武器輸出三原則の緩和が決定しましたね。小さいようで大きな一歩だと思います。
国際情報センターさまの記載が非常に参考となると思います。ぜひご一読ください。
武器を輸出することは集団安全保障に資することは間違いありません。
理由は以下の通り。
(1)武器の提供を受ける側は、提供国と安定した関係を築く
なぜなら、自国の安全を保証するために、武器を購入しています。
提供国との関係がおかしくなると、武器の提供を受けられなくなります。
更に、今まで購入した武器の整備が行えなくなる可能性があります。
そうなった場合、所有武器がただの鉄の塊となってしまいます。
→ 例:イラン革命でパフラヴィー朝が崩壊しました。米はF-14をイランに提供していました。
しかし、革命後予備部品の提供を停止したため、所有していたF-14はすぐに飛行できなくなりました。
(2)武器の提供を受けている紛争当事国との交渉を主導できる
(1)のイランの例のように、武器の能力を維持するためには提供国からの予備部品を購入する必要があります。
日本から武器を輸出している国が紛争当事国になった場合、その経緯を聞くことや調停を主導することが出来ます。
なぜなら、紛争を維持するための予備部品提供を打ち切られたら終わりですから。(武器を人質にする)
(3)武器の輸出 ≠ 死の商人
某政党は必ず死の商人呼ばわりして、輸出を停止しようとしてきました。(そもそもはボケ三木が悪い)
しかし、武器を持ち国を守ることは、その国を存続させる上で必須です。
現実に武装していなかった国「チベット」は、中国により占領されています。
その結果、戦うよりも多くの人が亡くなった可能性があります。
現代の兵器というものは、孫子の兵法で言うところの「戦わずに勝つ」を実現させうるものです。
戦争は、異なる2つの国の武力バランスが壊れたときに発生します。
武器を整備し、相手に紛争を起こそうと思わせないことが平和に繋がっている現実を理解すべきです。
(4)武器の国際共同開発は共同安全保障
国際共同開発の意義は、お互いに同じ兵器を運用することで、お互いの手の内を晒し合うことです。
お互いの手の内が分かっているのであれば、互いに戦争することはないだろうという発想に基づいています。
武器の高度化によって、一国で開発ができなくなったというのはまやかしです。
核保有の是非について論議も許さないのは言論統制ではないかと最近特に思います。
現実問題として、日本は米国の核の傘に入っています。これが大きな戦争抑止力となっているのは言うまでもありません。
第二次世界大戦後、MAD(相互確証破壊)は核戦争の勃発を抑止しました。
「核を保有する」 ≠ 「核戦争の被害者を出す」
ということはこの60年の歴史を振り返れば実証されています。
「核戦争の被害者を出さない」っと言うことが目的であれば、それを達成する手段として「核兵器を保有して、核を先制使用した国に対して使用する」っとした方が、単純にデモをするよりもよほど効果的です。
また、それを更に拡大して、戦争自体を抑止したいのであれば、「日本を攻撃した国に対しては核の先制使用も辞さない」と言っておけば、日本を攻める国はなくなるでしょう。
核保有論議をしないということは、平和に対して考える機会を奪っているとは考えられないでしょうか?おっさんはそんなことを考えています。
核を保有すると維持費が莫大になるので、米国に維持させてボタンだけ貰う(核シェアリング)のがベストですけどね。(^_^;
国際情報センターさまの記載が非常に参考となると思います。ぜひご一読ください。
武器を輸出することは集団安全保障に資することは間違いありません。
理由は以下の通り。
(1)武器の提供を受ける側は、提供国と安定した関係を築く
なぜなら、自国の安全を保証するために、武器を購入しています。
提供国との関係がおかしくなると、武器の提供を受けられなくなります。
更に、今まで購入した武器の整備が行えなくなる可能性があります。
そうなった場合、所有武器がただの鉄の塊となってしまいます。
→ 例:イラン革命でパフラヴィー朝が崩壊しました。米はF-14をイランに提供していました。
しかし、革命後予備部品の提供を停止したため、所有していたF-14はすぐに飛行できなくなりました。
(2)武器の提供を受けている紛争当事国との交渉を主導できる
(1)のイランの例のように、武器の能力を維持するためには提供国からの予備部品を購入する必要があります。
日本から武器を輸出している国が紛争当事国になった場合、その経緯を聞くことや調停を主導することが出来ます。
なぜなら、紛争を維持するための予備部品提供を打ち切られたら終わりですから。(武器を人質にする)
(3)武器の輸出 ≠ 死の商人
某政党は必ず死の商人呼ばわりして、輸出を停止しようとしてきました。(そもそもはボケ三木が悪い)
しかし、武器を持ち国を守ることは、その国を存続させる上で必須です。
現実に武装していなかった国「チベット」は、中国により占領されています。
その結果、戦うよりも多くの人が亡くなった可能性があります。
現代の兵器というものは、孫子の兵法で言うところの「戦わずに勝つ」を実現させうるものです。
戦争は、異なる2つの国の武力バランスが壊れたときに発生します。
武器を整備し、相手に紛争を起こそうと思わせないことが平和に繋がっている現実を理解すべきです。
(4)武器の国際共同開発は共同安全保障
国際共同開発の意義は、お互いに同じ兵器を運用することで、お互いの手の内を晒し合うことです。
お互いの手の内が分かっているのであれば、互いに戦争することはないだろうという発想に基づいています。
武器の高度化によって、一国で開発ができなくなったというのはまやかしです。
核保有の是非について論議も許さないのは言論統制ではないかと最近特に思います。
現実問題として、日本は米国の核の傘に入っています。これが大きな戦争抑止力となっているのは言うまでもありません。
第二次世界大戦後、MAD(相互確証破壊)は核戦争の勃発を抑止しました。
「核を保有する」 ≠ 「核戦争の被害者を出す」
ということはこの60年の歴史を振り返れば実証されています。
「核戦争の被害者を出さない」っと言うことが目的であれば、それを達成する手段として「核兵器を保有して、核を先制使用した国に対して使用する」っとした方が、単純にデモをするよりもよほど効果的です。
また、それを更に拡大して、戦争自体を抑止したいのであれば、「日本を攻撃した国に対しては核の先制使用も辞さない」と言っておけば、日本を攻める国はなくなるでしょう。
核保有論議をしないということは、平和に対して考える機会を奪っているとは考えられないでしょうか?おっさんはそんなことを考えています。
核を保有すると維持費が莫大になるので、米国に維持させてボタンだけ貰う(核シェアリング)のがベストですけどね。(^_^;