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※「引用元サイト」が明記されていない記事は「パムのてきとーブログ」の過去記事です。
「パムのトラブル/キッカケの女性事案/ストーカー50男事案/キーパーソン事案」経緯説明と、
今後の有害行為発覚時のパムの対応方針説明
https://amba.to/326IJih
<作成時参照>
○Wikipedia
https://bit.ly/3irW7Cu
「ウクライナ人」国家が恒久的な形で独立したのが1991年と言う「ソ連崩壊」後でした。
そもそも、「ウクライナ人」は「コサック」として独立戦争/侵略防衛戦争を、
「ポーランド=リトアニア共和国/ロシア帝国/オスマン帝国」に対して実行していました。
その後、全ての「ウクライナ」を支配した「ロシア帝国」は、
「カフカス戦争/露土戦争/日露戦争」に「コサック」を投入しました。
「ロシア革命」後の「ロシア内戦」で「白軍」についた「ウクライナ人」は、
「ソ連」の「ジョージア人」の「スターリン第一書記」から、
「ポロモドール」と言う「人工飢饉」で大虐殺を受けました。
そのような時に迎えた「第二次世界大戦」の「独ソ」戦で、
「ソ連軍」に参加しない「ウクライナ人」がいました。
まず、「ナチス・ドイツ」の「武装親衛隊ウクライナ部隊」に協力した「ウクライナ人」です。
そして、「反ソ反独」の「ウクライナ蜂起軍」に参加した集団がいました。
その後、「ウクライナ系ロシア人」の「フルシチョフ書記長」は、
元来「ウクライナ領」だった「クリミア」を「ロシア」から「ウクライナ」に移管しました。
そして・・・「ウクライナ人」の「ブレジネフ書記長」は、
・「プラハの春」軍事弾圧
・「中ソ対立/紛争」
・「米ソ接近/デタント」
・「世界中の戦争/紛争介入」
・「ソ連・アフガニスタン侵略戦争」
を実行しました、
「ソ連崩壊」の契機を作った「ゴルバチョフ書記長」就任と同時期の1985年に、
「死の手」と言う「核報復システム」の本格運用が開始され、
今は「プーチンロシア大統領」を守っています。
この「死の手」の開発を始めた時期は、、恐らく「ブレジネフ書記長」の頃でしょう。
「ヴォルガ/リプカ/クリミア・タタール人」は、
「モンゴル帝国」が「モンゴル高原」から西進後に「トゥルク化/イスラム教徒化」して、
「ヨーロッパ」に定住した諸民族の子孫が中心です。
「ヴォルガ・タタール人」は、「ブルガール帝国」の子孫と混血しており、
「イスラム王朝」の「カザン汗国」の住民で、「ウクライナ」にも居住しています。
「独立主張」がある「ロシア連邦=タタールスタン共和国」の住民です。
「リプカ・タタール人」は、
「モンゴル帝国」から「ポーランド=リトアニア共和国」に、
移住して軍事力を担当した「イスラム教徒」集団です。
現代では「ポーランド/リトアニア/ラトビア/ウクライナ/ベラルーシ/アメリカ」にも居住しています。
「クリミア・タタール人」は、
「モンゴル帝国」の子孫が建てた「イスラム王朝」の「クリミア汗国」の住民です。
「クリミア汗国」は、「ウクライナ人奴隷貿易」を「オスマン帝国」としていました。
その中では「ハーレム」から「スレイマン1世后」まで到った「ロクセラーナ」がいます。
「ソ連」時代には、「スターリン」による「強制移住/拉致」の対象になり、
「ドイツ人/トルコ人/ギリシャ人/アゼリー人/アルメニア人/朝鮮(高麗)人/日本人[戦後]」
と共に「カザフスタン/ウズベキスタン/シベリア」に「強制移住」されました。
こう言う歴史的背景から、「ウクライナ人/クリミア・タタール人」は、
「ロシア」と「CIS/CSTO」として完全に協調する事を拒否しているのでしょう。