「民度が知れるわ」。
某女性フリーアナウンサーが
言った(とされる)セリフ。
「民度」なる言葉がずっと
気になっていたので、
今日ようやく調べてみた。
「ある地域に住む人々の生活水準や
文化水準の程度」
(大辞林第3版)
これが通常の意味だが、
「マナーや態度、言葉遣いが悪い」
などの状態を、「民度が低い」
として最近は使われるそうだ。
新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、
あちこちで悲鳴が聞こえる。
ミュージシャンや芸人が、
「政府がはっきりしてくれないと
何もできない・・・」
だとか、
「そろそろアベさんが・・・」
などという。
悪いことに、
そうした著名人の言動に安堵し、
同調する人びとがいる。
なんでまあそんなに政府やら国に
依存したがるのか。
出来の悪い新入社員じゃあるまいし、
「僕は何をしたらいいんでしょうか?」
「指示されないから何もできません」
では困るのである。
政府を擁護するつもりはないし、
「自己責任」という言い方は
たしかに無責任かもしれない。
ただ、政府が1億人分の面倒を
見ていけるはずもなく、
「各人の主体的な姿勢を求めたい」
「協力してほしい」
と言っているだけだろう。
なのに、政府の一言一句に過敏になり、
上げ足をとって騒ぐ。
それこそ、「民度が低い」のではないか。
苦境や困難に陥った際にこそ、
その人の真価が問われる。
どん底の手前で踏ん張って、
多少時間がかかっても
あらためて立ち上がれるかどうか。
そこだろう。
「疲れがぬけない・・」
じゃあどうする?
「辛い・・」
じゃあどうする?
「もうだめかもしれない・・」
じゃあどうする?
なのである。
これを自分なりに考え、悩み、
工夫し、実行してみる。
それこそが大事なのだから、
政府の指示をいちいち仰ぐ必要はない。
うまくいかなかったら政府の責任、
という態度は無責任なのである。
いま、日本人が政府や国、
さらには会社依存体質から
脱していくいいチャンスかもしれない。
会社員であれば、
テレワークや通勤時間の調整などの
会社主導の「働かされ方改革」ではなく、
自分主導の真の「働き方改革」を追求する。
そこにまた新たな社会が見えはじめ、
本当の民度が現れる。
そういうものではなかろうか。
いまの世の中では、
いつまでたっても「民度が低い」ままだ。
一足飛びに「民度が高い」を
目指すのは、やはり大変かもしれない。
ならばこそ、
「じゃあどうする?」と自問し、
試行錯誤をくりかえす姿勢こそが
求められると思うがどうだろう。