オリオン座が思うこと

オリオン座が思うこと

寝静まる頃に、心の奥を深く深く掘り下げてみました。

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私のこの夏は、壮大な旅をしたような気分だ。

1日、長岡空襲があった日でその日に我那覇さんが長岡に来ているとしり、私も長岡まつりの前夜祭の灯籠流しをした。

「みんな救われますように」と書いた。

我那覇さんには会えなかったけど、ちよちゃんとチビ子たちにあってたくさんのお神輿と担ぎ手の活気に高揚した。

長岡空襲の慰霊のお祭りだが、全く辛気臭くない。活気があって、とにかく明るい。非常に尊敬する。

2日、長岡花火にいく。

慰霊の白菊や、フェニックスの思いをしり、私も蘇ると決めた。

 

13日、なるちゃんと焼肉を食べに行った。

なるちゃんは沖縄の20歳の子で、本州の人も頑張るけど、1番は地元の人が頑張らないかんという話をした。

長岡の平潟神社は長岡空襲の時に防空壕があるからと安全だと集まったけどみんな焼け死んでしまった場所だ。

そこでお参りをし、焼肉食べて、アオーレに行った。

アオーレでは、なるちゃんがよく話してくれた4次元の世界が3次元の世界を書いているのではないかという話題に触れた。

3次元の私たちが2次元のマンガを書くように、4次元の世界の人が3次元の私たちを書いているのではないかと。

私はこの話が好きだ。

私もあながち間違ってないようにも思うし。

14日、午前中お酒を飲んだからだるくて、2度寝して夕方ごろからアオーレに行って本を読んだ。

4冊ぐらい持って行った。捨てられる銀行2を途中まで読み、その後永遠の0を読み、そのあと、なんとなーく買った神との対話を読んだ。

ちょうどドンピシャだった。

私の最近たどり着いたところでの考えで、人っていうのは結局は、1つの細胞が分裂してたくさん分裂してできたから、結局私もあなたもあの人もこの人も同じ細胞や遺伝子でできている。

というところだ。

つまり、私とあなた、全く別物と考えているけど、本当のところは同じということだ。

だから本当の根底に求めていることって、全く一緒だったりする。

みたいな。

私は、ちょっと前まで「もうこの人無理!」みたいなことになると、もう無理だった。

みんなそうだと思うんだけど、それも最近そう思えるようになったんだけど、私の人格は本当に乗りこなすのには大変で。

でも、その私が無理!って思った人だって同じように自分の性格を乗りこなすのが大変で苦労してんだろうなぁ、本当は、そんな風に生まれたかったわけではないんだろうなぁと思うと、なんだか救われるように祈れるようになったのだ。

そういう人は、私がいやだ!と思うのと等しく私のこともいやだ!と思っているのだろうから、私は極力話しかけないようにした。それでいいのだと思った。相手の心をむやみやたらと乱さないよう、祈ると。

そんな中、たまたまアマゾンの本のサーフィンなんかしていた時に色々悩んだ挙句に購入していた神との対話。

渡部昇一先生の本を持って行こうかと思ったが、その前にこれ読んでしまおう、と思い読んだ。

見事に、私が漠然と考えていたようなことが整理されていなかった思考や思いが文字となって現れた感じがした。

オォー!!と思って、分厚いのに結構読んだ。

15日、本の続きを読もうと思うけど、眠くてなんだか読めない。

そして、終戦記念日の今日、我那覇さんたちの講演が気になって気になってネットにかじりついていた。

我那覇さんのスピーチがアップロードされた。

我那覇さん泣いていた。悔しさで泣いていた。靖国は大雨だった。先人の神々が男泣きしているかのような激しい雨だった。その雨が会場に貼られたテントにあたり、ますます激しさを増す大きな雨音となっていた。

私の魂もいてもたってもいられなくなった。

私は、前々からこんな日本じゃ、若い人たちに申し訳ないと思いそう言ったりしてきたからだ。

笑っていてほしい。笑うけど心から笑えない。

私はそのスピーチの合間にある拍手さえもムカついた。

拍手じゃねーんだよ!そうだ!という相槌にも腹が立った。そうだ!じゃねーんだよ!

一人一人の心や魂に、我那覇さんは問いかけているんだ!

