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こんにちは♪


早いものでもう正月三が日が過ぎようとしていますね鏡餅



長男は受験勉強の為、次男と2人で氏神様へ初詣に行きました神社



毎年引くおみくじですが、

今年は何と!




2人とも大吉でした飛び出すハート


初めてで嬉しい!



自信を持って視野を広く、謙虚に前向きに取り組む一年にしたいと思いますニコニコ



来れなかった長男の分もしっかり合格祈願をして、お守りを買って帰宅しました。







​お年玉差別事件勃発



元日。


この日、実は事件が起こっていました下差し





今年は行きましたが、

去年は行かなかった私の実家。


正確には行けなかったのですが・・・



その原因は(上の)弟①の存在が問題だったからでした。



(私には弟が2人と妹が1人います。

弟①は未婚実家住み、

弟②は既婚。

どちらも子供はいません。)




夫と父の発達傾向は精神科ではかなり濃い傾向とされましたが、

実はそれを遥かに凌ぐ弟①の存在ネガティブ



カウンセリングでは軽くお話ししただけで、
ASD尊大型(アスペルガー)と自己愛性パーソナリティ障がいではないかと言われました。


特性として、思いやりや人の気持ちを考える事は一切できない上に思った事は全部口に出して常に人を見下し高圧的な物言いで自己評価が異常に高いタイプの弟①。


自己評価が高い割に友人も仕事もなく、

コーラを異常に飲む為体重が100キロ近くあり、全く手入れしない見た目は10歳は上に見えるほど老けていて肌や髪や服もいつも不潔でギョッとする様な風貌です。



なので去年は、乳がんと適応障害の治療真っ只中の私が何をしでかすかわからない弟①と会うのは危険だろう、やめておこう、と判断しました。




結果、その判断は正解だったなと思う事件が今年起こりました。



母の仏壇の前で新年の挨拶をした後、

うちの次男と妹の子供2人、計3人の子供達に皆で順番にお年玉を渡す場で事件は起こりました。


弟①が妹の子供だけにお年玉を渡し、うちの次男には渡さなかったのです絶望



お年玉自体が欲しいと言うわけではなく、

1人だけ存在を無視されるという初めての経験に驚き戸惑い、明らかに傷ついた表情の次男。



もらった方の2人もどうしたらいいかわからず固まり、大人も全員が目が点状態。

シンと場が凍りました。






お正月も毎年寝過ごしていたりいなかったりの弟①。


お年玉も用意などしませんし、一般常識は全く通用しません。


だったら今まで通り誰にも何もやらなきゃいいのに。


昼夜逆転生活のまま、ずっと寝といてくれたらいいのに。



さすがに私が子供の頃から誰かにだけお年玉をあげないという現場に遭遇した事はなく、ただ驚いていました。





しばらくして何もなかったかの様に違う話をしだした父。


「お父さん注意しないんだね。」

という思いでいると次男と妹と目が合いました。






「どういうこと?何の為に子供にそんなことするの?」



普通ならそう尋ねると思います。


ですがその言葉をかけることも誰もが諦めている状態。


意味がわからない出来事が起こりすぎて、もはや誰も何も言わないし言いたくもない状態。


これが私の実家の1番の問題なのです。






幼い頃IQが高く母の自慢だった弟①。


わかりやすく部屋から何から他の兄弟とはお金のかかり方が違いました。


そしておそらく幼少期から発達障がいと自己愛性パーソナリティ障害が強かった弟①。


特性から嫌われやすく、学校ではいじめられ担任になる先生全員から最終的に無視されていつも母は怒っていました。


「この子は天才なのに!」と学校や周りからの進言を突っぱね、

我が子が他人にかける迷惑は迷惑ではないと言う謎理論で盲目的に弟①の言う事を信じ、

欲しがるものは全て買い与えて育てていました。


その結果、

弟①は高校の留年を期にどんどん道を踏み外し母の死を期に家を出て、30代までは歌舞伎町に身を落とし(仕事が続かず転職を繰り返しホストクラブの裏方に流れ着いたそうです)最終的には前科がつき、体も壊して行くあてなく実家に帰ってきました。




