一等大学生のブログ -2ページ目

第3回レポート課題本:「プロジェクトはなぜ失敗するのか」

プロジェクトマネジメントの視点で過去の体験を振り返る

~あれは成功だったのか失敗だったのか~

課題本:「プロジェクトはなぜ失敗するのか」伊藤健太郎著,日経BP社,2003.

8606227 藤倉徹勇

掲載2009年9月1日

<序論>

 事態が予想通りに進行しないこと、あるいは部分的・戦術的に見れば成功していても全体的・戦略的に見れば失敗だったということは過去の様々な計画や政策の過程と結果、あるいは戦史などを紐解けば目にする機会があり、決して新たな問題というわけではない。そのこと踏まえながらあえて今日、プロジェクトマネジメント(PM)という新たな手法が用いられるようになったことは時代や技術の変化に即して経営、あるいは経営学が常に変化することを象徴しているようである。

今回、課題本『プロジェクトはなぜ失敗するのか』を読むことでPMについて知ることになったが、それ以前の私が行ってきた諸々の活動がPMの視点から見た場合、どのように評価されるものであったかを検証しつつ将来において私が関わるプロジェクトに反映できないか考察してみようと思う。

<本論>

 私は今年度の春から小坂ゼミに新参者として加わることになった。ゼミ内で行われる主な活動は少人数のグループに分かれて行う業界分析とその発表であったが、今までに何度か行われたそれら活動の中で私は新参者ながら曲がりなりにも力を発揮できたのではと思っている。単に私以外のメンバーが私をフォローするだけの能力があっただけかもしれないが、PMとナレッジマネジメントを結びつけた観点からすると過去のプロジェクトの分析は個人の責任の追及やパフォーマンスを評価するためのものではないのでここでは触れない。ここでは私が参加したゼミの活動をプロジェクトとして見た場合、PMの視点からどう評価できるかを分析する。

 最初に考慮しておく点としてはゼミでの活動は実際の企業で行われるプロジェクトよりも遥かに小規模であることだ。担当教授の指導や他のグループのメンバーとのやり取りが多少あっても、基本的にはチームメンバー三人の中だけでプロジェクトは進行していく。ステークホルダーとの関係の複雑化がPMの発達に寄与していることを考えても、これだけでプロジェクトの不安要素は大幅に減少する。

また、チームメンバーが少数であるため特定のプロジェクトマネージャーを決め、その責任の範囲などを明確にしなくても、誰かが何となく率先、あるいはリーダーシップを示すだけでチームはある程度まとまる。プロジェクトの成功基準をあえて明確化しなくても、全員が「発表日までに分析結果をまとめる」「発表する相手(教授や他のゼミ生)から高評価を得る」ことを暗に認識しており、ステークホルダーの少なさから成功基準の食い違いが生じることもない。加えて行われる企業や業界の研究は対象が毎回変更されるものの、基本的な手順やプロジェクトチームの規模は大きく異ならないため以前のノウハウが容易に反映できる。

何よりプロジェクトの遂行の上で有利な点はメンバーが全員同じ大学に通い、同じ経営学を学んでいることである。PMにおいて不可欠な知識や用語の共有は同じ大学で同じような講義を受けてきたので事前の摺り合わせがなくてもある程度は可能であるし、平日は基本的に皆同じようにキャンパスに顔を出すため面と向かった情報のやり取りもしやすい。

 担当教授はゼミの場において我々がより実社会的なディスカッションやグループワークを行い身につけることを望んでおり、実際に我々ゼミ生に発破をかけ緊張を強いるような場面も幾度か存在した。だが、今までのゼミの活動をPMの視点で振り返って見たところ、それでもなお実際の社会や企業で行われるようなプロジェクトに比べれば遥かに容易な条件下で行われていたことがわかる。外部との関係やその影響は極小、メンバーは少数で結束しやすい上に全員が同じ大学で同じような教育を受けてきた人間なのだから。

