さよなら101系・301系引退記念イベント
西武鉄道で長らく主力形式として活躍してきた101系、301系も多摩湖線と多摩川線を走るワンマン運転対応車両を残してついに引退の時を迎え、昨日は最後の花道を飾るべく盛大にイベントが開催されました。
イベントは午前の部と午後の部に分かれて場所を変えて実施され、前者は西武球場前駅(埼玉県所沢市)ホーム内特設会場、後者は横瀬車両基地(埼玉県秩父郡横瀬町:横瀬駅隣接)にて開催されました。
イベントに合わせて、101系2両固定編成3本を連結した6両編成の団体臨時列車(事前申し込み)が西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→所沢→飯能→横瀬と運転され、さらに301系を使った臨時快速が池袋→西武球場前を片道のみ運転、この両者が西武球場前で揃って展示されたのが午前の部。
午後の部は場所を横瀬車両基地変えて、団体臨時列車で運転された101系、横瀬車両基地で保存されている101系(旧101系クハ1224号車:3本並んでいるうちの一番左)を並べての撮影会。
どちらも北風吹きすさぶ中、最後の勇姿を見届けるべく多くの方々が駆け付け大盛況のうちに幕を閉じました。
101系・301系は1969(昭和44)年の西武秩父線開業と同時に登場、勾配の連続する池袋線、秩父線の飯能~西武秩父での運転に対応すべく出力150kwモーター、勾配抑速ブレーキを採用した西武の本格的高性能車両でした。1976(昭和51)年に一旦は製造を終了しますが、1979(昭和54)年に、若干の仕様変更を行った上で製造を再開(今回引退した101系・301系はコレ)、1984(昭和59)年まで製造が続き、西武を代表する形式となりましたが、近年は20000系、30000系といった後継車両登場で活躍の場も狭められ、池袋線や新宿線系統で目にする機会も少なくなっていました。
今後、101系は多摩湖線、多摩川線で、また流鉄流山線、上信電鉄、伊豆箱根鉄道、三岐鉄道、近江鉄道に譲渡された車両達が引き続き元気に活躍を続けてくれることでしょう。
昨日は大きな節目を迎えた1日でした。
※ちなみに301系は101系の8両固定編成を指し、車両番号重複を避けるために付与された便宜上のもので、101系との違いはありません。
イベントは午前の部と午後の部に分かれて場所を変えて実施され、前者は西武球場前駅(埼玉県所沢市)ホーム内特設会場、後者は横瀬車両基地(埼玉県秩父郡横瀬町:横瀬駅隣接)にて開催されました。
イベントに合わせて、101系2両固定編成3本を連結した6両編成の団体臨時列車(事前申し込み)が西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→所沢→飯能→横瀬と運転され、さらに301系を使った臨時快速が池袋→西武球場前を片道のみ運転、この両者が西武球場前で揃って展示されたのが午前の部。
午後の部は場所を横瀬車両基地変えて、団体臨時列車で運転された101系、横瀬車両基地で保存されている101系(旧101系クハ1224号車:3本並んでいるうちの一番左)を並べての撮影会。
どちらも北風吹きすさぶ中、最後の勇姿を見届けるべく多くの方々が駆け付け大盛況のうちに幕を閉じました。
101系・301系は1969(昭和44)年の西武秩父線開業と同時に登場、勾配の連続する池袋線、秩父線の飯能~西武秩父での運転に対応すべく出力150kwモーター、勾配抑速ブレーキを採用した西武の本格的高性能車両でした。1976(昭和51)年に一旦は製造を終了しますが、1979(昭和54)年に、若干の仕様変更を行った上で製造を再開(今回引退した101系・301系はコレ)、1984(昭和59)年まで製造が続き、西武を代表する形式となりましたが、近年は20000系、30000系といった後継車両登場で活躍の場も狭められ、池袋線や新宿線系統で目にする機会も少なくなっていました。
今後、101系は多摩湖線、多摩川線で、また流鉄流山線、上信電鉄、伊豆箱根鉄道、三岐鉄道、近江鉄道に譲渡された車両達が引き続き元気に活躍を続けてくれることでしょう。
昨日は大きな節目を迎えた1日でした。
※ちなみに301系は101系の8両固定編成を指し、車両番号重複を避けるために付与された便宜上のもので、101系との違いはありません。








