頑張る/程々に
先日福井で泳いでいるプールで、私も長距離泳いでいるんですが、私が泳いでいる並びに比較的高齢の方が長距離を泳いでいました。上がって、更衣室でその方と顔を合わしたのでいくら泳がれたんですかと質問すると、「千二百mが一本です」と答えられました。すごいですね、と私。引き続いて、失礼ですがおいくつですかと質問すると、「七十三歳ですと」私、再驚き。その方曰く、「とにかく一本だけ千二百mです、これが私の仕事です」、と。「続けるためには、そういう気持ちでやっていかないと続きませんと」。やはりそうなんだ。何か気持ちに張りがないと、何かこじつけて休んでしまう。もう一つ、昨年右腕を切断してしまった友人がいます。それまでソフトボールをしていたんですが、それでもやはり続けたいと、左腕と体力強化に励んでいます。気持ちが落ち込まない様に、頑張っています。私には理解できない悔しさがあると思うんですが、果たして私にそんな力があるんだろうか。
頑張れ/程々に
いろんな出会いがある普通電車
単身赴任先から毎週金曜日終業後、関西に帰ってきます。毎週ともなると特急電車での移動は厳しい。勿論、車も選択肢は在りますが、私は車の運転が余り得意じゃない上に、その時間はゆっくりしたい。そこで約4時間あまりの長い電車旅が毎週1往復行う。会社から福井駅まで(最近は武生まで返る方がいらっしゃるので武生)車で40分(1時間10分)そこから、敦賀まで、そこで湖西線で近江今津まで、そこから乗り継いで山科駅まで。そこから新快速電車で大阪に。電車の旅では定時の電車なので、いつもお馴染みさんと顔を合わせます。勿論会釈する事もありませんが(目で、挨拶をお互いにしています)。そんな中、もう半年程前から興味のある人がいます。それは、電車内から社外の光景や、駅での風景、又、車両をDVDビデオで撮影しているんです。当初は珍しいから撮っていると思っていたんですが、そうではありません。勿論、盗撮している様子もありません。殆ど毎週撮影しているんですから。もしかして鉄ちゃんかな?聞くわけにいかず・・・。特急電車では経験できない、色んな出会いがある普通電車もなかなかのものです。(貧乏人の空威張りかも?)
照れ隠ししない
今日、高校サッカーを(H高校VST学園)TV観戦しました。H高校のGK(ゴールキーパー)がボールを持って前線にフィードする為、ペナルティーエリア付近に走り、ボールをライン上で投げたが、完全に(?)エリアが出たボールを離すのが遅く、ハンドのファウルをとられた。私がTV観戦していてもファウルだと思った。それを監視したのはAR(副審)で、R(主審)にファウルを知らせRが採用。そこでGKはARに対してちょっと小馬鹿に(私は見えた)抗議。(実際は、どの様に言ったかは不明)自身のミスを照れ隠しするため、他の(この場合はARに)人に責任を転嫁して自身のミスを覆い隠そうとしたと、私は思う。やはり自身のミスはミスとして認めて、次に生かすべきではないかと思います。その事が、よりレベルの高い技術を生み出し、より人間性のレベルを上げるんじゃないでしょうか?今、私が担当する草サッカーでも同様の光景を見ます。これはJリーグや海外リーグのゲームで見ることがあります。それらの影響が考えられます。
このことは日常生活でも同様です。日常生活の延長線上にスポーツがあると思います。逆に、フェアーなプレーが人間を成長させるとも言えます。
もう一度スポーツのあり方を見つめるのも必要じゃないんでしょうか?
楽しいシニアクラスのサッカー
40歳以上のチームに入ってサッカーを楽しんでいます。若い時代であれば、まず勝つことが主目的になりますが、今は、勝つこともはやっぱりうれしいが、それより、フルタイムしっかり動けて、更に、イメージに合ったプレィが出来ることが、私は最大の楽しみだ。例えば相手のボールを身体の接触なしに奪えたり、相手の選手を上手くフェイントでかわしピンポイントのパスが出せれた等など。今私は、出来る限り動ける体力作りと、これまで余りやった経験のないボール扱いに挑戦しようと、ランニングや水泳、そしてフットサルに取り組んでいます。現在52歳直前の年齢からすると、自身驚くほどの体力はあると自負していますが、残念ながら、技術が伴っていません。今の目的は、足の裏でボールを自由に操れる様になることです。ゲーム中頭で考えなくても、自然にそのプレィが出せるようになりたいと、思っています。中高年でもサッカーは楽しい
今年ひょんな関係から、福井県で開催されたスポレクのサッカー種目に参加させていただいた。ゲームは日間でしたが。これまで殆んど知らない方と楽しい時間を過ごすことが出来ました。ゲームの結果は、残念ながら1勝2敗と悔しい思いをしましたが、それ以上に素晴らしい又、レベルの高い人とゲームを出来た事の方が感動でした。その影響もあり、プレーヤとしての気持ちがやや再燃してきました。私の時代と地域(中高校)でのサッカーと今のサッカーは全くスタイルが違います、例えば当時は足の裏でボールを扱うことなんかタブーとされていたのが、今や、当たり前の事となっています。そんな事から、1年程前から始めたフットサルで何とか、遅ればせながらテクニックを体得できればと思います。上手くなりたいのは、年齢と関係ありません。
腰の贅肉が少なくなった
10年程前から始めた水泳ですが、昨年に引き続いて年間200kmを突破しました。当初25m泳ぐのがやっとでしたが、数年前から長距離に挑戦して(スピードが無いんで)クロールで泳いでいます。平泳ぎはやっと最近チャレンジしています。週2回(単身赴任先と自宅近くのプール)で一回で2500m~300mを、ウォーキングを含めて。昨年は、年末の最終で200kmをクリアー、ですが今年は昨日の段階で203km。水泳は、50mでも苦しいんですが、でも1500m一本を泳ぎきった時の喜びは格別、昨年は3000m一本を泳いでいましたが、今は1500mから2000mが限度。その格別以上に、腰周りの贅肉が少なくなったのは、もっと嬉しい・ウレシイ。
スポーツは大人を成長させるものなのに
県リーグのMと市内リーグ中位置のBのトーナメント戦、どちらのチームも結果を見据えたゲームにはならずに、可なり醜いゲームになりました。警告7名(内一人に警告2枚で退場)で内容も、低次元のファウルや発言・行動でした。MチームのNo14は相手選手の肉体的欠点を、指摘し警告(退場でも)。いつまでもこんなつまらない事を続けるのか。ファウルをされたら、その次はよりレベルの高いのプレーで凌ぐ又は、返せばいいのではないかと思う。先週も、同じトーナメントで、相手選手のファウル(実際はファウルではない)に、対して掴み掛かったことがあり、さらにその選手は、退場処分後も執拗に相手チームの選手に掴みかかろうとした。こんな選手は、スポーツをする資格は無い。スポーツは、あくまでもルールを認め合ってより高い技術を競い合うものではないかと思うんですが、敵・味方の関係でルール無視の、喧嘩や戦争とまったく変わらない。2004-12-18
単身赴任になって、2年前から陶芸を始めました。当初、上手く出来ずにあくまでも自主的なモノにも関わらず、辞めようかと思った時期もありましたが、今は、こんな楽しいものがあったんだろうかと思う日々です。週一回の教室が楽しみです。自分で作ろうと思うものが、出来上がり、又、思いの釉薬を塗って出来上がった作品を手にかざした時、そして自身で使った時の喜び。答えられないものです。