 ゼミでの活動がいかにやりやすいものであったか、そのことをまざまざと私に思い知らしたのはこの夏に私が参加したインターンシップでのグループワークであった。

 私がこの夏最初に参加した某企業(販売業)のインターンシップの内容は、初日に企業と業界の紹介と説明を行い後にグループワークの班決めと課題の出題、一週間後に発表というもので、その間の六日間は自由行動というかなり放任的なものだった。

 課題は「将来の業界を鑑みて新事業を立案せよ」というもの。内容的には普段ゼミで行っているものと似ており、このとき私は「これならいつも通りやればいいんじゃないかな」と楽観的な気分でいた。

しかし、メンバーは五人で出身大学も学部もバラバラ、一応出題側からの指示でリーダーとその他役職を決めることになり体育会系の一人が志願してリーダーとなった(ちなみに私は誰もやりたがらなかったプレゼンテーターを志願した)が単によく喋る、押しが強い性格所以だけのようであった。ゼミでの活動と同様に「期限を守る」「出題者が納得する発表をする」という暗黙の成功基準は存在したものの、成績評価や進級が懸かっていないせいか傍目からもメンバーのモチベーションは高いとは言えず、何とも先行きの不安が感じられた。スケジュール管理もいい加減で、取りあえず六日間の自由行動期間のうちに集合する日を二日定めて集合場所と時間を確認した後に連絡先を交換して解散となった。

 最初の集合日、大まかな案をパワーポイントにまとめて持っていったが私の他に活動らしい活動をしてそれを持ってきたのは某大商学部出身のメンバー一人だけだった。どうやら課題の内容が経営学部出身者である私が感じるより遥かに難しく感じたようで、ゼミの活動で普段用いるような用語も通用せず、私が持ってきたパワーポイントの内容を見せてもうんうんと何となく頷くだけ、改善点の指摘を要求しても要領を得ず、どこかしら「もうそれでいいんじゃないの」という雰囲気を醸し出していた。

 結局、二度目の集合日も同じような調子で最終的には前述の商学部出身のメンバーの案を考慮しつつ私がプレゼンをまとめる形になり、発表内容を完全に把握しているのは一人だけ、発表内容も自分から見て非常に独りよがりなものになってしまった。

 

 ゼミの活動とインターンシップ、両者を比較した場合、決してゼミの活動の方がプロジェクトとして優れているわけではないだろう。むしろ普段ゼミでやっているような感覚をそのままインターンシップに持ち込んで結果が振るわなかったと言える。

ゼミの活動がPMを全く意識しない状況下でも基本的な知識や用語は共有されており、また幾度か同様の活動を行ってきたため課題本p98~100において記されているハロルド・カーズナー博士提唱のPM成熟モデルのレベル1(共通言語)ないしレベル2(共通プロセス)程度までは図らずとも満たしていた状態であった。加えて全員が同じキャンパスに通っているためPMで重要視される情報のやりとりも容易だった。

一方、インターンシップにおいては全員が初対面、メンバーが有する知識は不明、同じ組織に所属してないため集合するにも一苦労であった。仮にPMを知っていたとしても時間的余裕が少なかったので直ちにPMが反映できるかは疑問だがそれでもある程度は直面する事態を予測できただろう。少なくともゼミと同様の手順で同様の効果が発揮できるだろうという安易な考えには至ることはなかったはずだ。

インターンシップ終了後にこの課題本を読むことになったのはこの体験を教訓とできる点では非常に幸運だったと言えるかも知れない。

<結論>

 以上、日ごろのゼミでの活動とこの夏に体験したインターンシップでのグループワークを私なりにPMの視点に基づいて分析を行った。

両者とも実社会において行われるプロジェクトと比較すると遥かに小さなものであり、また各々の活動の評価が私の主観によるところが大きいことも考慮しなくてはならない。しかしながら、一つの概念から過去の事象を評価してそこから教訓を導き出すというプロセスの練習にはなっただろうと思う。これらの教訓を以後のプロジェクトに反映させることもまたPMの機能である。

 今回行ったPMの視点に基づく分析を叩き台として、将来関わるプロジェクトをPMの思考を用いてより完成度の高いものにした

アメリカ合衆国の現状と実態

アメリカ合衆国の現状と実態

~超大国を生み出した内外の要因と歴史~

8606227 藤倉徹勇

2009年7月1日公開

参考書籍:照 華子・岡田恵子『ロジカル・シンキング—論理的な思考と構成のスキル』東洋経済新報社、2001、堤 未果『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書 新赤版 1112) (新書)、2008.

