2018/06/11 【法律】「自分の思い通りにしたい」人たち | パムのてきとーブログ

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世の中には、
 「自分の思い通りになる」
ことに異常に執着する人がいるが、これはある種の人格の偏りである。

現在の「パム」がまさにこのような行為に出ていますが、
これは、「敢えて」やっています。




他方で、世の中には、性格や人格に偏りがあるために、
対人関係のうえで
 「自分の思い通りにする」
ことに異常に執着し、常にトラブルを起こす人間がいる。
統合失調症や躁鬱病などの精神疾患のある者が法律事務所を訪れることがしばしばあるが、
性格や人格に偏りがある人は精神に異常はなく、精神疾患のある者と明確に区別できる。
性格や人格に偏りがある者は多くの法的なトラブルを引き起こし、
再三法律事務所を訪れ、事件の相手方となることが少なくない。

「パムのトラブル」が発生した当初、その経緯からして、
「インターネットの外」で文句を言っていました。

その事すら問題視されているのですが、
「パム」は文句すら言ったらいけないのでしょうか?www




ストーカーの特徴は、
 ①人間関係における「自分の思い通りにしたい」という異常な執着、
 ②他人や社会に対する攻撃性、
 ③「自分は自分、他人は他人」という「自己」の自立性の欠如、
 ④「他者」への依存性と思い通りにいかない場合の被害意識
  (加害行為をしていながら、被害意識を持つのが人格障害の特徴とされる)、
 ⑤問題解決の展望の欠如
などであるが、
「他者」との関係で
 「自分の思い通りにしたい」
という感情から出発し、あらゆる理屈が自分の感情の正当化のために用いられる。
したがって、自分を妨害する相手方、弁護士、警察、裁判所、社会は不正の象徴となる。
ストーカーが好んで法律事務所を訪れるのは、
自分は正しいと確信しているので、
司法は自分を「救済」してくれるはずだと無邪気に思い込むからである。

「パムのトラブル相手」が「自分は正しい」と確信していた為、
「パムとパムのトラブル相手」との間の「妥協」ができませんでした。

結局、今のように、「パム」も「自分は正しい」と言う断固たる態度になる羽目になったのです。

「パム」は、自分で情報を収集した上で、「通報」する事で「反撃」をしていますが、
これは、「パムの生活」が懸かっているからです。




「ストーカー的行為」は、
 相手を自分の思い通りにしようとして嫌がらせをする点や、
 自分の行動は正しいという思い込み、
 「自己」の自立性の欠如
などの点でストーカーと共通性がある。
そこでは「自己」が「他者」の行動に関する領域まで拡張されており、
「他者」に対し
 「自分の思い通りにしたい」
という支配と干渉が生じる。
しかし、根底に民事紛争がある「ストーカー的行為」の場合は、
民事紛争が解決されれば「ストーカー的行為」が中止されることが多い。
失うべきものを持たないストーカーと違って、
多くの「ストーカー的行為」者には失うべきものがあるので、
その弱点を突くことが違法行為を中止させるために効果的である。
金銭に執着する「ストーカー的行為」の場合には、金銭的な制裁が効果がある。

「パムのトラブル相手」による「ストーカー的行為」は、もはや「ゾンビ」ですね。
離婚/解雇/逮捕/倒産 など、「失うべきもの」を失ってもなお、
その「ストーカー的行為」がヒートアップしています。
なりふり構わない攻撃を「パム」が喰らっているのです。