共感してほしいわけじゃない。

自分は何をやっているのかと自分に問いかけてくれと言ってるんだ。

なぜわからないんだ!なぜ、他人事のようなんだ?と

私は憤りを感じた。

16日、また、神との対話を読んだ。

今まで正しいと思っていたことが、全て洗脳だったってことがわかり、やっぱそうかー!!と、改めて自分は正しいと強くなった。

17日、仕事に行き

18日、この日私の体をメンテしてくれている整体の先生がタダでコーチングをしてくれる日だ。

整体が終わり、先生のコーチング上級者のためのテスト勉強の教材として、私は使われることを大いに喜んだ。

先生には事前に泣くかもしれないけど、いいんですか!と宣言してあったので、何も恥ずかしいことなく全てさらけ出すつもりで行った。

家族のこと、人間関係のこと、これからのこと、色々話した。

その中でも、家族についての決断は、きっと他の人から見ればちょっと非常識な決断を私は下した。

先生にもそのことを話した。

先生は、いいとおっしゃってくれた。とはいえ、先生は私の2個上だ。

私の決断は、絶縁だ。

今はそれが一番『私にとって』ベストだ。家族にとってもベストだ。

でも家族はそれについてベストだと思っていないであろうが、いつかお互いが思うような関係でいられるようになることを私は今だって祈っているし、いつかそうなれるからその時まで私は自分のことに集中するのだ。

そして、私の邪魔をしたり足を引っ張ったりする人が多いという話もした。

けれども、私の中ではその人たちのことは私にはどうすることもできないし、何をされようとどう思われようと自由だと気がついた。

あとは、私が何を選択するのかを決めるだけだ。

感情を左右されたりしない、と決めたり、関係ないと決めたり、あと、青山繁春先生の脱私即的もよく使わせてもらっています。

自分の感情をコントロールするのが難しくなった時の呪文のようなお今日のような。

そしたら、先生は「変わりたくない人たちが多いから、その人たちがあなたをみて嫉妬する」みたいなことを教えてくれました。

私は、嫉妬するぐらいなら、変わればいいじゃん!と言ってみたり、私は、変わりたくないなら変わりたくないでそれもいいとするのに、なぜ私はおかしいとか無理とかできない方向に持って行こうとされないといけないのか!かと言ってみたりした。

それにしても、先生は終始「自力でいろんなことを整理して乗り越えて、自分で答えを見つけてきたのは、素晴らしい!!」となんども言ってくださった!

