花は心の・・・ | T.Y.プラスターのブログ

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今朝聞いた千葉県南房総のお話。



南房総は、黒潮の関係から暖かく、花の栽培がとても盛んです。

かつては、林業と漁業に支えられていましたが、

花作りの研究や栽培もされていました。


しかし太平洋戦争が始まると、花の苗は抜き取られ

花畑はイモや麦の畑に変わり、

農家は食糧増産のため作付割当てが命じられました。

花は禁止作物に指定され、

種を持っていると処罰を受けるようになりました。


花作りの研究をしていた、農婦の川名りんさんは

命令に従うことがどうしてもできず、

山奥の杉林に水仙の球根を隠すように植えました。


長く苦しかった戦争が終わると、

りんさんは山奥の杉林に行ってみました。

すると一面に水仙の花が咲いていました。

花を守り通したりんさんは、再び花作りを始めました。


南房総の花は、戦後間もない貧しい時代でも

戦争で亡くなられた方々の慰霊として東京でたくさん売れたそうです。



「花は口で食べることはできないけれど、口で食べるものだけが

食べ物ではないの。 心で食べるものがなくなってしまったら、

心は生きてゆけなくなってしまうのよ。」

いつもりんさんが言っていた言葉だそうです。


りんさんの花に対する思いは、人への優しさだったのですね。

りんさんのお蔭で南房総は、花が名産となりました。


黄色い花


今やお花も食べる時代。(エディブルフラワー)

南房総の美しい花畑は、多くの人の心を癒し

食卓を彩ってくれています。

このGWも、東京や神奈川から

たくさんの人が癒しを求めて訪れるのでしょう。




若かりし頃は、あまり興味もなかった花。

こうして仕事の延長線上で花と関わる事ができ、

今は嬉しく思っています。


「所帯が出来たら、主婦としてたとえ一輪でも良いから

花を生けるくらいの心に余裕を持ちなさい。」 とは母によく言われた

言葉です。  今だから分かる気がします。

花を見て心が休まらないと言う人はいませんよね。


今朝この話を聞いて、カメラを手に取ると・・・



レンズの向こうに、もそもそ動く影。




かまって欲しかったようです。(笑)






プラちゃん雅印