スナフキンに憧れて -23ページ目

スナフキンに憧れて

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ダニエル・キイスが亡くなられたガーン

彼の作品の「アルジャーノンに花束を」 読んだこと無い人もタイトル位は聞いた事があるはず。

英語では「FLOWERS for ALGERNON」 俺の憧れ であり 目標である 氷室京介のファーストアルバムのタイトルでもある。そのアルバムの中にある「DEAR ALGERNON」は 後にシングルカットで発売される。それぐらいヒムロックもダニエル・キイスをリスペクトしてると思う。

俺は 氷室京介を目指してる。うん 見た目だけね。でも 全然似てないガーン これは 偶然だが 俺はダニエルの「アルジャーノンに花束を」は本当に好きな本。俺は決してこの本を他人事とは思えない。恥ずかしくて今まで 一部の人にしか話してなかったが 俺は小5まで 字を書くことも読むことも出来なかった。自分の名前すら書けなかった。学校の授業は全部 暗記。先生の1字1句聞き逃さず覚えてた。

だから トラブルも多い。ある日先生が 1週間前の授業でやった事の復習だといい問題を出した。俺は当然記憶していたので 手を上げ答えた。先生は言う「タイプR それは違うよ」 だから俺はこう答える「いや 先週の火曜日の3時間目10時46分頃 先生はこういいました」 平手打ちが来た。俺は答えに絶対の自信があったが 大人のいい加減な記憶に 声を消される。

俺はの親は 寛容な人物だ。1+1は2という答えに 俺が「でも バケツの水だったら  1+1でも1になるよ」と答えたら嵌めてくれるような親だ。だが 先生は違う 1+1は2なのだ・・・。そんなの数字での話し。俺からしたら 量は関係無しに 1杯のバケツの水を2つあわせても 1つのバケツにしてしまえば1杯だ・・・。屁理屈ではない。発想の転換。こんな子供を持った親だけど 先生にはこう言ってくれた「この子は字が書けなくてもいいんです 他の可能性があるならそこを伸ばしてあげてください」と でも 先生は「社会に出て行くうえで 字が書けないのは大問題です。直ぐに字を書く練習を」 うちの親は了承しなかったが しぶしぶ放課後 字を書く練習 字の読み方を習う。結局 中3まで続くのだが 字を覚えたがために 記憶力は極端に落ちた・・・と思う。字を書くことで 記憶力が落ちた因果関係は分からないが 覚える努力がなくなったのは確かだ。

それは今も続いてる 字を書くのも読むのも苦手。実際 TOMO-ZOちゃんやチョッパーの誕生日の手紙は30回くらい書き直した。それでも 下手な字。オレオ様やはな兄さんの誕生日の時にも手紙を書いたが 読んでもらえないくらい下手な字(言い訳:オレオ様の時は直前が中国ツアーではな兄さん時は北海道遠征で時間があまり・・・) あ~ちゃんの時には もう必死に書いた 書くことに一所懸命で 内容がメチャクチャガーン 

英語は喋れるが 実は書くのも読むのも苦手。他の言葉もそう 喋れるが書けない 聞き取れるけど読めない・・・しょぼん 計算能力も落ちた。小学生の頃はソロバンなんて習ったこと無いのに 5桁くらいの計算なら瞬時に答えが出た。今は3桁が限界ガーン 実際 受けたIQ検査 初めは160くらいだったが 最期は200超え 日本で数人だってチョキ 140超えたら天才といわれるIQ検査でこの数字! 凄いでしょ 俺の過去の栄光にひひ そんなんだから もてはやされた。大学に呼ばれ 色々試されたし教わった。だけど 子供には早すぎた 大人の世界。妬みだけなら 何とかなるが 嫌がらせや嘘の世界 ご都合主義のせめぎ合い・・・。俺は自ら記憶を消す方法を選択した。生きていくのに必要なだけの能力しか発揮しないよう 心と頭脳をコントロール 字の読み書きも出来ない天才・・・笑うしかないよね。だけど 俺は自分が出来ることはみんなが出来ると思ってた。だから生意気なガキ。わけの分からない大人の世界。俺は 能力を出さなくなった。何を聞かれても答えない。何をされても笑わないし怒らない。感情さえ無くした。学校では字の読み書きを練習する日々。全てを封印し始めた思春期に高校受験。俺が選択したのは 偏差値38の商業科。名前が書ければ合格できるから 俺はここしか受験出来なかった。字を書くことに自信が無く 能力も出せない。それでも 高校の連中はいい奴らだった。俺が字を書けなくてもバカにするヤツは居ない。それどころか本当に仲良くしてくれた。バイクに乗って船館を攻めたり 夏休みに新島行ったりと。嘘や体裁のない仲間 飾る言葉も無く自然体。俺はやっと感情を出せるようになった。字も書けるようになったが 記憶も計算能力もガタ落ち。それでも人として 大事な青春時代を真っ当にすごせたのは嬉しい。親の仕事の都合で 一旦海外で暮らすことになったが 帰国後 元いた高校に戻る。この頃には もう普通に笑い 普通に人と話せるようになっていた。今の俺から想像出来ないと思うが 本当に小さい頃は大変だった・・・色んな意味で。それでも親には感謝している。俺を否定せず 可能性を見つけようとしてくれてた。バカなのか天才なのか分からない 変な子供。感情も無く 何事にも興味を示さない。それでも 勉強しろとも コレをやれ あれをやれなんて言わなかった。周りの大人のほうがうるさかった。高校を卒業する前には車に興味を持ち たくさんの仲間も増えた。頭がいいから幸せなんて限らない。もう俺には昔のような能力は出せない というか出さない。それの方が幸せだからだ。

今は本当に幸せだ。身体の自由は利かなくなってきてるが 「ガチャリックスピンが好き」 それだけでつながってる人達がいる 知り合えた人たちがいる。みんな俺を バカ扱いしてくれる。嬉しいことだ。色んな事件・事故に巻き込まれてきて 更に記憶と感情をコントロールするようにはなったが サーキット行ったり ライブに行ったりと 楽しみが待ってると 「楽しみ!」この一言で生きていける。最近の俺のブログ・・・なんか 過去の話ばかりだけど もう振り返らないだろう。思い出としては語るが 感傷に浸ることはしないだろう。なぜなら 俺はもう 退化が始まっている。間に合うかなiPS細胞。頼みますよ山中教授!

こんな人生だったので 俺は「アルジャーノンに花束を」を異常に愛してる。俺はチャーリーなのか?それともアルジャーノンなのか?いや どちらでもない 俺は社会適応性が無いのは重々承知している でも 感情を取り戻し 社会と繋がりだけは持とうとバイトにも行っている。チャーリーを他人事とは思えないが 俺は俺を演じてみせる そう俺が俺であるために。だけど 俺も最期はこう 言うだろう・・・な 「うらにわの アルジャーノンのおはかに はなたばをそなえてやてください」 と。