったのか。今月、供給側の話が二つ同時に出た。
韓国の増産宣言。 6月29日、サムスン電子とSKハイニックスが韓国国内に計4工場を建設すると発表した。投資総額は800兆ウォン(約84兆円)。今後5年でDRAMの製造能力を2倍にするという国家プロジェクトだ。
象徴的なのは、この発表当日にサムスンが5%超、SKハイニックスが3%超下落したこと。増産は、その業界にいる企業にとって悪材料であるという市場の判断が、これ以上ないくらい素直に出た。
中国の台頭。 NANDのYMTCは2025年時点で世界シェア約11.8%。武漢の2工場で12インチ換算・月産約16万枚の供給能力を持ち、さらに建設中・計画中の工場を含めれば現在の倍以上になる。DRAMのCXMTも月産28万枚から30万枚規模へ拡大する計画だ。しかも輸出規制を受けながらこれである。
そこにキオクシア個社の材料(米国での特許訴訟で約2億2,900万ドルの陪審評決)が重なって、ストップ安になった。
ここで自分が引いた線はこうだ。
メモリ産業は、これを何度も繰り返してきた。 需要が逼迫する → 価格が上がる → 各社が増産する → 供給が需要を追い越す → 価格が崩れる → 各社が減産する → また逼迫する。半導体メモリの歴史は、ほぼこのサイクルの繰り返しでできている。
今回が「AIスーパーサイクルだから今までとは違う」という反論はある。それは公平に書いておく。ただ、その反論が正しいかどうかを自分は判定できない。 できないなら、判定できないという事実のほうを採用する。
しかも今回は、韓国型の循環(作りすぎては減らす)に加えて、中国型の構造参入(政策で作り続ける)という別種の変数が乗っている。後者は企業の採算判断で止まらない。米国の規制がどう転ぶかで符号が反転する(強化されれば価格急騰、緩和されれば増産加速)。分布の形すら書けない変数が入っている以上、自分の評価関数にはかけられない。
だから結論はこうなった。
メモリは長期投資に向かない。少なくとも、今のサイクル位置では自分は張らない。
これは「二度と買わない」ではない。台帳には再訪条件を書いてある。サイクルが反転して、単価下落が数四半期続いて、ニュースが「メモリ産業の構造不況」を書き始めて、PERが赤字で計算不能になった頃。サイクル株は頂点で一番買いたく見えて、谷底で一番買いたくなく見える。 その日が来たら台帳が思い出させてくれる。
見送りにコストはない。株には見逃し三振がないからだ。
ただし、AI需要が減るとは思っていない
ここは分けて考えている。「メモリ株を買わない」と「AI需要が落ちる」は別の命題だ。
今月のアルファベットの決算がその答え合わせになった。売上1,198億ドル(前年同期比+24%)、Google Cloudは+82%、営業利益408億ドル(+30%)。そして経営陣は2026年の設備投資見通しを1,800〜1,900億ドルから1,950〜2,050億ドルへ引き上げた。CFOは「いまも供給制約下にある」と明言し、Cloudの受注残は5,140億ドルまで積み上がっている。
金を出す側が、供給が足りないと言いながら投資を増額している。需要が失速している証拠は、少なくとも今月時点では観測されなかった。
つまり自分の見立ては「AIの需要は増える。ただしその恩恵を、価格競争が構造的に組み込まれた産業で取りにいくのは分が悪い」ということになる。同じ強気でも、どの層で受け取るかを選ぶ。
実際に買ったもの:アルファベット1株
そのアルファベットが、7月23日に7%超下げた。
理由は上に書いた通り、決算が悪かったからではなく、設備投資を増やすと言ったからだ。増額の結果、四半期のフリーキャッシュフローはマイナス59億ドルになった。市場が嫌ったのはそこである。
決算の翌日、その下げたところで1株買った。
自分の仮説はシンプルで、「検索の防衛」と「クラウドの成長」という二つのエンジンがあり、受注残という形で将来の売上が契約済みで積み上がっている、というもの。そして、この投資増額は投機ではなく確認済みの需要を追いかけている支出だと読んだ。
買う前に反証条件も書いた。「クラウドの受注残の伸びが鈍化する」かつ「設備投資がさらに増額される」——この二つが同時に起きたら仮説は死ぬ。 AND条件にしてあるので、今回の設備投資増額だけでは発動しない。設計通りに動いた。
これは自慢ではなくて、買う前に条件を書いておくと、下げた日に慌てなくて済むという、それだけの話だ。書いていなければ、7%の下げを見て「失敗した」と思ったはずだ。
一つだけ注意点も書いておく。アルファベットのGAAP純利益とEPSは、同社が保有するAnthropic株式の評価益で膨らむ。今期はここが桁違いに効いていて、GAAP EPSと調整後EPSが3倍以上乖離した。ここを見て「増益だ」と判断すると事故る。見るべきは営業利益、営業利益率、クラウドの成長率、受注残、設備投資、フリーキャッシュフローのほうだ。
利益相反の明示:この記事は文章の整理にClaude(Anthropic製)を使っている。アルファベットはそのAnthropicの株式を1割超保有している。つまり、アルファベットを持ち上げる文章を書くと、書かせている道具の親会社が得をする構図がある。読む側はそこを割り引いてほしい。自分としてはこの点があるからこそ、アルファベットについてはAnthropic持分を除いた数字だけで判断するようにしている。
来月以降の方針
決めたのは一つだけ。毎月1回、数万円ずつ、低リスクのものから買っていく。
理由は「そのほうが儲かるから」ではない。相場も為替も予測しないで済む構造だからだ。一度に入れれば、その日の価格が正解か不正解かを決めてしまう。分けて入れれば、決めるのは自分ではなく時間になる。
FXで学んだのはそこだった。当てにいって当たらないなら、当てなくていい設計にする。
次に見るのは、来週7月31日のキオクシアの決算。買わない銘柄の決算をわざわざ見るのは、賭け金ゼロで検証できる観測点だからだ。NANDの単価が前四半期比で上がり続けているのか、鈍り始めたのか。自分が今月立てた「単価要因」という読みが正しかったかどうかが、そこで一回採点される。
外れていたら台帳に外れたと書く。それだけの話だ。当てることが目的ではなく、自分の読み方が機能しているかを測ることが目的だから。
この記事は個人の記録であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
主な出典
- キオクシア株価推移・特許訴訟評決:各種報道(2026年7月)
- キオクシア2026年3月期決算:会社開示
- マイクロン決算のNAND出荷・価格:会社開示および報道
- サムスン電子・SKハイニックスの投資計画:Bloomberg / 日本経済新聞(2026年6月29日)
- YMTC・CXMTの生産能力:報道各種
- アルファベット2026年Q2決算:会社開示および報道(2026年7月22日)