やっぱそうですよねー。普通だったら、精神病院とか言ったり、鬱になったり、自殺したり、そういう風になるようなベクトルの持ち主でしたから。

自分でもいろんなことがあったけどここまでこれて、大したもんだと思ってる。

そして、神との対話も読み切った。

近いうちにもう一度読んで整理したいと思う。

で、読み終わったから、次ほどうしようかなぁーと思い、これにしよう!と思ったのが、「相対性理論を楽しく読む本」

ちょっと物理みたいな学問を間に挟んでみようと思ってこれにした。

で、今日、19日だ。

やっぱり難しいけど面白い。頭の中がこんがらがって歪んじゃったりするけど、やっぱりすごいなぁ、アインシュタインと思いながら読んでいた。

そして、2017年宇宙の旅も終わりに近づいてきた、その時。

その本に、宇宙の本質が書かれていた。それが衝撃的かつ納得せざるおえないしかも、私が昨日なんで!と質問していたことの答えが書かれてあったからだ。

衝撃的すぎた。アインシュタインが言っていたとなると、私はその時点で納得せざるおえないし、どんな説明よりも納得できた。

それは、測地線。

測地線とは「ある2点を結ぶ最短距離」のことだそうだ。

1次元は線で測地線は直線

2次元は平面で測地線は直線

3次元は立方体で測地線は直線

で、4次元は縦横高さと時空が絡んだ世界での測地線というのが、

「距離がもっとも短く、かつ、もっとも時間のかかるものが測地線」

なぜ、時間がもっともかかるものが測地線なのかというと、それは、宇宙は怠け者だから。

できるだけ新しいことはしたくない、今のままがいいという傾向を持っているのが、宇宙だそうです。

ハァーーー!!っとしました。

そういうことです。

でも、それが測地線ある2点を結ぶ最短距離なのです。

「慣性」というのがまさにその典型で、止まったままなら止まったまま、動いているものは同じ速度で動いたままでいたい。まさに惰性である。

だから2地点まで移動するように命令したら、一番楽な方法を取ろうとします。これが、等速直線運動で同じ速度でまっすぐ。

で、その反対が、加速度運動です。

それは、歪みを生じます。

これで、いろんなことに説明がつく。

北朝鮮のミサイルをどうにかしないといけない!と思って行動している人たちは、加速度運動。でそれを知っていても何もしない人たちは、等速直線運動。

私みたいなのは、加速度運動で歪み。

私の足を引っ張ったりする人は、等速直線運動なのです。

そして、加速度運動では必ず歪むので、距離は長くなります。そして、時間も遅く感じることになるのだそうです。

ちょっと、ここに繋がってくるとは思いもしませんでした。

とてもびっくりしておりますが、いろんなことが解けるパンドラの箱の用でもあり、私はそこから貪るように私の思考、精神、魂などと一致するものを探しております。

そして、1つ思ったのが、日本はこの等速直線運動と加速度運動のバランスがよかった唯一の国ではなかったのだろうかということです。

ずっと庶民は等速直線運動の中で生きて入られました。それは、何かあった時に加速度運動のものが等速直線運動のものを守ってきた体と思うのです。

その加速度運動の頂点が天皇だったのではないかと思います。

なぜなら、大きな災いがあった時に天皇は年号を変えて祈りました。

というのは、加速度運動を象徴するのではないかとも思えます。

だから、こんな日本の一大事でも、他人事のようにしていられる日本人を加速度運動の性質を持った人が守らないといけないのだろうとも思いました。

理不尽ですが、宇宙の法則だそうです。確かにそんな感じもします。

怒ってもしょうがないことです。

男がなんで女じゃないんだ!と怒るようなものです。

その辺も最近解釈できたように思うのですが、眠くて思い出せないので、また今度です。

潜在意識がいい活躍をしています。

えらい!

ここにきて、1年ちょっと。毎日が淡々とした日々が過ぎるなか、毎日が微妙なうねりを持ち私に問題提起する。

とても、日々勉強になり大変に面白い。

私の人生は、極彩色に彩られ、艶やかで裕福である、

毎日毎日、教訓は生まれ、私の力になる。

一生勉強というのは、金持ちが奴隷に仕掛けた罠だと言った人もある。

だが、学びのない日々など、かえって虚しさだけが降り積もるだけの空虚なものでしかないように思う。

 

今日、35歳の今の働いているところの管理者の若者が私に言った。

19歳の時に親父が脳梗塞になって、家に自分しかいなかったから、自分ちの田んぼをやらないといけなくなって、19から田んぼをやりだした。ここにずっといるつもりはない。

米を売りたいと。

私はおおーーっ!!と思った。なぜなら、工場にはそんな志を持った人などほとんどいない。

もらった金で、パチンコ行くか飲むか遊ぶか、買うか、そんな人が多いからだ。

私は、ここにきた時に、とてもショックだったのは、そんな人が山のようにいる現実だった。

私は、思う。能力はあるのに腐ってしまった。勿体なさ過ぎる。日本の財産だったはずのものも、朽ち果てさせているこの世なのだ。

日本は、戦争はないとはいえ自殺する人口は戦争で死ぬ人の数より多かったりする。

尋常じゃない状況だ。

つまり、日本人がこの日本の社会が日本人を殺しているという現実だ。

戦争はなくとも、目に見えない殺し合いだ。

 

彼はもっともっとガンガンやりたいのに、お前には無理だと色んな人に言われるという。

でも、構想はあって、こうしてああしてこうしたいってことがあるけど、がんじがらめでできないと。

私が見る限り、足りない部分はあるが、私にはかなわないような能力も持ち、管理能力もあり、人に慕われ統率する力もある。

潰さなければならないような人物ではない。

私はいった『そんな奴の言うことは聞かなくていい』と。

日本の根幹である稲作、しかも、後継者がいないから、破滅して行く運命にある稲作で、今35歳の彼に自由にやれるチャンスを与えないのは、60過ぎのたんまり貯蓄のある悠々自適な何も考えていない人たちだ。

そいつらがいう。

『月17万でやってみないか?』

私ははらわたが煮えくり返った。

17万で、よく働く35歳を食いつぶすきか?奴隷にするきか?何のアイデアもない爺さんたちに、使われるだけか?

滅びろ!

彼には、奥さんもいて二人の息子もいる一家の主人だ。

よく、そんなことを言えるな!!

悔しい。

 

だから、私が支えようと決めた。

私が彼の北極星であろうと。北極星は2等星だけど、周りにある1等星を私は見つけるんだ。

 

彼はやっぱ19歳から米を作っているので、自分のコメにプライドを持っている。

でも、プライドだけでは食っていけないし、ビジネスは上手くいかない。

だから、ちょいちょい私はあえて問題提起をした。

もし、営業の子がいい品質の米を思い通りの値段より低い値段でだったら売れると言ってきた時に、そうできるか?

そのコメにどのぐらい需要があるんだろうか?

10Kg1000円のコメができるなら、絶対に売る自信がある!

