35系気動車の日
3/5→35系気動車の日です。
1961年に登場した35系気動車。非電化のまま安価に輸送力増強を行うべく101系電車の設計をヒントに両運転台のキハ30、片運転台トイレ付きキハ35、片運転台トイレ無しキハ36の3形式合わせて400両超が製造されて、関西本線奈良~湊町(JR難波)を皮切りに大都市近郊区間の非電化路線に投入されました。
(久留里線で活躍したキハ30)
しかし……というかやはり、この形式が投入されるような路線は電化した方が得策と判断されて、軒並み電化された事で北は羽越線と水郡線、南は唐津線、松浦線(松浦鉄道)まで各地のローカル線に転じて活躍しましたが、ロングシート且つこの形式の最大の特徴である外吊り型扉による冬季のすきま風が不評を買って、見向きもされなかったという……
新型気動車導入や電化で活躍の場を奪われて1980年代後半からは急速に勢力を弱めて、本家JRでは一昨年の久留里線を最後に消滅、現在は関東鉄道、いすみ鉄道、水島臨海鉄道の3社譲渡車と各地の保存車でその姿を見ることが出来ます。
(関東鉄道譲渡車キハ350)
特に関東鉄道は輸送規模的に電化されてもおかしくないにも関わらず、特殊な事情から電化を断念、在来の旧型気動車置き換えと輸送力増強のため、1986~1992年に掛けて国鉄清算事業団(鉄建建設機構)、JR東日本、JR九州から35系気動車を購入して車種統一(10系気動車と20系気動車の部品を再利用して車体だけ新しく作ったキハ0形、キハ310形も併用)を図り、設計コンセプトに合致した使われ方でした。
旧国鉄木原線改めいすみ鉄道も、一昨年に久留里線で活躍していたキハ30を譲り受けて国吉駅構内にて保存していましたが、昨年末に整備を受けて、最終的に動態復活(ATS整備に時間を要するためは、今すぐには復活しない)の見込みです。
(いすみ鉄道キハ30-62)
関東鉄道では1995年以降に順次新型気動車を投入した事で、現在は全ての車両が予備車や保留車として在籍していて、通常の運行には使われていません。
1961年に登場した35系気動車。非電化のまま安価に輸送力増強を行うべく101系電車の設計をヒントに両運転台のキハ30、片運転台トイレ付きキハ35、片運転台トイレ無しキハ36の3形式合わせて400両超が製造されて、関西本線奈良~湊町(JR難波)を皮切りに大都市近郊区間の非電化路線に投入されました。
(久留里線で活躍したキハ30)しかし……というかやはり、この形式が投入されるような路線は電化した方が得策と判断されて、軒並み電化された事で北は羽越線と水郡線、南は唐津線、松浦線(松浦鉄道)まで各地のローカル線に転じて活躍しましたが、ロングシート且つこの形式の最大の特徴である外吊り型扉による冬季のすきま風が不評を買って、見向きもされなかったという……
新型気動車導入や電化で活躍の場を奪われて1980年代後半からは急速に勢力を弱めて、本家JRでは一昨年の久留里線を最後に消滅、現在は関東鉄道、いすみ鉄道、水島臨海鉄道の3社譲渡車と各地の保存車でその姿を見ることが出来ます。
(関東鉄道譲渡車キハ350)特に関東鉄道は輸送規模的に電化されてもおかしくないにも関わらず、特殊な事情から電化を断念、在来の旧型気動車置き換えと輸送力増強のため、1986~1992年に掛けて国鉄清算事業団(鉄建建設機構)、JR東日本、JR九州から35系気動車を購入して車種統一(10系気動車と20系気動車の部品を再利用して車体だけ新しく作ったキハ0形、キハ310形も併用)を図り、設計コンセプトに合致した使われ方でした。
旧国鉄木原線改めいすみ鉄道も、一昨年に久留里線で活躍していたキハ30を譲り受けて国吉駅構内にて保存していましたが、昨年末に整備を受けて、最終的に動態復活(ATS整備に時間を要するためは、今すぐには復活しない)の見込みです。
(いすみ鉄道キハ30-62)関東鉄道では1995年以降に順次新型気動車を投入した事で、現在は全ての車両が予備車や保留車として在籍していて、通常の運行には使われていません。