2018/10/31 【コミュニケーション】「○○ハラスメント」を主張して「弱者ぶる人」との向き | パムのてきとーブログ

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「○○ハラスメント」という言葉ができる理由

セクハラ、マタハラ、モラハラ、パワハラ、アルハラ、ドクハラ、アカハラ、オワハラ……。
○○ハラスメントと名付けられた言葉はとても多い。
ニュースで新しい「○○ハラ」が流れるたびに、ネット上では
 「また○○ハラかよ」
といったつぶやきが見られる。
 「若者の~~嫌い」
と同様に、次から次へと造語と現象を作りだす“マスコミ”に腹が立つのだろう。


その訴えを「セクハラ」「マタハラ」と一言で言い換えることは、
その現象が起こっていること、それが問題であることを知らない人に、何が起こっているかを知ってもらいやすいというメリットがある。
流行語になれば問題の認知度を一気に上げる。議論の円滑化につながることもある。

しかし言葉が現象をシンプルに伝えることは、言葉が独り歩きするという危険性も孕む。
「セクハラ」という言葉を一般化することで、
 「女性がセクハラと訴えればなんでもセクハラになる」
と言う人もいるし、今や「セクハラ」には当初の深刻な響きは消え、
どこか
 「性被害の中でも軽いもの」
 「茶化していいもの」
というようなイメージすらつきつつある。

本来、「セクハラ」や「マタハラ」など全ての「○○ハラ」という言葉ができた背景には
 「その言葉が表す現象を撲滅したい」
という意志があったからだ。
その問題をなくすためには、その問題があることをまず社会的に認知しなければならなかった。
しかし、いったんその言葉が知られると、
社会的認知が広がる一方で問題が解決しないまま面白半分でその言葉が使われ続けるということもある。

「パム」は「パワハラ」「モラハラ」の「被害者」であると述べておりますが、
それを主張する前に、
 「本当にハラスメントなのか?」
と言う確認行為をしております。

そうしないと「安易に被害者ぶっている」事になりかねないと自覚していたからです。




「弱者ぶる人」に腹が立つとき

「○○ハラ」の言葉を嫌う人の
 「なんでもかんでもハラスメントだ」
という言葉についてもう少し考えてみたい。

これは前回触れた、弱者が権利を主張するときに起こる反発の話と同じだ。
弱者の立場に立って考えてみると「なんでもかんでも~~」という人の横暴を感じるのだが、
いったんそう言う人の気持ちになって考えてみよう。


2つのエピソードはどちらも少し話を変えているが、似たケースを実際に聞いたことがある。
こんな例を聞くとさすがに、
 「それはないだろう」
と思う。
後者のような例は私も経営者として似た経験があり、思わず
 「会社に貢献する気がない人に限って自分の権利だけは強く主張するのだな」
 「“最強の弱者”って本当にいるのだな」
と思ってしまった経験がある。
日頃、ハラスメントや女性の働き方、生活保護などに関して弱者の権利を守るような記事を書いてきただけに、
自分を試されるかのような「痛い」経験だった。

弱者が権利を主張することに対して手厳しいことを言う人を見るたびに
 (私の書いた記事に対する批判的な意見として、それを見ることもある)、
このときの経験を思い出す。
そして批判している人はもしかしたら過去にこういった「痛い目」に遭ったことがあるのかもしれないと思う。

「パム」が「パワハラ」を主張すると同時に実行していた事があります。
それは、「業務遂行を達成しようとする事」です。
「パム」が保険外交員をしていた時に、
「業務知識」を「会社から与えられた情報」だけに頼らず、「パム」独自の方法でも入手しておりました。
そして、自分独りで業務遂行上必要な事務処理ができるように努めております。

「ご契約を頂く」事に繋がれば良かったのですが、そこは残念ながら最後はギリギリで続けられなくなりました。




「弱者が権利を訴える」のをどう捉えるべきか

自分の経験から思考しようとすると、
最強の弱者となって自分を「痛い目」に遭わせた人と、ニュースの中で権利を主張している弱者とを重ねてしまう。
ただし、言うまでもなく、自分を痛い目に遭わせた人と、ニュースの中で語られている人は別の人だ。

また、経営者という立場にある以上、相手がいくら理不尽な要求をしてきたとしても、
 「そんな人物を採用してしまったこと」
 「その人物に対してしかるべき教育をできなかったこと」
の責任は自分につきまとう。
さらにいくら理不尽に見えたとしても、彼ら彼女らにしてみれば「正当な訴え」であり、それを主張する自由はある。

以前いじめ問題を取材していたときに、ある教育関係の識者が
 「モンスターペアレントの問題ばかりが過剰に取り上げられることに疑問がある」
と言った。

これまでの歴史において、学校内での構造は教師側が「強」、生徒と保護者は「弱」だった。
「強」の立場が続けてきた体罰やスクールセクハラやいじめ問題の放置について、確固たる検証や報道がなされていないのに、
ごく一部の保護者のモンスター的な言動が面白おかしく取り上げられ、話題になり、バッシングされる。
「強弱」の構造があったからこそこれほど簡単にモンスターペアレントの存在が誇張され、本来の「強弱」が無効化されるのだという話だった。

弱者が権利を訴えようとするとき、強弱の逆転現象が起こることがあることには、気をつけなければならないと思う。

「パムのトラブル」は、「被害者 VS 被害者」のトラブル、つまり、「弱者 VS 弱者」のトラブルであります。
この点では、ここで言うトコロの「強者と弱者の関係」とは離れているトコロもありますが、
「パムのトラブル相手」は「最強の弱者」なのでしょう。
そして、「パムのトラブル相手」の想定とは違って、「パム」には「精神的損害」は起きていないのです。
むしろ、「経済的損害」の方が大きいのです。

どっちが「加害者」でどっちが「被害者」なのかは横に置いたとしても、
「パムの経済的損害」については、「数字」と言う明確な証拠がありますので、否定のしようがありません。

「経済的損害」の正体は何でしょうか?www

<ヒント>
「勧誘ノルマ」によるインセンティブって大きいんですよねぇ(爆)



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