<序論>

「民主国家は四年以上戦争できない」とは第二次世界大戦を経験したアメリカの軍人の言葉だそうだ。発言者の名前は知らないがこれは実に的を射ていると思う。彼の指したであろう民主国家――アメリカ合衆国(以下、米国)において大統領の任期は四年である。戦争に限らず、国民に継続的に何かしら苦痛を強いる政策は少なくとも四年以内にやって来る大統領選挙にて倒される寸法だ。

 ブッシュ政権が二任期八年続く間に、米国内では格差拡大やイラク戦争、サブプライム問題などに対する様々な不満が蓄積していた。それに対し現大統領であるオバマ氏は「チェンジ」を強調して前政権からの変化を訴え選挙に臨み、圧勝。八年分の鬱憤とオバマ氏の主張に突き動かされ米国民は彼を新たな指導者として任命した。

<本論>

 十九世紀から二十世紀初頭、恒常的な内需の拡大と労働力及び人材の供給をもたらす移民政策を実施し、豊富な食料・地下資源を産する広大な領土を有していた米国は列強諸国の中で最も成長性に恵まれた国として存在していた。第二次世界大戦後、列強諸国が国土を戦火に焼かれ、戦勝国さえも植民地を手放すこととなったのを尻目に米国は一人勝ち状態となった。こうした背景と照らし合わせながら米国の現状と実態を考察する。 

1.内政面

米国の内政において特徴となっているのは大統領制と二大政党制、そしてはっきりとした三権分立である。日本やイギリスのような議員内閣制を採用する国において立法府と行政府は常に結びついているのに対し、米国においては権力が厳格に分離しており、常に対立や抑制・牽制のし合いが発生する。責任の所在も明確となる。

また、行政府の首長である大統領も立法府である議会の構成員(議員)も国民投票により選任される。有権者は少数の大統領候補から大統領を、二つの政党から支持政党を選ぶ形になる。

結果、アメリカの政治は実力主義・成果主義となっていると言える。国民の期待に応えられなかった政府や議会は、国民の手によって容赦なく後に控える後任者に挿げ替えられる。

責任の所在の明確な点、選出母体の少なさとそれによる政策の対立軸がはっきりとしている点。以上の二点から所謂「アメリカ型経営」のような内政の仕組みが構築されている。政権が変われば国民の目に分かるように方策が変更され、その方策にそぐわない官僚は追いやられる。官僚に対してもまた実力主義・成果主義が適応される。日本のような官僚社会になることはない。

2.外政面

第二次世界大戦後、一人勝ちとなった米国の前に共産主義の台頭という脅威が迫ったが、これは米国の一人勝ちに拍車を掛ける結果となった。

共産主義は政治経済のシステムが異なるいわば代替品の脅威と言えた。新たな脅威を目前にしたかつての列強諸国(同業他者)もまた米国と同様、あるいはそれ以上にそれらを脅威と捉えた。ただでさえ疲弊しているのにこれでは止めを刺されかねない。結果、同業他社たちは米国にすがることとなった。米国に後ろ盾となってもらい、戦後復興と従来の資本主義国家のシステムを維持した繁栄を目指した。資本主義国として独立した旧植民地もまた米国の下についた。こうして構築された資本主義陣営の中で米国の存在は不可欠な存在であった。陣営そのものが米国と言えるほどに。共産主義の防波堤として米国の寵愛を受けた日本と西ドイツは、戦後植民地を失った戦勝国の疲弊を尻目に米国に次ぐ経済大国へと躍進した。

