ところで私が書いているのは感想や解説というよりは、三宅香帆さんの

定義にしたがうと 評論 というものだ。それは正解を言っているわけでは

ないし、作家本人に聞いてもそれで正しい、とは言うとも限らないけれど

色々な状況的証拠から こうなんじゃないかな と推論してるものであるから。

 

さて、私が言っているのは 村上初期作品に出てくる 直子 は

厳密に見ると違っていても 同一人物のことだろうと(例えパラレルワールドの話し

だとしても)、だから ノルウェイの森

とは 村上春樹における 直子物語の完結編 なのだ(ろう)と

 

もう一度遡って見る。最初に直子らしい人が出てくるのは村上第一作

風の歌を聴け、で 仏文科の女子学生 であり、

直子という名前が与えられるのが第二作 の 1973年のピンボール

 

1973年の中では、物事には入口と出口があり、出口がないなら小説を書く意味ない

と大口(冗談ですよ)を叩いている

 

なら、第二作の終わりが 直子物語の最終形態(出口)のはずでは、って思いますが、

なんで まだ ノルウェイの森 があったのでしょうかね?

 

ー直子のモデルは不明であるが(多分ほぼ同じ人物モデルは存在していない

しかし村上春樹が相当打撃を受けた女性、そして今は目の前にはいない人、

の象徴なのは間違いない。その女性はおそらく仏文学となんらかの関係はあり、

またビートルズ(ノルウェイの森)が好きだった。それ私の仮説。

 

だが、本当に自殺した人がいたのかいないのか、それはわからない、

周りでおそらく誰かは自殺した(もしくは亡くなった)けど、その彼女

そのものかどうかはわからない

 

では、1973年のピンボールとは 一体何が出口となっている小説なのか?

 

それは「僕」の心の整理である。直子の葬式をちゃんと行い、僕は前に進むことが

できるようになった、それが出口である

 

ー しかしそれは読者の望む出口ではなかった

 

ですよね、読者の興味は「僕」になんかないんですよ、30歳のおじさんが

ウジウジしていようが、いまいが大半の人にはどうでも良い話だ

 

直子は なぜ自殺したんだ? その一点ですよね、少なくとも大多数に最重要なのは

 

ー だからどうしても理由を「解釈」したい人は例の「嘘のくだり」に

 自殺の動機があると思った(なぜなら他に手がかりは全くないからだ

 

ー あるものは、自殺の動機がわからない「から」、僕は苦しんでるんだ

 というストーリーを作り上げた。自殺理由がわかるならそこまで苦しくないんだと

 

ーー ノルウェイの森ってのは、これ等の自殺に伴う憶測(解釈)を

 全否定して見せた、そこが重要なポイントなんですね

 

私の(全くの)推測では、実在の仏文学の少女のモデルは本当は自殺してない、

なぜなら「蛍」に到達するまでに自殺動機に関する話しの手掛かりを

(作家自身が)全く掴めなかったなどあり得ないから、と私は思う

 

だから、ノルウェイの森は実話でなく創作だ(と本人も力説してるし、

 

ー 創作なのにリアリズム?

 

って変にも聞こえるけど、前回書いたように、村上作品の範囲内では

極めてリアリズムであるし(非現実的なものは出てこない)、

その単語の意味は、ちゃんと筋道が論理的に理解できるように今回は書いたよ、

って言いたいのではないかな

 

すなわち、誰が読んでも納得できる、直子の自殺理由をちゃんと書いた小説だよ

という意味で

 

ー 直子をリアリズム化した代償

 

1. 自殺の理由がわからん問題を、キズキに押し付けた

(この問題については後日書きます)

これってほんとにそうなら、なんだよ〜ってことにはなるまいか?

 

2. 過去作品との不整合が発生

 (過去のがリアルじゃなかったからしょうがないじゃないとも言えるし、

  私はパラレルワールド内のストーリなのねってことにしました、

 

ー もし本当にノルウェイの森の直子が 初期二作の自殺少女と無関係なら

 

私は村上春樹は永遠に直子の話を書き続けないとならないという「呪い」に

かかってるはずと思いますが、

それ以降 直子の話しは出てこなくなった

すなわち、これが本当の出口になったと、考えて良いと思う

 

ー ただし鼠と僕は出口に到達していなかった、

 

僕(ワタナベ)に関しては、直子問題に関しては出口にたどり着いた、

(本当は1973年の、でもたどり着いてたはずなんだけどね、、

 あれは妖精みたいな双子も存在するパラレルワールドでの出口)

 

しかしだ、ワタナベにはハッピーエンドなど許されないのだ、

なぜなら、それはパラレルワールドの話で明らかなように、

それが僕=ワタナベの宿命だからだ (その話しはまた今度)