幼稚園時代、クラスの仲良しの
友達の家によく遊びに行ったものだ。
そのお母さんには
友達と一緒によくペットショップに
連れて行ってもらったのを思い出す。
そこでなにか買ってもらったかどうか、
記憶は定かではない。
しかし、そこで売られていた
水生昆虫の記憶は、
まだはっきり残っている。
ミズカマキリ、タイコウチ、
ゲンゴロウ、タガメなどなど。
このうち、ミズカマキリとゲンゴロウは
飼ったことがあるので、
もしかしたら先のペットショップで
買ってもらったものかもしれない。
幼稚園時代だから、昆虫界の覇者、
カブトムシやクワガタに
やっと目覚めたくらいの時期か。
男子なら、昆虫類に強い関心を示す時期が
あると思う。
成虫はもちろん、幼虫やさなぎにまで
興味を持つ。
しかし、ある時期を境に
昆虫熱は忽然と姿を消すから不思議だ。
筆者の多肉植物栽培趣味歴は
まだ16年。
観葉植物を含めても、20年には達しない。
幼稚園時代に植物に関心があった
記憶はない。
そういう意味では、心の中には
昆虫の方がずっと「長生き」している。
筆者の原点は、植物より
昆虫だと考えておいて間違いは
ないだろう。
昆虫は、当たり前だが、動く。
植物は、その場からは動かない。
でも、お互い共存共栄している。
植物は、花を咲かせて虫を呼び、
花粉を運んでもらう。
種を運んでもらう。
昆虫は、花に集まって蜜を吸う。
食べ物にする。
お互いがお互いにとって欠かせない
存在だ。
人間は、どの生物と共存できているだろう。
肉や野菜は、人間にとって食料だ。
昆虫食もある。
犬やネコがいると癒される
とかいうのもあるかな。
でも、人間はどちらかといえば
「なにかを与えられる」側のような気がする。
ペットとして、水やエサを与えることはある。
それでも、生きていくうえで
どうしても人間を必要とする生物は
本当にいるのかどうか。
結構、孤独な生き物なんじゃないの?
ずいぶんとたいそうなタイトルをつけた
今日のブログ。
地球上の生物として後発の人類は、
先輩生物から見て、まだあまり重要では
ないのかなと思ったのだ。
もちろん、「こういうとらえ方も出来るかな」
というレベルでの話で、学術的なものではない。
人間は、人間以外の生物に対して
もっと他になにか出来ないものか。
何かお手伝いできることはありませんか?
新入社員が先輩社員に尋ねるように、
筆者はまず金魚にでも聞いてみようと思う。
「エサだけよこせばいいいよ」。
まあ、そうおっしゃらずに。