冷戦期を通じ、キューバ危機や黒人民権運動といった危機や混乱に耐えた。ベトナム戦争の混乱とその後の余波、あるいは経済危機といった様々な政治不信が万延した70年代を米国は乗り越えた。たとえ米国の苦境を尻目に日本や西ドイツが経済的な面での国際競争力を増しても、なお米国は西側諸国の頭領だった。「アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひく」と揶揄される日米関係だが、それは資本主義陣営全体に多かれ少なかれ該当する言葉であった。少なくとも米国に取って代ろう、寝首を掻いてやろうとした資本主義国など存在しなかった。米国の不在、あるいは死は資本主義陣営の混乱と崩壊を招く。それは即ち代替品である共産主義に屈することを意味した。それを重々承知していたからこそキングストン合意やプラザ合意といった米国のわがままに西側諸国は従ってきた。

3.1と2から

失政や混乱があれば国民は迷わず現政権を倒して方向転換を図る。米国の政治システム上、政権交代は大幅な国家運営の方向転換を意味する。変革には成長の可能性を見出せる一方で、その間は打たれ弱くなるのが常である。政策の転換の誤りにより成長よりむしろ大きく衰退した国も数知れない。しかし、米国は資本主義陣営という多数の関連子会社を引き連れた独占企業のような存在として君臨し続けた。たとえ経済面でワン・オブ・ゼムとなりつつあっても国際的影響力はナンバー・ワンだった

各資本義国は米国の変化につき合わされ苦労することもままあったが、やむを得ず従ってきた。米国の地位が脅かされることは資本主義陣営の崩壊であり、それは社会主義国であるソ連が市場競争という種目以外で米国を屈服させることに他ならなかった。

1991年、ソ連は崩壊し冷戦は終結した。全世界が事実上、市場経済を導入して急速な情報化と国際化を伴いつつ現在に到る。

4.現状

ソ連崩壊後、米国は唯一の超大国として再び一人勝ちとなった。しかし、全世界が市場経済を導入し、冷戦期のソ連のような共通の大敵がいない今日において誰しもが市場競争によって米国を脅かす存在となり得る。米国の成長が堅調でも、他国がそれ以上に成長すれば相対的に影響力が弱まる。すでにドル安のようないくつかの前兆らしき現象なども露見しつつある。ドルの基軸通貨としての地位が再び揺らぎつつあるのだ。米国は現在の地位を維持するべく、固定相場や金本位制を強行するのか。競合他者は阻むのか、受け入れるのか。この点だけでも注視が必要だろう。

前政権からの「チェンジ」の訴えに奮い立った米国民の支持を受けて樹立となったオバマ政権だが果たして国民が憎んだ格差社会や戦争と決別することができるだろうか。

全世界に市場経済が導入された以上、全ての国が同じ土俵で経済競争をすることになる。この渦中で国内の高福祉高負担を目指せば国内の企業や資産は海外へ逃げてしまい、国の経済力そのものが縮小してしまう。そのツケは最終的に国民に跳ね返ってくる。

 戦争に関してはどうだろうか。イラクからの順次撤収は行われているが、アフガニスタンに派遣する兵力は増派の方針だ。超大国である以上は「世界の警察」を続けねばならない。戦争という行為の善悪を問うつもりはない。しかし、米国に見捨てられたソマリアとその近海は今や海賊が跋扈し、世界中に迷惑を掛ける混沌の地となっている。このような事態があちこちで発生すれば強くて恐ろしい「世界の警察」、つまりは超大国の威信は失われる。

 国内経済と国際社会への影響力に対する葛藤は以前から存在していたが、米国の力が相対的に弱まるほど判断が難しい問題になってくる。「アメリカ式経営」の政治で乗り切れるのだろうか。