などなど。

彼は、私に「そんなの無理!原価を割って売ることはできない」とかいろいろできない主張をしてきた。

私は、そうかぁ~~~、、、って。

でも、きっと頭の回転もいいし、ちゃんと反省したり反芻できる人だと思うから、冷静に考えた時にわかると思う。

 

私もそうだ(笑)

25歳の彼もそうだ。

その子は高校までずっとサッカーをやっていて高校卒業してそれから自分ちを継ごうと思い工業の勉強をした。

ここにきて、がっかりさせられる年上の人たちをなだめ笑わして任務を果たしている。

私は、とても申し訳ない気持ちになる。

彼は私に言う「アベさんどう思います?工場長なのにこんな言い草ですよ。腹たちません?」

私は思う。

本当は、自分より年上の人を尊敬したいし、もっと学びたいのだろう。

私は謝る。本当は、もっと尊敬したりしたいよね、ごめんね、ってで、間違ってないと私が言ってやる。

私は、25歳の彼も35歳の彼にもがっかりさせるような大人にはならないようにしようと自分を奮い立たせた。

 

じゃあ、彼らには満たない点はないかといえば、ある!

でも、早く気がつくよう私は働きかける。

例えば、腐った大人に影響されて腐るところとか、甘えるところとか。

あと、自分で営業したほうがいいと言う意見に対しては、それは嫌だとか。

まあ、自分で痛い目に合わないとわからないこともあるからいいんだけど、ちゃんとみていてやる必要がある。

 

はっきり言って商品なんて何だっていい。

売れるものなのか、そうでないのかが一番重要なことだから。

良くても売れなかったらやっていけないと言うことだからな。

 

あと、一番重要なのは、お金がもしたんまり入ってきた時にどうしたいかって言うところだ。

そこが肝心で、もし、その先の覆うところが、今の60歳以上の人たちと同じならば、全く同じことの繰り返しになるから、私はそんなところには力を貸したくない。

じゃあ何かと言えば、簡単にいえば、渋沢栄一さんとか、明治天皇とか、渡部昇一さんとかそう言う真っ当な志を持ちそう言う人間を残していくそう言うことだ。

 

今日、休日出勤して10分早く帰る私に遠くから大きく手を振ってくれた。

私も大きく手を振り返した。

ここからだ。

私は、私も実現させたい1つに米がある。

だから、私は彼らに実現させてもらおうと思った。

私が私の持っている拙い知識でやれば、もしかしたら私が成功するかもしれないけど、それって何のためって、未来の日本のためだ。

私は自分にお金がたくさん入ってきたとしたら、それを使ってふんだんに使ってもっと大胆に日本を変えていきたい。

そこから世界も変わればいいと思っている。

お金が回ってくる手段はいくらでも編み出せる。

 

『こう言う方法もある』

と言う例題に私はなる。

 

そのほうが楽しいではないか。

 

そして、私はそう言う機会があったら言おうと思っていることがある。

「私は嫌われてもいいと思って言う。金だけを求めるような人間になるな。もし、それを望んで商売をやろうと思っているんだったら、私はもうどうでもいいと思う。じゃあ何かと言えば、少しでも多くの人を救えるような存在になろうと思って誠実にやるのなら、私は私ができるだけのことをしたいと思う。私は思う、金を重点に商売をして成功してたくさんのお金を集められるようになったとしても、自分だけの今年か考えていなかったり、自分とその近辺のことの今年か考えていないような人は、確実に虚しく心のそこから幸福には慣れない人生しか歩めない」と。

 

1000円のくず米と呼んでいるお米でも、ありがたく買ってくれる人に対して、このお米で力をつけ、幸せを掴めるようになれと思って売れないと、その1000円に感謝できないと、本当の成功なんて手に入るやしないのだ。

 

それがビジネスの真骨頂であると私は思うからである。

 

こんな綺麗事、ヘドが出るぜと鼻で笑う人がたくさんいるであろうけど、そんなのどうでもいい。でも、渋沢栄一さんは私のような考えのもっと上の上の上をいかれた方のように思う。

三菱に手を組もうと言われても断ったり、借金は節約して返したりとかした人だからだ。

私もそうしたいと思っている。

 

そして、そう言う人が増えて、買ってくれた方も良かったと思えるようなビジネスを私はしたいのである。

私は思う。

戦争は悪だという寂聴さんが、好きではない。

 

あなたの命は、命をかけて戦って守ってもらった命だ。

私の命もそうだ。

ばあちゃん、ひいばあちゃんの命が守られて、お母さんが生まれ、そして私が生まれた。

そして、今、また日本も脅威に晒されている。

その中で、安倍総理が安保法制や共謀罪など、私たちの命を守ルために色々やってくださっている。

 

