「多様性」についてどう思うか?

 

このとき、なんでもかんでも

多様性を認めるとどうなるか

という視点が大事になる。

 

例えばある職場で

従業員の服装、行動、勤務時間、休日、

仕事の仕方などが多様になったら

どうなるのか。

 

外国人採用で多様性を求めれば

世間体はいい。

 

しかし、日本語を一切覚えようとせず、

なおかつ実は日本人差別意識の激しい

人物だったら、相当厄介だ。

 

 

 

 

「ジェンダー平等」もどこか空々しい。

 

あらゆる場面で

ジェンダー平等を求めるのは無理がある。

 

異性と食事などに行けば

男性は「ここは俺が払うべきだ」

と考えるのが一般的だ。

 

女性も、「食事代は男性が払うべきだ」

が、本音だろう。

 

力仕事は男がやるべきだ、

と男性も女性も思うはずだし

プロポーズも男性からが自然だと

世間の多くの人は考える。

 

一方、就職活動を経験すると、

不自然な求人が結構ある。

 

「職場は20代、30代の女性ばかりです」

「女性活躍推進中」

「女性管理職も多数在籍しています」

 

こう書かれると男性としては応募しづらい、

もしくはできない。

 

 

 

 

この世に生まれて性差がある時点で

既に「ジェンダー平等」ではない。

 

産まれた瞬間から厳然と差があるのだ。

 

ならば、男性にとっても、女性にとっても、

それぞれが担いやすい役割があると思うし

それらをわきまえて過ごす。

 

その方が互いに自然だし

それを実現、継続することこそが

ジェンダー平等ではないだろうか。

 

 

 

 

聞こえのいい言葉、

美しい言葉というのは、一皮むけば、

厄介な面が次々に出てくる。

 

だから、その表面だけでなく

実態や本質を見逃さないことだ。

 

渦中のタリバン政権が言う

「女性の権利尊重」。

 

やはり、聞こえはいい。

 

さて、中身は。