
戦車工学~理論と設計の基礎~(続)
上記の続き
戦車が遂行しなければならない多種多様な戦術的問題と、またあらゆる経済的技術的及び軍事的適合性とを考え合わせると、種々な軍事上の諸問題を解決することが出来る万能戦車を持ちたいという欲望が出てくる。
戦車が万能性を表すためには次の様な諸事項が必要である。すなわち、自動的に換えられる装輪装軌式装置を有する事、装軌の際でもまた装輪の際でも戦車の直進と旋回といずれにも使える万能変速機を備える事、なおその変速機は自動的なものである事、また何処にでも行ける事、すなわち、水上を浮遊航行する事も水中を潜行する事も、また諸種の障害物をも通過し得る事、山地や砂地や泥濘でも行動し得る事、装甲板は徹甲弾を受けても損傷しない事、各種の毒ガスの撒毒地帯を行動し得る事、戦車の内部と外部とを連絡する完全な装置と器具を備える事(このためには二重連絡装置を必要とする)、種々な行動条件(場所、気候、時間、煙幕、水中潜航等)の下において観測及び操縦を確保し得る優秀な器材を備える事、敵の装甲車及び空軍との戦闘を有利に導くような武器を有する事である。装甲された車体の構造は少しの改造によって次の様な種々の目的に応じて利用し得る様にしておかねばならない。すなわち、参謀用または指揮官用、貨物運搬用、衛生勤務用、工兵用、化学戦用、連絡勤務用等の種々な用途がこれである。伝動装置及び一般の機構はただ特殊の機械装置を施すだけですぐに無線操縦戦車に転化して使用し得るものでなくてはならない。
この様な技術的万能戦車が実現すれば戦術の点においても万能性を確保することが出来るであろう。すなわち、全く同一形式の戦車をもって種々な軍事的任務の遂行に利用できることになる。
しかしながら、戦闘方式は上記のごとく万能的な特異性を持っているにもかかわらず、現在の技術はその発達途上にあり、軍にある程度専門化され、また比較的複雑な方式の戦車で軍事的要求を満足させているにすぎない。
続きである。
原書は1937年版であり、おおむね1935年までの戦車技術をもとに記述されている。「今日(こんにち)、現代、現在」などの記述は1935年付近のことであり、「大戦」は「第1次世界大戦」のことである。
ドイツが戦車の技術供与をし、ソ連が訓練場所を提供していた時代の話であり、日本も含め知識は共用していたのに国情であれだけ異なる戦車が登場したことを思うと感慨深いものである。
ソ連の資料だけにあってクリスティー戦車をパクったBT戦車の「装輪装軌式」が登場する。このBT戦車は1936年からのスペイン内乱でのスペイン軍、1939年からのノモンハン事変における日本軍との実戦を経験したことによる知見からあのT-34戦車が生まれるわけである。
ちなみに、本書(翻訳版)の発行は皇紀2003年3月8日となっている。
つまり、1943年であり、すでにヨーロッパでは本書に記載されている戦車とは異なる高性能戦車が走り回っているのである。
残念ながら太平洋では本書に掲載されているままの「ニッポンの戦車」がそのまま戦っているのである。