人を殺すことは悪い。

では、ウイルスはどうだ。ウイルスは徹底的に殺す。

なぜだ。自分の命を脅かすから。

私たちの命を殺そうとしている人がいて、自分たちの命を守ろうとしない人なんているのだろうか。

 

私も少し前まで、正しいことばかり吠えてきた。

でも、強くないといけないのだ。

正しくても弱かったらいけないのだ。

正しくても弱かったら、なんの意味がないのだ。

 

もし、寂聴さんが、今の安倍政権に反対なら、寂聴さんの命を命をかけて戦った先人のように、寂聴さんも命をかけて北朝鮮に行き、金正恩を説得してきてほしい。

そうすれば、正しくて強いと思う。尊敬できる。

 

命をかけもしないで、安倍さんのやり方をよくないと言葉で非難するだけなら、虫唾が走るぐらい反吐がでるわ。

気持ち悪い。

結局、魂がない。

 

魂があるのなら、北朝鮮に言って説得してきてほしい。

結局、正しいようなことを言っているけど、その言葉に重みがない。軽い。

たまらなく不愉快だ。

人の命をなんだと思っているんだ。

今、生きている命も、必死に守ろうとして戦ってくれた命も、これから生まれてくる命も、とても軽く扱っているように思う。

 

小さい頃に悲惨な戦争の様子を見たから、そうなのかもしれない。でも、90年生きてきて至った悟りとは思えない。

 

だったら、アメリカがせめてきても、全員殺されればよかったのか?

どこかの属国になって、奴隷のように自由を奪われ、自尊心も奪われ、チベットやウイグル、内モンゴル、満州のようなそんな状態がよかったのだろうか?

 

大変悲しいけど、この世の中には、そういうことをしたいと思う人達が大勢いると言うのが、現実であります。

 

人には良いも悪いも両方持っています。私も持っています。

でも、どっちを選ぶかは、その人次第です。

悪を選ぶ人もいるのです。

でも、悪に負けたら、善が滅びます。

だから、善を守るのです。

 

私は、先人たちが命をかけて守ってくれた今の日本でよかったと、心から思います。

武田先生のお言葉
「昨日は晴れ 今日も朝」
昨日のことは変えられないから、晴れだとしてしまおう。
そして、今日も朝がくる。
「今日一日だけ」また頑張る。
先のことはわからない。
先のことを考えて不安にかられたり落ち込んだり、くよくよしないで、今日一日だけ明るく元気に頑張る。

アドラーは
過去の出来事にどのような意味づけを施すか。これは「今のあなた」に与えられた課題です。

過去は変えられないけど、過去にどのような意味づけをするのかは、自由ですから、全て晴れとしたらいい。

毎日充実した一日を送る。
それが過去になる。

未来はわからない。
毎日毎日力をつけておく。
体力知力能力対応力忍耐力持続力包容力理解力経済力洞察力、、、
チカラには、様々な種類があると最近やっとわかってきた。
とにかく、いざという時のために、毎日何かしらの力をつけておく。

あと、武田先生
「なるべく厄介な人には近づかないで下さい。気がつかれないようそっと避けて下さい。」

アドラー
「相手が闘いを挑んできたら、いち早く争いから降りる。相手がアクションにリアクションしない。」

私がよく、おちいってしまった状況。
アドラー
「私が正しいのだ」と確信した瞬間、権力争いになる。
「あの人は間違ってる」、私は正しい。
だから、わたしが勝たなければいけない。

自分が正しいと思うなら、他の人がどんな意見でも、そこで完結するべき。


ゆっくりと無駄に時間を過ごして、意味のあるのかないのかわからんことをダラダラと書きたいと思っていたけど、そんな時間を無理やり作ってまではやりたいとも思っていなくて、いつかそんな時間ができたらやろうと思っていた。

 

最近の考え方の1つに、時間を効率良く使えるのがいいというのがあるけど、私は最近、なんでもむりくりやろうという考えをやめた。

きっと、お金を儲けたい人の1つの罠だとも思った。

「能力のない人間は、時間を無駄に使う」みたいな、なんとも脅迫じみた考えだと思う。

脳みそが、破裂しそうになる。

 

私は、ぼーっと何かに思いを巡らせることが好きだ。

そんな時間がたまらなく愛おしく思う。

今日は、大寒波が長岡にも来ていて、朝起きてからずっと雪が舞っている。

そんな灰色の景色を眺めながら、ダラダラと書いている。

 