<結論>

 現在においても米国は依然変わりなく超大国である。米国の相対的にも絶対的にも強大な国力と国際情勢により米国の国家運営の長所が発揮され、短所はカバーされてきた。

しかし、米国が現在の成長を維持しても新興国やEUのような地域連合がそれ以上に成長すればナンバー・ワンからワン・オブ・ゼムへと転落することはこの先あり得ることである。そのとき、現在のアメリカ式経営の国家運営で米国は維持できるのか、そして米国への一極集中だった世界にどんな変化がもたらされるかは全く未知数である。

大前研一著『「知の衰退」からいかに脱出するか』を読んで

「知の衰退」から脱出する方法

~頭を使って話す聞く~

読んだ本:大前研一『「知の衰退」からいかに脱出するか?』光文社、2009.





・序論

「新入社員が自動車の免許を持ってない」とは日産自動車の採用担当者のぼやきだそうだ。私も一応自動車免許は持っているが、取得は親の勧めであり私が「別にすぐにはいらないよ」と言うと父に「ハングリーさが足りない」と責められ、半ばしぶしぶ取得した覚えがある。無欲な若者だの学力低下だのと言われると自分自身が現代の若者であり、実感がある分余計に耳が痛い。自分が何となくやっている勉強は必要な課程を経て、必用なステータスを取得するためのもの、あとは社会に出れば勉強は役に立たないが取得したステータスに拠って何となく生きていく――というのは中学生より前から薄々だが予測していた。大前研一氏の『「知の衰退から」いかに脱出するか?』はそれらの社会制度、そして私自身の甘い意識に対しての警鐘なのだろう。







・本論

『「知の衰退から」いかに脱出するか?』(p252~259)において大前氏は偏差値教育の弊害を糾弾している。20世紀の工業化社会においては有効であったとしている。同等かつ一定の性能の人間を大量生産するからだ。要は優秀な人材というよりは優秀な機材を大量生産していたというのだ。しかし、たとえば軍隊を人で編成された組織として論じる際の名言に「勤勉な愚か者は銃殺するか軍隊から追い出せ」というものがある。なぜなら間違ったことでも延々と繰り返すからだ。だが、それこそが工業化社会に求められた有能な、機械のように常に同じ性能を発揮する機材のような人材だった。戦後教育世代だけで生産者が占められていくにつれで「勤勉な愚か者」の社会が形成されていった。

 それでも人々はバブル崩壊まで豊かさを求めて疾走し続けた。その頃は終戦直後や高度経済成長を生きたハングリーな世代が現役だった。しかし自分を含めた豊かさしか知らない「勤勉な愚か者」は恐ろしく臆病かつ向上心がない。

 豊かさのピークとバブル崩壊、戦後世代教育の台頭、ハングリーな世代の退役、急速な国際化と情報化、そして日本人の民族性などさまざまな要因が複合した結果、現在の相対的にも絶対的にも大前氏の言う集団的な「IQが低い」――そして個人レベルにおいてもそうなりつつある――日本社会が作り出された。

                                         

 著者の大前研一氏は作品内(p289)で「考える力はないが知識を詰め込まれた人間」よりも「考える力があって知識のない人間」が21世紀では有利と断じている。大前氏の意図することは理解できる。しかし、この表現では日本語における「知識」の定義の曖昧さから少しばかりか語弊に繋がるのではないかと思う。

 「知の衰退」の「知」とは英語で言うところのインテリジェンスであり、「考える力」とはそれに開発する能力あると私は考える。今の日本で行われている詰め込み学習において覚えることを要求されるものは、個々では意味を持たないデータ、あるいはデータをある程度集約したインフォメーションである。対して大前氏が要求する「知」はそれらの情報を分析・評価することによって得られるインテリジェンスのことなのであろう。つまり「考える力」はすでに持っている知識(インテリジェンス)や経験と新たに得た情報を照らし合わせることで、新たな知識を得る能力のことなのだ。大前氏が非難した「知識」はデータや情報の域を出ていない、ただの「覚えたこと」である。

