素人が偉そうに

素人が偉そうに

素人が偉そうに考察したり感想言ったりするブログ

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2夜連続とかであまり話題にもならずひっそりやってたん
見たことある方いるかしらん?

これね、もうね
どうしたのさ、三谷さんというのが感想

あちこちで勃発する面白おかしいドラマがある一点で収束し、あれよあれよと二転三転
ケラケラわらってるまに物語が意外なところで決着つけてすべてのドラマが大団円
カタルシスというか脳内モルヒネ出たわこれ!というのが三谷作品の面白さだと思ってたの

ない

原作が完璧すぎて手のつけようがないってもこれ三谷味なさすぎじゃんかよ
唯一なのが「だって燃やしたくなっちゃったんですもん~」「もう~」
もうね、ここからだけちょっと期待した
こういう手があったか!て
ミステリの古典に突っ込みいれつつ(古典ファンにはあるあるすぎる)
それをきっかけにドタバタ劇が展開か!て
そこで失速した
なんなんよ

なんか事情があったに違いないと思うほどには三谷作品好きだったから
脚本代けちった?途中でやめたくなったけどやめられなかった?
実は三谷作品じゃないとか?
妄想ははかどった


次回に期待かなぁ
すきすぎて感想とか偏ってると思う

原作読んでからの視聴だと、「なぜあのエピソードを削ったの」とか「この役をこの役者は履き違えている」とかイライラだけがつのるのだけど

ペコいいじゃん。
「さん、くれろ」っていう自然なんだか不自然なんだかなせりふが「あぁ、ぺこっていうキャラ自体が不自然なんだからいいじゃん、これで」って妙な擁護しちゃうくらいよかったわ
んでARATAって井浦新なのね。きぃつかんかったわー
ロミオ&ジュリエットとホームランドのクレアデーンズぐらいきぃつかんかったわー

ドラゴンがぴったりっていうのは獅堂さんの力量ねってかんじだけど
アクマ役はよーもまー見つけてきてくださいましたわ!スタッフさんよぉ!と思いました
コーチはちょっと違うけど俳優さんの高感度で穴埋めしててセーフ
田村のババァは色っぽさが隠しきれてなくて絶対違うーとは思うけど(てか特殊メイクくらいしなきゃ無理)見終わるころにはこの雰囲気を作れる、それっぽい役者さんほかにいなかったわ、ごめん

んでまたsupercarがまた

もう

私、不勉強で知らなかったのよ、当時彼らを!大好きになっていまだに起床はsupercarよ!
社会人して結婚しての10年くらいの音楽ブランクで知らなかったんだけど
解散してたのね!彼ら!もうそれすら伝説的に思えてきちゃう
映画の音楽って大切だなって改めて思わせてくれたよ

そうそう、私昔は映画のサントラよく買ってたのよ
んで聞き返すと当時の記憶だったり気持ちの持ちようだったり(すごくポジティブだったわ)
すんげー思い出すのよ。アルバム写真見返すとアルバム見返す行為自体がアレだけど音楽聴いてるだけなら軽くできるし、好きな映画があったらサントラもっとくのもお勧めだわ
サントラ聞いて更年期解消なんて思わなかった!
こないだ金ローでやってたので
2大「どういうことだったん?あれは」についての考察をしてみた
ってか色んな人の考察見て私の説も公開したくなった
見返してみると違うだろ、とか突っ込みあったら消すか追記予定


メールで「すっごくいいことあったんだ」なにがあったん?

これは千昭に告白したやの、されたやのではなく「メアドを聞かれた」ではないかと思う。
思春期の思い込みの強さを思い返していただきたい。
まず、大前提として「すっごくいいことあったんだ」などというメールはいわゆる誘い受け
「えっナニナニ?」という返事をまっている事に異論はないだろう
仮に告白して返事待ちの状態ではこれほど前向きになれるもんじゃろか?
しかもメールの返信はないし、翌日なんだかもやもやした顔じゃーないですか
メアド聞かれて舞い上がって真琴にメールしたはいいけど千昭からのメールの内容が真琴に関することだった、というのが真相のように思います。

「未来で待ってる」「うん、すぐいく走っていく」どういう意味?

これは悩んだ。なんでこんな事言ったのか
「未来で待ってる」なんてありえない。だって何百年も先の未来だもの
50年後におばあちゃんで会えるとかじゃないもの、タイムマシンの発明なんてすぐできないもの

これは「思春期特有の約束したがりい」ではないかというのが結論だ
誰しも身に覚えのある「ずっと」「なにがあっても」「決して」「絶対に」
社会や環境、自分の立ち位置、お互いの過去と理想と現実と想定される未来
これらがまぁ今となってみると思春期にはまったくと言って良いほど見えないからこそ言える約束

いわゆるオトナになって一個一個のしあわせの要素に現実の問題が限りなくくっついてきてるのが見えると言えない
「絶対君を守るから」が「いや、ある程度はね?自分で何とかしてもらうとして」とか
なんじゃそりゃになっちゃう

だからこそ、そういったお金だったり地位だったり環境だったり関係なく「約束」のできていた時代を甘くすっぱく振り返ることができる

まぁそういったことで千昭のせりふは「約束したがり」
真琴のせりふは、まず魔女おばさんの「あなたは走って迎えに行くタイプでしょ」にひっかかっていることは間違いない
彼女も千昭の約束に応える形にはなっているが、ここを考察するともちょっと切ない
走って未来へいくことはできない
タイムリーぷで未来へ行くシーンがないのはまた別の話
「うん、わかった、まっててね」じゃない「すぐいく、走っていく」
真琴だからこそ言える、千昭だからこそわかってくれるせりふじゃないですか
会えないことはわかってる、でも約束した
だって真琴だもん、ほんとに走って行きそうじゃない?
そして、この約束を二人が思い返すとき、走ってる真琴を高校生の楽しかった思い出を思い出すことができるわけです
なんて切なくて悲しくてでも明るい風景しかそこには浮かびません
もう甘くてせつなくて口からグラニュー糖がころげでそう

ちなみに高校生活がリアルじゃないなぁというご意見には「すまん、わからんが違うのか?」と
女子高だったんだよ!共学とかこんな感じだと思ってましたが!?
と逆切れしそうです。ので一般的な妄想?理想?の高校生活って事でよいのでは、と思うしだい