年末に「できる人はダラダラ上手」というなんともベタな名前の本を1冊読んだ。

以前、ノイローゼになっていた時に買い漁った本の中の1つだ。

東京を引き上げる時に持っていた本を結構捨てたが、なぜかこの本は持ってきた。

持ってきてからも(なんで重い思いをしてまでこれを持ってきたんだろう)と若干アホだなぁと思いながら眺めていた本だ。

しかもヤフーオークションにも出店した本だ。

読む気もさらさらなかった。スティーブジョブズの本は買い手もついたが、この本は、買い手もつかなく手元にに残った。

 

年末年始のお休みが9日間もあった。

特に何もしなかったが、この本を読んだ。

 

真髄はコレなんではないのだろうか

そう思った1冊だった。

 

脳みその機能についてのお話で、今やこの本に書かれている考え方も結構「あー知ってるよー」と言われてしまうかもしれないけど、私が今までに思ってきたことや考えてきたこととこの本が繋がって、新たなパラレルワールドが大きく広がったような気がして、とても興奮した。

 

きっと、これをしるために、私のそばにこの本はあったんだなぁと思いニヤリとした。

 

私は、最近、どの人間も一緒だなぁと思うようになった。

だいたい、根本から考えると、1つの細胞が分裂してたくさんの人間ができたのだから、元は一緒だ。

あいつはあーだ、こいつはこーだと言っていることも結局は若干の違いに過ぎないように思う。

結局は、自分のことでもある。

なので、特定の人物について思いを巡らせることというのが私にとっては今やとてもつまらないことに思えてきた。

 

それが、私が思う尊敬する人について思いを巡らせる時はまた違う。

それは、私が驚くような思考を探すための迷路のようだ。

ヒントをたどって「ゴールはどこだ!」と、探すような、面白いゲームみたいな。

 

その本には「記憶を思い出す時というのは、脳みそに電気信号が送られて、A地点とB地点が『共鳴』しあって思い出す」というようなことが書かれていた。

確かにそうだ。そんなようなことは、私でも何となくは知っている。

 

人間の脳みそは、ほとんどの部分が使われていないと、私はよく聞きました。

私もそうなのかなぁ、それなら無駄だなぁ。本当にそうなのかなぁ。だったら、何のためにこんなにも脳みそがあるんだろうか。だったら、使っていない部分をもっと使えるようにしたいなぁ。と思っていました。

 

この本には、今まで使われていないと思われていた脳みその部分が、1番多くのエネルギーを使っており、そのエネルギー量は脳みそに行くエネルギーの70%を使っていると書かれていました。

 

今までに使われているとはっきりわかっている部分ていうのは、意識して行う作業の部分。

では、使われていないと思っていた部分ていうのは、その反対の無意識な時の部分。

無意識な時の脳みそが、1番エネルギーを使っているそうです。

 

ある時、ふと何かと何かの思考が繋がる時ってありませんか?

それです。

結ばることのない部分のAとBが結ばった時にハッとするんだと思うのです。

それは、ぼーっとしている時とかに起こりやすいそうです。

 

よく、寝ている時に脳みそが整理されるということも聞きますが、それも無意識の状態の脳みそです。

 

この本に書いてありましたが、ニュートンが重力を発見した時も木下でぼーっとしていた時です。

デカルトも、X軸とY軸を発見した時も、目覚めて布団の中でうだうだゴロゴロしていた時だそうです。

 

何もしない、無意識になる状態って、進化したり新しいことを発見したり、悟ったり、次のステップに進んだりするのには、とても重要なことのように思います。

 

禅の世界でよく言われる、何も考えない、無になるっていうのは、まさしく、新しい考え方、見えないものを発見する力を生み出す方法だったんだなぁと、改めて深く唸らせられました。

 

つまり、私が私の脳みその中でパラレルワールドが広がっていくのは、まさしく、何と何が共鳴してどことどこが繋がって、私が見たことのないような世界を見たいために必要な作業だったのです。

 

面白いでしょ。

 

例えば、私に嫌がらせをしてくる人がいます。

それは、私に降りかかってくるものではなくて、その人が降り掛けている粉だとします。

今日の雪のように。

切なく思います。

本当は綺麗でありたいと思っていたはずなのに、どこからか、そう生きられなくなって、冷たい雪になりました。

 

こんなにもたくさんの人がいるのに、この人とは話すけど、この人とは話さない。

それも脳みその細胞と全く一緒のように思います。

共鳴し合うかし合わないか。

共鳴し合うから、いろんなことについてその人と話をする。

『共鳴』を考えると、いろんなことが結ばって面白い。

 

