なんのために学ぶのか
それは自分のためです
自分の考えを文字に起こしたくて
殴り書きしてます
どういうわけかこのブログに目に付いた
方には読みづらいかもしれませんが
すみません
あくまで個人的な考え方だが
勉強して得た知識、経験は、
「他人のため」に使われるから
なんのために学ぶのかといったら
「他人のため」「人の役に立つため」
自分以外に使われることが多いと思います
なんというかこの言い方が立派できれいで
最もらしいですよね。
だって他の人のためですよ。自分よりも。
でーすーが
私は自分のために学びます。
今の段階は。
というのも前々回のブログで
いまだに精神疾患の影響が学業やコミュニケーションにでていて腹立つと書いたんです。
なんで腹立つんだろうと思ったら、
自分が本当に学びたいことや好きなことが
出来なかったからなんですよね。
型にハマった普通の人生を送ろうとしたら
いつのまにかなんでこんな思いしてんだと。
じゃあ自分が本当に楽しいと思えること
学びたいこと、疑問に思うことはなんだろうと考えてました。
そしたらふと思ったんです。
なんで精神疾患者は生きづらく大変なんだろう
どうしてこんな思いするのだろう。
精神疾患にかからない人とかかる人の違いは?
実はこの考えは大学1年のときも
思ってました。
しかし当時は、自分自身が他人から見てよく思われたいからか、
「他の精神疾患の人に尽くせる職につこう」っと思ってました。たしか1番病気酷かった時です。たいそう立派です。
だけど
自分自身が精神疾患に苦しめられて
解決もしていないのに、
他の精神疾患の人に関与することが出来るはずないことを当時はわかっていませんでした。
いま、疾患もほぼなおり(後遺症はあるけど)
いろんなことを経験し、自由に生きていけることにとてもびっくりし幸せだから
改めて、精神疾患の人達に尽くしたいと思いました。
だから、学びたいんです。
自分がどうしてこんなに苦しいのか
どうして精神疾患を患っているとこの社会で生きることが苦しいのか
そもそもなんで生きづらいと感じているのか
この疑問を、自分なりの解釈で解いてみたいと
思ったからです。
ストレス社会の現代、一人一人がかかえる精神疾患のケース、受けるストレスは同じものはないと言っていいほど複雑で、想像を超えたケースもあると思います。
私もそのケースのひとつの種類だからこそ
自分の経験を無駄にせず向き合って
いつかだれかに還元出来たらいいなと思います。