カミソリパンチと言えば海老原。海老原博幸Championと交流があった沼田会長と色々話した。やはりパンチはかなりあったそうだ、

1963年に世界フライ級Championのポーンキングピッチに挑んだ試合、9月4日と書かれているが実際には9月18日に行われた、何らかの事情で流れたのだろうか。この試合前に日本の記者に流れてきた情報はポーンが練習をしていない、女遊びをしている。などの情報が流れた、立川ジム、金平ジムで練習をしていた海老原は


「そんな事を聞くと逆に不安になるな」とぼやいていた。


取材陣が練習を見て、ああしたらいい、こうしたら良いと言っても一才聞かない海老原は練習を黙々としていた。当時は取材陣も色々アドバイスしていたそうです、今の時代にそれをやったらジム出禁になるだろうwww何でも許された時代。そしてこんな裏話が、先程のポーンの情報、ポーンの調子が、悪い、酒浸り生活、女遊びをしている、と日本の記者に情報が入った。情報を流したのはポーンの元恋人だった、愛が狂気に変わるとはこういうことか。
ポーンキングピッチは漁師の家庭に生まれて子供の頃から働いていて足腰はかなり強かった、フィジカルはかなり強かったらしい、1960年にタイのルンピニースタジアムでパスカルペレスからタイトルを奪取、パスカルペレスもかなりフィジカルは強そうだ。自分の中で身体、フィジカルが強いのは🇦🇷のボクサーのように思える、見た目より変な角度からもしっかりパンチを当ててるイメージがある。


ポーン🆚海老原のチケットは一番前が5000円、当時のボクシング雑誌は50円、通信販売は送料は6円の時代に、この値段はかなり高い。この頃は毎週木曜日に後楽園ジムで極東プロモーションが東洋チャンピオンスカウトという興行を行う程ボクシング人気はあった。ポーン🆚海老原の当時の予想を沼田会長に聞いたら

「エビさんは1発のパンチ力がある、だが、脚が細い、後半まで行ったら危ない、ボクシングセンスはポーンの方があると思っていた」との事でした。沼田会長は1960年代から70年代前半までのボクシングは今でも昨日の事のように覚えている。試合は、まさかの1Rノックアウト勝ち。

リマッチは敵地で負けしまった。ポーン2戦かアカバロ1・2戦かわからないが帰りの飛行機で「墜落してくれねーかな」とぼやいたエピソードもある。引退後は解説者もやっていたが破天荒なコメントもしている、嘘一つない解説だったのだろう、今の時代解説者でも縦横の関係を気にしている人もいる、破天荒な解説者良いよね、大好きです🥊