私には、特定の友達とかはほとんどいない。

ただ、その時々で、たくさんの人に出会い共鳴したりしなかったり。

くっついたり、離れたり。

でも、私、思うんです。

連絡の取れる友達がいなくても、その人の感じや感覚ははっきりと思い出せる。

あの人だったらこう言うだろうとか、こんな笑い方してたなぁとか、こんな怒り方してたなぁとか、鮮明に思い出せる。話す口調とか。

そういうのが、思っていることと一緒なんではないかと。

私は、みんなのことを思っている。

幸せだと感じるように。

そんなことに名前をつけるのは嫌いだ。例えば、博愛主義とか、偽善だとか。

なぜ、みんなのことを思っているかって、私もみんなも結局は一緒で、1つの細胞から分裂して、今いるだけで、だから、あの人が不幸なら私も幸せだとは本心では思えないからです。

だから、遠くからでも、思うのです。

これから死ぬまでに会うことがなくても、あの人元気かなぁって。

 

これも、共鳴と思うのです。

 

その本には逆に共鳴仕合すぎるとどうなるかも書いてありました。

てんかん患者の方が、そうだそうです。

てんかんの患者さんは、脳みその細胞同士で、共鳴しすぎて痙攣して意識を失うそうです。

共鳴しすぎるのです。

 

この本の中で非常に印象深かいことが書いてありました。

それは、「小説家のドエトフスキーは、てんかん持ちで、てんかんの発作を起こした瞬間のことをこう言っていました。『気を失う2、3秒前に、とてつもない幸福感に襲われる。あの幸福感と引き換えなら、死んでもいい』」と。

 

私は、ハーッと驚きました。苦しいのかと思いきや、幸福感で満たされるそうなんです。

でも、確かに、何かを発見した時とか、とても興奮して頭の中が活性化して何だかとても嬉しくなる時があります。

それの強烈版かと思うと、それも素敵だなぁと思いますが、生きて行きにくいので、あれですが、その苦しさの代償として、その幸福感があるのかなぁとちょっと思います。

 

この本に、もう一つ重要なことが書いてありました。

それは、ノイズです。

ノイズの重要さです。

 

ノイズがあるから、共鳴をストップできるのです。そして、ノイズがあるから、新たな方向や発見や進化が生まれるそうです。

 

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多分こんな感じです↑

脳みその細胞同士が全て共鳴したら、全部繋がって電気信号が永遠にループしてしまって、電気なもんで、高速でループして、気を失う、そんな感じ?

 

そこにノイズを入れると、安定する。止まる。

ノイズもないと、同じことの繰り返しでしかなくなる。

同じことの繰り返しというのは、私にとってはとてもつまらなく、味気ない。

 

きっと私の脳みその中は、ノイズだらけなんだろう。それを一生懸命脳みその細胞が共鳴し合おうとしたいがために、ぼーっとしたくなるのだろう。

 

この本では、今の社会は、てんかんに陥っていると言っている。

そのことに対して、警告を発しているが、私は、流れを変えるには、強力な力が必要だと思うので、私は、今後そうなっていくのならそうなっていくで、見てみたい。

やっぱりな、って思うのか、そうはならなかったな、って思うか、その答えが見たい。

 

例えば、学校でよく不良と言われる人がいたり、問題行動を起こす人がいたりするのは、とても自然なことで、脳みその細胞と一緒だ。全て共鳴し同調しない。

けれど、今の社会は同調させようとする。同調しない人は排除する方向だ。

同調社会を目指している。

その結果が、日本の今の大企業で、てんかん状態にある。

例えば、規定の数値より高いデータだったりしても、規定値に入る範囲のデータに変えて登録すれば、終わり。

でも、そこで、ノイズが入ると、このデータはおかしい!として問題にしてしまうと、作業が止まり、その日にやらないといけない生産がストップし、なかなか再開できない。

なので、無言の同調で、チャチャッと書き換えて、スルーする。

エアーバックとか、粉飾決済とかそういうことだろう。

だから、人間なんて、本当は、個性を大切にとか言うけど、個性が鼻につけば叩かれて同調するよう圧力をかけられる。

結局、脳みその細胞だって、本当はもっとノイズを欲しているのに、同調するよう同調方向に行っているから、鬱になったりするんではないだろうか。

ノイズが走ると今の社会では生きて行きにくい。

だから、ノイズが走らないよう、精神を痛めるけているように思う。

 

