
映画「フューリー”FURY”」の脚本を翻訳する
映画「フューリー”FURY”」の脚本を翻訳する
などと大見えを切ってみたが、実は翻訳された方がいる。
「ボツ脚本・準備稿」と記されているように実際の映画の脚本とは異なる。
ちなみにIMSDbでは見られないようなので探してみた。
たぶんこれが同じ脚本だと思われる。
https://www.dailyscript.com/scripts/Fury.pdf
さて、訳者も 『戦争映画もいろいろですがこの脚本はかなりマニアックというか、ミリタリー系の専門用語が頻発して読むのに非常に苦労しました。』 と述べているように、各所に?と思える訳がある事は事実だが、非常によく訳されていると思う。 昨今、海外の情報が手軽に入る様になった上に翻訳も無料で手軽に行える好環境だが、専門的用語はやはり、専門知識がないと矛盾が生じてしまう。
とはいえ、翻訳が大変なのは事実である。
一例を示してみる。
映画冒頭、故障で戦場に取り残されたフューリー号が故障排除後発進するシーンである。 ネット上の無料翻訳による翻訳3種 翻訳結果をコピペ
① グーグル翻訳
ウォーダディー 出て行け!
② エキサイト翻訳
ワーダディ
③ AI自動翻訳「みらい翻訳」 /お試し翻訳
ワルダディー 出て行け!
■ 全翻訳された方の翻訳
ゴルドはギアを一度ニュートラルに入れ、それからファーストに入れてクラッチをつなぐ。戦車が急に動き出す。バイブルは照準器に目を押し当てる…
ウォーダディはペリスコープから外を見ながら、手元のサム・スイッチで砲塔を回転させる。
ゴルドーの後ろで円筒形の砲塔バスケットが回転する。その内側にはウォーダディの足と、立っているバイブルとクーンアスが見える。印象的な眺めだ…
■ 私の翻訳はこうだ! ウォーダディ 前へ! ゴルドはクラッチを踏んでギヤを2速に入れる。ガ、ガクンと戦車が揺れる。バイブルは砲照準具に目を当て覗き込む・・・ ウォーダディは潜望鏡を通して外を監視しながら油圧旋回レバーで砲塔を旋回させる。 ゴルドの後ろで砲塔バスケットが回り、その内側には、ウォーダディ、バイブルそして立っているクーン・アスの脚が見える。印象的な眺めだ・・・
【翻訳の解説】 ● Wardaddy ウォーダディ:ブラッドピッド演じるドン・コリア軍曹の愛称 車長(戦車長/戦車指揮官)である、 ● Gordo ゴルド:操縦手の愛称 ● Bible バイブル:砲手の愛称 ● Coon-Ass クーン・アス:装填手の愛称
● Move out! 一般的には「発進」「進め」とか「移動」と訳される。 軍事または自衛隊用語的には「前へ(まええ)」である。
● double-clutches and shifts into first. ダブルクラッチはクラッチの操作法であり、変速をスムーズに行えるようにクラッチを2度踏む動作である。ただし、ダブルクラッチは走行間の変速要領であり、発進時のダブルクラッチは無意味だ。 また、1速に変速ギアを入れる(shifts into first)と記述してあるが、シャーマン戦車は2速(セカンド)発進であり、1速は泥濘地等での緊急脱出時等に使用する(エマージェンシーロー)である。このため間違えて変速できない様にバック(リバース)と同様にロックがかかっている。 よって、クラッチ踏むのは1回、変速ギアは2速に入れるのが正しい操作となる。
● The tank lurches. lurcheは「(船・車などが)急に傾くこと」という意味があり、lurchesという複数形なので「ガ、ガクン」と意訳した。 「ガクガク」だとずっと揺れているようだから「ガ、ガクン」としてみた。これはギアを入れる時に戦車が揺れる現象(シフトショック)であり、一般的には「ガガガ(ギヤ鳴り)・・ゴン!」という感じである。シフトショックは自家用車でも体感できる場合がある。 ちなみに、変速機内のギヤが完全停止した状態でギヤを入れる事に成功した場合はショックはない。しかし、ギヤが入らない事もあり、その際はクラッチを踏みなおす必要がある。マニュアル車を運転したことがある方は発進時にギアが入らないという経験をした方も多いだろう。
● presses his eye to the gunsight ガンサイトに目を押し付けるという描写である。 砲手であるバイブルが照準具を覗くという行為は戦闘が開始されることを暗示している(実際には戦闘はなかったが) ガンは砲(戦車砲)、サイトは照準具だ。 なお、照準具という表記は一般的ではないが防衛省規格「火器用語(射撃統制)」による専門用語になる。
● THUMBSWITCH 直訳すると「親指スイッチ」である。 シャーマン戦車には親指スイッチ操作で砲塔旋回ができる装置は付いていない。後期のシャーマン戦車には油圧動力旋回を車長が制御出来るハンドル(レバー)が設置されている。このレバーには不用意に砲塔が動くことを防ぐためのロックボタンが付いており砲塔旋回時にはこのボタンを親指で押してロックを解除しレバーを動かす。たぶん、これのことを指しているのだろう。
訳者は「サムスイッチ」と訳されている。エキサイト翻訳でも同訳だが、そもそも「サムスイッチ」が何なのかが不明だ。
たったこれだけの翻訳でも戦車マニュアルから英語の意味まで調べなくては疑問だらけになってしまう。
ついつい「そんな翻訳じゃないだろう!」と思ってしまう事が多々あるのだが、実に難しい。 脚本家のデビッド・エア(David Ayer)自身が誤った記述をしているので翻訳が間違っても仕方がないだろう。というか、翻訳は間違っていないな。また、事実を知らないと意訳も出来ないので専門知識が必須となってしまう。
このボツ脚本と映画の違いは脚本に描かれたものが事実と相違しているという事を元戦車兵などから助言を受けたのだろう。例えば脚本ではティーガー2両と戦うが、さすがに無理であり1両である。もっとも実働ティーガーが1両しかないから1両になった可能性もある。また、脚本では超信地旋回で遅い砲塔旋回を補う描写もあるが、映画では実車保護のために行わなかったと考えられる。 他には暗闇の中でSS大隊を確認できるとか、当時装備されていないキャニスター弾を撃つという事は映画では是正されている。 ただし、映画では謎だったウォーダディの背中の傷については経緯が描かれており、この映画はウォーダディを含むフューリー号乗員の贖罪(キリストが十字架上の死によって、全人類を神に対する罪の状態からあがなった行為)であり、最後の十字路でのシーンはそれを物語っていると言えよう。 |