https://00m.in/LY2s8
「
聖人君子(せいじんくんし)の意味とは
聖人とは、
最高の人格を備えた徳が高い立派な人物
を意味します。
君子とは、もともとは中国で用いられた理想的な人格を表す言葉であり、
学識・人格の優れた徳が高い立派な人物
のことです。
また、貴人をさす言葉でもあります。
古代中国の儒家は、君子を聖人に次ぐ人物として学問修養の目標としました。
したがって、聖人君子は
「徳・学識の優れた高潔な理想的な人物」
という意味になります。
」
「パム」の私見ですが、
「この世に聖人君子は自分を含めて一人もいない。」
と、考えています。
(なお、「パム」は儒教を全否定する思想はありません。)
その理由は、以下お記事にあります。
<参考>
○物事に白黒つけない術 -- ストレス社会に負けられない--
https://00m.in/kBQns
「
<グレーゾーンを認めましょう>
あいまいさを言い換えれば「グレーゾーン」と言えるでしょう。
グレーゾーンというと、否定的な考え方の人もいるでしょうけれど、
人間関係も生活もグレーな部分で成り立っている
ので、これを否定しては生きていくのはとても難しくなります。
自分と意見対立する相手を認められないで否定ばかりしていては、
誰かを好きになることも、誰かから好かれることもなくなってしまうでしょう。
白黒つけるという姿勢そのものが、相手を疲れさせ、自分をも疲れさせてしまうのです。
「白か黒か」の呪縛から逃れ、グレーを楽しむくらいの気持ちを持つことで、
ストレスから解放された生き方ができるようになります。
」
信じられない方が多いでしょうけど、「パム」は「グレー思考」になるべく日々、鍛錬しているのです。
「パムのトラブル」で「パム」が頑固に応戦しているのは、
「パムのトラブル相手」の中には、「攻撃性が強い白黒思考の持ち主」が複数いるからであります。
「絶対に自分が正しい!」
と主張して攻撃してくる人と対峙する歳には、
「和解に向けて相互に妥協しあう建設的な話し合い」
が不可能です。
その結果、「『グレー思考」の『選択肢』としての『白黒思考』」を選んだのです。
さて、仏教では、「陰徳」が幸福につながると解きます。
<参考>
○陰徳とは?陰徳を積む方法・陰徳が幸福につながる心理学的理由も解説 --MindHack--
https://00m.in/WGbQB
「
陰徳とは?
「陰徳」とは、
「人に知られないようにひそかにする善行」
「隠れた、善い行い」
のことを言います。
人の前では善い行いをすることができる方は多いかもしれません。
また、善い行いをしたことを自慢することもあるでしょう。
反対に、人が見ていないところまで善い行いできる人はなかなか少ないと思います。
ですが、そんな行いにこそ人生をより良くするための秘密が詰まっているのです。
そんな「陰徳」についてご紹介したいと思います。
」
つまり、「匿名の善行」が「陰徳」なのですね。
「
陽徳とは?
「陽徳」は
「あらわに人に知られる徳行」
のことを言います。
つまり、
「誰からでもわかる善い行い」
ということです。
」
とは言え、「陰徳」だろうが「陽徳」だろうが、困っている人を見て動かないのは、
「見義不爲。無勇也。(義を見て為さざるは勇無きなり。)」
だと思います。
<参考>
○論語 為政第二 24 子曰非其鬼而祭之章 --Web漢文大系--
https://00m.in/3PMX5
むしろ、「悪業」をする事が問題でしょう。
<参考>
○『十悪』と『十悪業』の話。(仏のお話 第六話)
--東京吉祥寺の阿羅耶識院のブログ 心に光を。『仏の話』住職のご相談--
https://00m.in/obX7p
「
とは、人間が犯してはならない身・口・意の三業の中で殊更に戒めた十種の悪の行為で、
その十悪とは、
①殺生=あらゆる生き物を殺したり、弱いものを痛めつけること(断生命)。
②偸盗=他人のものを盗んだり、他人の心を自我により束縛してしまうこと(不与取・劫盗)。
③邪淫=淫らな男女の性交を行ってはならない。また男と女にかかわらず他人に性交を強要してはならない。
淫らに不倫を行ってはならない。異性に横恋慕をしてはならない。性的な破廉恥行為等をする事(欲邪行・淫妖・邪欲)。
④妄語=ことさらに人を騙すつもりで嘘をついてはならない。
詭弁を弄して人心を惑わしたり、他人を欺す事(虚誑語・虚妄=いつわり)。
⑤綺語=見栄による偽りの言葉や、邪心があって巧みに飾った言葉で話したり、
口先だけで嘘の言葉を吐いたり、有りもしない話を真実の様に言ってしまう事
(雑穢語・非応語・散語・無義語・染心)=(煩悩に汚れた心)から発する言葉)。
⑥悪口=人を罵ったり、あしざまにけなしたり、人を罵倒したり、汚い言葉で怒鳴ったり、人に蔑んだ言葉で侮辱する事
(麁悪語・悪語・悪罵)。
⑦両舌=二枚舌を巧みに使い、双方を巧みに操り、両者を不仲にさせたり、
二人の人にそれぞれ都合の良いことを告げ、両者を離間させ争わせたり、
有りもしない事柄をつくりあげ、他人を中傷する事
(梵語ではパイシュニヤ「告げ口、中傷」と訳す。離間語・破語・人の中を裂く二枚舌)。
⑧貪欲=貪る事で、愛情を飽くなきまでに特定の人に貪り、また相手から飽くなく欲したり、
物質に対して執着が激しく、名誉・権力・地位の誇示、並びにそれを獲得する為には手段を選ばない行動に出たり、
他の人からなんと言われようがケチを貫く事(貪・貪愛・貪取・慳貪)。
⑨瞋恚=イカることで、自分が思う様にいかないと怒ったり、我利我欲を通す為に怒ったり、
自分の意志が通らない為に怒ったり、ヒガミ根性が募って怒ったり、我が儘を通す為に怒る等々の事(瞋・恚害)。
⑩邪見=因果の道理を無視する事で、邪な考えを押し通したり、自分の都合が良い方に物事を思ったり、
ひねくれた心で他人の言葉を解釈したり、自分を卑下したり、目先の事柄に執着して先を見通す心を持てない事(愚痴)。
以上の『十悪』の行いを、『十悪業』と言います。
この『十悪業』は『煩悩』の中でも一番直さなければならないもので、一番直せないものです。
」
って。これをしっかりと守ると、それはそれで、「聖人君子」でしょ?