作業って簡単だ。

例えば、F1を押してスタートを押して、エラーが起こったらF2を押してスタート。

これは、「使われている脳みそ」の部分で行う作業だからだ。

時間管理とかもそうだ。

何時にあれしてこれして、って、決まっていれば、何も考える必要がない。

ロボットだ。

仕事なんかは、それで十分だ。

それは、食料を得るための手段だから、与えられた仕事をきちっと終わらす。

覚えたら終わりの話だ。

社会に貢献するのだ。

 

でも、それ以外は、私の自由だ。

私は、魯山人のようにできなくても魯山人のようにいきたい。

風を感じて、思いを巡らししなやかに、柔軟に、芸術を感じて、心を豊かにして。

文学を通して、ものの見方や考え方を感じ、世界の動静を観察して、感性を磨いて果てない世界を私に身に付けたい。

 

これから、人口知能がどんどん発達して世に出てくる。

それがどんな世界になるのか、未知数で興味がある。

 

でも、どんどんコピペされて同じ人口知能が増えてくると、ますます同調方向に行くようなきがする。

ノイズは排除。

私なんかは、瞬殺で排除されるんだろうなぁと思いながら、死ぬまで生きられればいいと思う。

その人口知能も、私が共鳴するような考え方の人工知能だったらいいけど、そうでなかったら、かなり大変な目に合うように思う。

そう考えると、ご先祖様には申し訳ないけど、どうしても子供を産もうとは思えない。

人間が人間らしく生きられない世の中に何を生むのか。

 

人間が増えすぎて、食糧難になったら、人工知能は、人間を燃やして電気を作るかもしれない。

トランプのような力を持っていればいいけど、ちょっとお金持っているくらいだったら、何の意味もなさなくなってきているんではないだろうか。

ちょっと何かしらの地位があるからって、庶民と変わらなくなってきているのではないだろうか。

なぜなら、上にはもっと上がいるから。

そして、上にはもっと激しい骨肉の争いがあるだろうから。

 

私は、上になんて行きたくない。下を見て今あるポジションに感謝する。

自分より低い人間を見て、優越するなとは言うけど、きっと、みーーーんなどの人もそうだと思う。

私は、鼻にかけるほどの身分では全くないけど、仕事から帰ってきてバブのお風呂に浸かっている時とかにとても幸せに思う。

寒いなか寝ないといけない人もいる。水も十分に使えない人もいる。

なのに、私は、贅沢だと。

よく哀れな人だと思われるけど、今の私はいろんなことが足りている。

 

きっと、私の置かれた状況を羨ましいと思う人も世界にはいるだろう。

でも、その人たちも、自分より低い人を見てあーじゃなくてよかったと思っていると思う。

例えば、難民キャンプにいる人たちだって、難民キャンプに来られて私たちはよかったと思っているかもしれない。難民キャンプに来られない人たちのことを思って。

難民キャンプに来られない人たちだって、たまたま寒さをしのげるような暖かい場所を発見できてよかったと思っているかもしれない。寒空の下、寝なきゃいけない人たちを思って。

寒空の下、寝なきゃいけない人たちだって、でも、愛する人と抱き合って寝られるから、暖かくてよかったと思っているかもしれない。

 

私は、そうやって、自分の位置を確かめているんだと思う。

よく、人のことを噂したりうらやましがったり嫉妬したり、妬んだりする人がいるけど、今自分が持っているもの手にすることができるものをよく見てみたらいい。

案外いいもの持っているもんだ。

 

3年後、たまったおかねでカレーや開いて、うまく利益がでたら、それを貯めてシェフにゆずる。
そのたまったおかねで、もう1店舗作って、その利益でバイクやをやる。
バイクやは7年後かな。
その頃にはベーシックインカムが導入されているだろう。
1億2千万人に1ヶ月10万払ったとして、1年間に必要な金額は1,200,000×120,000,000=144,000,000,000,000
144兆円
このしゅ
いないと寂しい
どうして一緒にいるかわからなくなった時は、好きだからでいいんじゃない。
おじいちゃんになって、私がおばあちゃんになった時の未来が私はとても楽しみだから、今はまだ、別れたくないのだ。
もったいないから。

いろんな人や事柄に惑わされそうになったり、ブレたら、今やる事のみに集中。
そんな楽しみな未来のために、今日やることだけに集中して一生懸命やる。

そして、怒ったり言い合いになったり、ケンカになったら謝る。
傷ついているから、怒ったりケンカになってしまうのだろう。
私もだけど、大好きで大切にしたい、未来の面白いおじいちゃんだって傷ついているのだから、傷が癒えるよう謝ろう。
今日、仲直りするのだ。
そして、トトロのまねしてもらうのだ!

不安な事は解決。
試行錯誤して、解決!