前にも少し言いましたが、川上未映子も読んでます、

今回読み終わったのは ヘブン

(他にカズオイシグロ、日の名残りも頑張って読んだ、

 こちらは現在のユダヤ人問題とか関連で語りたいことはあるけど、、

 

私はどちらかと言うと本そのものの感想というよりは、なぜこの作家が

(このタイミングで)これを書いたんだろうか、という方に興味があって、

そういう意味ではまだ語るのは早すぎると思いましたが、

というのは、前に読んだ 乳と卵 とあまりに書き方もテーマも違うので、

 

これは 完全に いじめの話、中学生の

なんで 芥川賞の後にこれを書いたのか、とは気になりますが、、

(賞取ったので、社会派にふさわしいものを書きたいと思ったのか?

 

まあ取り合えず年表

 

2002年 川上三枝子名義で歌手デビュー

2006年11月、エッセイ『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』をヒヨコ舎より出版 (読めてない、図書館にない、、)

 

2006年に結婚、2010年に離婚

 

2007年7月、処女作である『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(おなじく読めてない)

2008年、『乳と卵』で第138回芥川龍之介賞受賞

 あなたたちの恋愛は瀕死(『文學界』2008年3月号)

2009年 第14回中原中也賞(『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』)(読めてない)

2010年 第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞『ヘヴン』)

(2022年、『ヘヴン』が英国ブッカー賞の翻訳書部門であるブッカー国際賞の候補になるが、受賞を逃す

 

2011年10月に再婚した。2012年5月末に男児を出産した

 

他にも多数書いているが手に入るかわからない、

 

次語る前には、次の二つは読んどきたいと思っている

2019年 第73回毎日出版文化賞(『夏物語』)

2023年 第75回読売文学賞小説賞(『黄色い家』)

 

ーー この本の感想を書こうと思ったのは、これ いじめがあまりにひどい

 ので、どうしてこんなのを書く気になったのかと思って、

 自分の子供はまだいないから、それとは関係ないようだ

 

 小説は妄想で書くと言ってるので、ニュースなどで見聞きしたので書いたのかな

 

ーー とにかくいじめ内容がひどいので、なかなか読むのがしんどいので、

 早く終わらせたくて、頑張って早く読みました、、

 

ーーとは言っても現実でもこういうことは行われているのはニュースで見ている、

 

 記憶に強いのは、2021年の旭川のやつだ、

 

 

中国でもあった、しかしこれ書かれたのは、これより前だ

 

こういう「社会派」的な小説書いて、「書いて満足でそれっきり」

ってのは少し思うところはあるんだな

 

せっかく警鐘を鳴らすような小説書いても、世になんの影響もなく、10年経っても

いじめは変わらずなくならない、

 

作家はどう思うんだろうね、、

 

ーーこの小説では良いことも言っている

 

「人の嫌がることはするな」とか教えても意味ない(いじめする子が聞くわけない)

 そもそも、大人も、学校の先生も「人の嫌がることをやめない」

 自分がしてないのだから教師に説得力などない

 

いじめを行うのは、いじめをおこなえるチャンスがあるからだ

 

(これって、まだ書いている途中のノルウェイの森で言えば、永沢の思想に

 通じるところがあるね。反社会的とか無関係で「できるならする」ってことだ

 

 世の中には倫理観などない大人も子供もいる

 倫理観のない子供は、誰が何を言おうといじめを行うし、それについて

 罪悪感など持たない(って書いてある小説なんだよ、斬新と言えば斬新だし、

 事実といえば事実)

 

 これっていじめを止めるには、いじめられてる側が行動を起こすしかない

 と暗に言っているわけで、それが正しいか違っているかは評価しないけど、

 明らかにまちがってるわけではないだろう

 

いじめをおこなえる理由の一つは、青少年保護条例のために、未成年は

何をしようが罰せられず「犯罪のやり得」だからである

 

だからいじめた側の親も、自分の子供は罰せられないのだから、安心安心と

思っていて、罪悪感など全く持たない

 

ーーだから本気でいじめを撲滅したいなら、悪質な犯罪は未成年でも死刑にする、

 とかの法律改正するしかないだろうね、

 

ーーー以下ネタバレ注意(これから読むつもりのある人はここまでで、

 

ーーこの話では、最後にいじめが終わるが、それは、

 いじめには無抵抗不服従であるべきという主張の女の子(ガンジーかよ!

 が 行動を起こしたから、だよな。

 男の子の方も最後には行動は起こした(かった)が動けなかった、

 だから、女の子の行動によって終わったわけだ

 

 だから、なんだかんだ言って 無抵抗不服従 じゃだめなんだなと

 私は思ったが、作家は、女の子は最後まで、無抵抗不服従だった

 (無抵抗不服従でも間違っていない)

 というつもりで書いたのかもしれない(?)