 覚えることが全く無意味であるとは思わない。覚えたことが知識の母数になるからだ。しかし、あくまで母数のうちの一部でしかない。情報化によって膨大な情報が短時間で得られるようになった分、相対的に大幅に重要性が低下してしまった。情報量がアドバンテージにならない以上、より有利な知識を得るには考える力が重要になってくる。



 考える力をどう養うか。私の経験からすると自分と異なる意見に耳を傾け、それに何かしら意見や意思を伝えることは考える力を養うのに適していると思う。

 実世界においても、あるいはインターネットの掲示板であろうと、自分と違う意見を持つ相手に何かもの申すには多くのエネルギーを要する。自分の持つ知識や情報、資料、考える力を総動員する必用があるからだ。言い負かすにしても、言葉巧みに丸め込むにしても頭を使う。商談は自社で、国際会議は自国で行った方が自分に有利な資料や知識をすぐに用意できるので有利とされている。

 また、情報を集める能力も向上する。インターネットにおいて掲示板などで討論を何度か経験すると、文章を読む速度や検索エンジンでの効率的な検索方法、その辿り着いた情報の信憑性を判断する能力なども自然と身についてくる。だが、それらの能力は同じ意見、あるいは同程度の知識の人間しかいない場所では伸びない。論破はする方だけでなく、される方にも考える力が要求される。論破し、論破されることが知の衰退を阻止する手段のとして有効であるのは間違いない。                        

インターネットでは多種多様かつ、匿名性ゆえに忌憚なき意見を目にする機会が多い。時には荒らし行為や偏屈な意見ばかり集まる掲示板なども存在するが、そこから有益な情報を引き出して自分の知識としつつ、それらに適切に対処する能力を得ることも可能だ。

 実社会においてはどうだろうか。インターネットでのやり取りと違いお互いに顔が見える、仮に見えていなくても知っている。立場や社会的ステータスも同様だ。

 親や親戚などの年長者と堅苦しい会話や真面目な会話するのは苦痛だ。世代によって意識が異なるが年長者という立場ゆえに彼らには発言力がある。その発言力によってこちらの意思は跳ね除けられ、向こうの意思はどんどんぶつけられる。だが、よくよく耳を傾けてみると必ず未知の事柄が含まれていたりする。私自身、父や親戚から「使える」と頂戴した情報は言葉のぶつけ合いの時に得られたことが多い。仮に新情報がもたらされなくても、彼の会話に合わせよう、ついていこうとするとここでも考える力を使う。だが、単に「空気を読む」だけでは意味がない。パッシブではなくリアクティブであるべきだ。

 声の大きい、気に入らない意見に対しため息をつきながらで淡々と接するのは勿体無い。せっかく時間を割いているのだから少しでも貪欲に、何か盗んでやるべきだ。むしろ気に入らない意見だからこそ心に残り、使用する機会が来ればここぞととばかりに使えることもある。







・結論 

真の知識とは考える力を用いて得られるものである。知識を得たいという意欲が連鎖し合い、力を発揮するためのモチベーションとなり新たな意欲が湧いてくる。目標や意欲とうのは知識に寄るところが大きい。理解していないものを欲しがったりする人間はいない。意欲や目標は知識を得るにつれ芽生え、意欲や目標が新たな知識を求めて考える力を働かせる。双方の地道な積み重ねと連鎖が人間の知識と意欲を成長させていくのだろう。

 とすれば、私自身の「ハングリーさが足りない」理由はその積み重ねが不十分だったことに他ならない。大きな意欲が形成されるには相応の時間を要する。普段の会話、読書、インターネットでの情報収集など身近なところから徐々に、かつ明確な意識を持って知識と考える力、意欲の形成を行う必要がある。

IQに甘んじないという意識と意欲を持った人がさらに他者とお互いの知識と考える力を作用させれば個人的・集団的な低IQからの脱却を図れる。長い道になるだろうがそれが現状をこれ以上悪化させず、また少しでも改善させる方法なのだ。