「限度」とか「程度」の問題だと思います。
人間は誰でも不完全ですし、完璧な人は存在しません。
「パムのトラブル」で「パム」が実行した「行為」の中に「⑥悪口」は少なくとも存在します。
「④妄語」「⑤綺語」「⑦両舌」「⑧貪欲」「⑨瞋恚」「⑩邪見」もしたのでは?
と思う方もいらっしゃるでしょう。
そこは神様や仏様がどう見ているか次第なので、「ノーコメント」です。
むしろ、「モラルハラスメント」などのような、誰かを貶めるような行為は慎むべきです。。
<参考>
○[モラハラ資料] 彼らの偽りの明るさは一人の犠牲者の上に成り立っている
https://00m.in/i9sFK
「
モラハラの目的
1.支配。委縮させ、自分に逆らわず思い通りに動く奴隷にする
2.失脚。ライバルの邪魔をしたり評判を落として立場を乗っ取る
3.非の肩代わり。人を攻撃することで自分の悪い部分から目をそらす
4.ストレス解消。弱いものイジメや自分より下を作ることで自尊心を保つbr />」
この「目的」を見ると、非常に下らないですね。
「パムのトラブル」で良く言われた言葉があります。
「パムは感謝が足りない。」
<参考>
○親切をはき違えている人、見返りを求める人の特徴 --尖る一方美人!あの原山--
https://00m.in/aoMkj
「
そもそも「親切」とは
相手の身になって、その人のために何かをすること。
思いやりをもって人のためにつくすこと。
親切とは、
相手の身になって、思いやりをもってすること
です。
間違っても、
恩着せがましくすることでもなく、
見返りを求めてすることでもなく
まして、
相手がありがた迷惑だと思ってしまうほどのおせっかい
は優しさをはき違えてしまっているのです。
」
「感謝が足りない」
とか言う人が使う常套句は、
「Give and take」
「お互い様」
です。
「パム」は、
「感謝が足りない」
と中傷された時に、
「無い袖は振れない」
と言いました。
場合によっては、内心、罵っている相手を見下しながら、黙ってました(爆笑)。
<参考>
○無い袖は振れないとは --マナラボ--
https://00m.in/GLuxI
「
無い袖は振れない(ないそではふれない)の意味とは
袖は着物の袖のことで、
今はあまりしないかも知れませんが、腕をつつんで膨らんでいる部分に財布や小銭を入れたりしたので、
もとから袖が無ければ、袖を振って中にある財布(お金)を出すことができない、
つまり金銭的な援助が出来ない、借金の返済などができないという意味です。
」
つまり、金銭・時間・精神的な余裕が無かったのです。
「イベンター」「保険外交員」をするならば、「表面上」でも「聖人君子」に近い行動に出た方が良かったでしょう。
しかし、こんな下らなくて醜くて被害規模だけ盛大なトラブルの対応をしている最中でしたからね・・・。
「『イベンター」「保険外交員」ならば
『こんな事を実行したら自滅する』
と解っているだろうから、やらないだろう。」
と足元を見られた攻撃を喰らったのです。
良い方法だったか解りませんが、「イベンター」「保険外交員」の「パム」自らが。
自分で自分の首を絞めかねない行為を繰り返す事で、意表をついたつもりなのです。
あ、そうそう。
「因果応報」「自業自得」び「カルマ(業)」は、3種類ありましたね。
<参考>
○カルマ(業)とは? --仏教ウェブ入門講座--
https://00m.in/hwJSn
「
このような、
身体でやったことを「身業(しんごう)」といい、
口でしゃべったことを、「口業(くごう)」といい、
心で思ったことを「意業(いごう)」といわれ、
これらを「身口意の三業(しんくいのさんごう)」といわれます。
仏教ではこのように、行いを心と口と身体の3方面から見られます。
そして、世間では、心でよからぬことを思っても、
口や身体に出さなければとりあえずセーフと思っていますが、仏教ではアウトです。
」
さて、「意業」が一番重いのですよ。
深層心理に近いらしいですが、皆様の「意業」がどうでしょ?www