※当記事の内容にある用語は下記の記事を参照願います。
https://amba.to/2RTdmRh
※当記事の防衛機制関連の記述は下記の記事・サイトを参照願います。
https://00m.in/WDvzo
https://00m.in/SjbcX
※当記事に出てくる「誤謬」関連の記述は下記の記事・サイトを参照願います。
https://00m.in/AYoA7
https://00m.in/Qy0NQ
○詭弁#権威論証_(ad_verecundiam)--Wikipedia--(編集/改変/追記 有)
https://00m.in/l65MG
「権威論証
”・A「人間はBを敬うべきだ。哲学者のCもそう言っているだろう」”
Aの発言は
「専門家(または著名人)も私と同意見だ。故に私の意見は正しい」
というタイプの推論。
権威に訴える論証とも。
『専門家』や『著名人』は『常に真理を述べる者』と論理的に同値でもなければ包含関係にもないので、
権威ある者の引用は厳密な証明にならない。
反論として対立する権威が引用され、同じ権威論証で対抗されることもしばしばである。」
○権威に訴える論証--Wikipedia--(編集/改変/追記 有)
https://00m.in/IpUGE
「
権威に訴える論証とは、命題が真であることを立証するために、
権威によって裏付ける帰納的推論の一つである。
統計を利用した統計的三段論法の形をとることが多い。
権威がその主題に関しては専門ではなかったり、
専門家の間でもその主題に関して意見が一致していない場合があり、
権威に訴える論証は往々にして誤謬となる。
不明瞭な言葉でも、権威のある人の意見を正しいと思いやすく、
影響されやすいという心理傾向のことを、権威への隷属という。
権威に訴える論証の逆は、発言者の権威の欠如などを理由にその主張を偽であるとする人身攻撃である。
ただし、単に権威が行った表明が真であると主張するだけなら誤謬とは言えない。
それは真かもしれないが、単に証明できないか、
権威に帰することで真であると仮定しているだけだった場合、その仮定自体は批評の対象となり、
結果として実際には間違いが判明することがある。
権威の表明と相反する批評が行われるとき、その表明を権威が行ったという事実は、
批評を無視する論証とはなり得ない。」
https://00m.in/M5KXk
「形式
権威に訴える論証には、2種類の基本的形式がある。
権威の専門知識がより適切であるほど、その論証には注目せざるを得ない。
しかし、権威は絶対ではないので、その権威が無謬であると断言するような「権威に訴える論証」は誤謬である。
第一の形式は、
発言者当人はその分野の権威ではないが、自分の主張がその分野の権威の主張と同じである
と指摘する形式である。
第二の形式は、
適切な分野の権威を引用する
もので、より主体的かつ認識的重みを持つ。
しかし、専門家が間違っていることもありうるので、その専門知識が主張の妥当性を保証するとは限らない。」
https://00m.in/L9WUb
「論理的誤謬としての「権威に訴える論証」
誤謬とされる「権威に訴える論証」は以下のような形式を基本とする。
”1.A さんが B と主張する。
2.A さんに関して何らかのポジティブな面がある。
3.したがって、B という主張は真である。”
一番目の主張は「事実の主張」であり、議論の中心となる。
三番目は「推論による主張」であり、推論プロセスを表している。
「推論による主張」は明示的な場合と暗黙的な場合がある。
逆に A さんについてのネガティブな面を根拠として「推論による主張」を行う場合を人身攻撃と呼ぶ。」
https://00m.in/6C7B9
「例
”
・アリストテレスの哲学的信念を根拠とする。
「アリストテレスがそう言ったのなら、そうだ」
・イエス・キリスト、マホメット、その他の宗教の開祖を哲学的根拠とする。
「(その宗教の開祖が)そう言ったのなら、そうだ」
というような主張は、その人物の神聖性、延いては無誤であるという信念に基づいている。
・神聖なテキストを根拠とする。
「(そのテキストが)そう言っているなら、そうだ」
前の例と同様、神聖なテキストが無誤であるという信念に基づいている。
・有名な人物の言葉を引用する。
「アレキサンダー・ポープが言ったように、愛国心は悪党の最後の拠り所だ」
と言った場合、愛国主義は常に悪だという意味を暗に含んでいる。
・先生や両親に教えられたことを根拠とする。
「先生がそう言ったんだから、そうに違いない」
・職業的専門知識を有することを根拠とする。
「この医師は○○というアスピリンを推奨している」、
「銀行家は給料の6カ月ぶんを貯金することを推奨している」”
ある論証が権威に訴える論証であったとしても、
それが真でないということにはならないし、信じるに値しないということにもならない。
単に権威がそのように主張しているというだけでは、その帰結が真であることは保証できないだけである。
理想的には、
命題(あるいは命題をサポートする論証)が真であるから権威もそれを真だと信じるのであって、
その逆ではない。
権威に訴える論証は、したがって原因と結果を混同している。
さらに言えば、厳密な真理は複雑な主題であることに注意が必要である。」
「パムのトラブル」では、「権威に訴える論証」によって「パム」が「シャブ中」にされてしまいました(爆笑)
”「精神医学の専門家である暴言精神科女医が、コンサータを服用するのはダメだと言っているから、
パムはコンサータを処方してもらう事を即刻停めるべきだ。」
「精神医学の専門家である暴言精神科女医が、コンサータは覚醒剤の一種であり、
コンサータを処方してもらっている人は全員がシャブ中だと言っているから、パムはシャブ中だ。」”
これ、「暴言精神科女医」本人も発言しました。
なお、「コンサータ」の処方は合法です。
また、これらの言動は「医師法17条/20条」に違反する違法行為です。