家族の歴史の中で特に印象的なのは25年前、乳がんで無くなる直前の母に弟①が些細な事でキレ、

「◯ね!早く◯ね!」と叫んで暴れた事でした。


大事にしてきた自慢の長男だったはずの弟①がおそらく最期の帰宅を許された母の為に皆で集まった場で、

1番言ってはいけない相手に1番言ってはいけない言葉を吐くただの怪物になってしまったのを見て・・・

静かにただ涙を流していた母の姿。



地獄の空気に同情すると共に、

こんな怪物を私達に残していくなんて・・・

頼むから母が責任を取って連れて行って欲しい・・・



何度も弟①の言動を「見ていられない。聞いていられない。」と皆で言ってきたのに。


その度「大丈夫!あの子には素晴らしい才能があるから!」と療育を放棄してきた母の無責任な涙にこちらが泣きたい気分でした。



少しでも責められたと感じた瞬間、

「お前が俺に何をしてくれた!謝れ!」が口癖で暴力的。


私も昔暴力を振るわれた事があり、

妹は数年前に子供の前で泣く程やられています。



その時も父は見て見ぬふりでした。

(幼少期母に暴力を振るわれていた時と同じです。)



とにかく関わると嫌な思いをするので、今では彼に誰も何も言葉を発さなくなりました。


今回もそうでした。

機能不全は昔のまま。


やっぱりハリボテの家族なんだなぁと虚しさを感じました。



お年玉差別事件にも本人なりの独自の言い分はあるのかもしれませんが、

今回長男がいなかった為、1人だけもらってない形になった次男が矢面に立って嫌な思いをした事を申し訳なく思いました。







帰宅後、長男にその日あった事をそのまま話しました。


すると、

「可哀想に。俺も行ったらよかった!」

と言った後、


「まあ誰かが何か言ったところであいつとコミュニケーションは取れないし、

誰も何も言わなかったことが全てを物語っている。

今は仕方なくおじいちゃんが面倒を見ているけど、最後は誰にも愛されず1人で◯んでいくだろう。

お母さんはもう行かなくていいよ。

俺も今後もし何かあってもあいつには絶対に関わらないから!」

とかなり怒っていました。



次男は、

「お母さんが何故お父さんと結婚したのかずっと謎だったけど今日理由が分かった。

あいつに比べたらお父さんは全然マシ!

おじいちゃんもお父さんも変だなと思うところはいっぱいあるけどレベルが違う!

今日、その場ですぐに言い返したらよかったのにとお兄ちゃんは思うかもしれないけど言ったら包丁を持ち出すんじゃないかという位どうなるかわからない緊張感があった。

あと、最後に皆の座布団を片付けていたらあいつの座布団がびっしょり濡れていて・・・多分漏らしていた。」


という衝撃の発言まで驚き




「発達障がいセンターの方がおっしゃっていた様に、本当に真っ黒だと自分ではわからないんだね。」


「来年のお正月は行きたくなかったらうちはもう不参加にしようね。」


と決めてこの話は終わりました。



本人は気づけない🟰困っていない。


家族はわかっている🟰苦しんでいる




生まれてこの方ずっと無意識のうちに我慢し続けてきましたが今回はっきりしました。



子供の傷つく顔はもう見たくない。




乳がん以来、弟①以外の家族には感謝しかないのですが、

父が弟①を導けない・見捨てられない(また犯罪を犯すかも?な)以上、

今の私には自分と子供達を守る方が大切です。



しばらく実家とは距離を取ることにしたいと思います。



家族ってしんどいなぁ、

と思った2026年の幕開けでした



来年こそは!

気楽で楽しく嬉しいお正月を迎えられます様に門松





お読みいただきありがとうございました。