だから、「パム」も「悪役」になって、「捨て身の反撃」に打って出ているのです。




裁判が自分の思い通りにならない場合に裁判所内で暴力を振るう人は、
裁判所に対する依存性とそれが受け入れられない場合の攻撃性という点で、
ストーカーに似た心理的構造がある。
思い込みの強い確信犯にとって、
自分の法的正当性を否定されることは自分の人格の否定を意味する。
そういう人は、弁護士を
 「自分の思い通りにする」
ために法律事務所を訪れており、
弁護士が
 「自分の正当性を認める」
まで何時間でも一方的に話し続ける。
ただし、思い込みが強いというだけでは、
ストーカーのような
 「解決の展望のないニヒリズム」
はないので、法的手続に基づいて対処することが可能である。
一般に、ストレスと
 「自分の思い通りにすること」
は密接な関連があり、
人間はストレスを強く感じると
 「自分の思い通りにしたい」
という傾向が強まると言われている。
子育てにストレスを感じる母親が赤ん坊を自分の思い通りにしようとし、
それができない場合に赤ん坊を虐待することがあることなどはその現れである。
最近、些細な交渉事件でも、
自分の要求を相手方が呑まないことに大きなストレスを感じ、
そのストレスに苦しむ人が増えている。
相手方が自分の要求を呑まない時に、
 「それはあくまで相手の考えである」、
 「相手は相手。自分は自分」
と考えればそれほどストレスを感じないが、
「他者」によって影響されない「自己」の稀薄な人は、
相手方が自分の要求を呑まない場合に自分の人格が否定されたと受けとり、
大きなストレスを感じる。
そのような人の「自己」は、
「他者」との関係でしか成り立たないような脆弱なものであり、
「他者」との関係でしか成り立たないような「自己」は、「他者」の動向によって常に翻弄される。
対人関係における
 「自分の思い通りにする」
ことに対する執着は、
 人格の形成過程で「自己」を確立しにくい日本の社会状況と、
 計算可能性や予測可能性の偏重、
 人工的管理、マニュアル的文化、ストレス社会
の影響を受けて、強まっているのではないかと思われる。
「他者」に対する支配欲の強い人間はどこにでもいるが、
ほとんどの人は、相当偏執的な者でも、
通常、常識的なルールに基づいて
 「自分の思い通りにならない」
場合に諦めるという柔軟さを持っている。
しかし、確率的にこのような柔軟性を欠く人間が必ずおり、それはある種の人格の偏りである。
この人格の偏りは、
 人格の幼児性、
 自立性の欠如、
 他者への依存と甘え、
 対人関係における「ギブ・アンド・テイク」の欠如
などと表現できるが、幼児期以降の人格の形成過程に重大な問題があったと思われる。
しかし、人格形成に問題のある子供でも集団の中で目立つことなく与えられた課題さえこなしていれば、
親や学校、社会から「普通の子供」と見られ、重大事件を起こすまで誰もその異常性に気づかないことが多い。
人格の偏りのために
 「自分の思い通りになる」
ことに執着する人にとって、
 「自分の思い通りにならない」
ことはすべて法的紛争になり、法律や司法は自分の正当性を実現するための格好の手段となる。
裁判で負けた場合、法律によって自分の意思に反することを強要されることは、
誰でも大きなストレスになるが、ほとんどの人は判決に不服があっても、やがて諦める。
裁判に勝つ者にとって裁判は権利を実現する過程であるが、
裁判に負ける者には裁判は
 「自分にあるはずの権利」
を諦める過程である。
「自己」を確立している人は、裁判で負けても
 「裁判だけが人生ではない」
と考えるが、
「自己」の未成熟な人は、裁判で負ければ自分の人格が否定されたと受けとる。
裁判で負けた程度のことで否定されるような人格は、その程度の人格でしかなかったことになる。
一般に、法律や判決の内容が「正しい」とは限らないが、それを無視すれば法治国家は成り立たない。
どんなに法律や判決に不満があっても、
一応、それらにしたがったうえで、別の手段や領域で自己実現を考えるのが、「オトナ」である。

「パム」が「民事裁判」に出ない理由は、
 ・「パム」が状況証拠しか抑えられていない
からです。

だから、「パム」は、粘って粘って、「刑事告訴」やそれ相当の通報行為に出ています。




「自己」の拡大は、誰でも無意識のうちに「ストーカー的行為」に陥る危険をもたらし、
「自己」の未成熟な人間の場合は異常行動に結びつき、重大事件に発展しやすい。
対人関係における
 「自分の思い通りにする」
ことに執着する人は、
「自己」の拡張として「他者」に対し
 「自分の思い通りになる」
ことを要求するが、
「引きこもり」は、対人関係を遮断することで「自己」を防衛しており、
 「自分の思い通りにする」
ことに消極的に執着しているといえる。
異常な重大事件が起きる度に、加害者の「行為障害」や「人格障害」が問題となるが、
これらはいずれも精神異常ではなく、人格に偏りがあるケースである。
人は「行為障害」や「人格障害」のレッテルを貼って
それらを社会から「排除」することで安心を得ようとするが、
レッテルを貼る対象が増えると「排除」が追いつかなくなる。
「行為障害」の診断基準は非常に広範囲のものを包摂するので、
非行少年のほとんどがその診断基準を満たすと言われている。
また、人格障害者のすべてが事件を起こすわけではなく、
犯罪や法的トラブルを起こすことなく社会に適応している潜在的な人格障害者も多いので、
「人格障害者」というレッテルを貼ることにそれほど意味はない。

人格に偏りのある人間が重大事件を引き起こして初めて「人格の異常」が問題とされるが、
そういう人間は、通常、それまでに学校や行政の現場、企業、近隣などで頻繁にトラブルを起こしている。

その通りなんですね。
「人格の偏り」は「個性」でもあるのです。
しかし、その「人格の偏り」が「社会的に有害」な場合に、「パーソナリティ障害(人格障害)」となります。

お恥ずかしい話ですが、「パム」も数々のトラブルを起こしてきました。
それをなんとかしようと克服している最中に、現在直面しているトラブルが起こったのです。

過去の自分が蒔いた種、自業自得かも知れませんが、
「現在のパム」として、毅然とした態度で対応します。




人間は社会的な動物であり、人格の形成過程で社会の影響を敏感に受ける。
人格はその成因においても結果においても社会的なものであり、
現代社会のひずみが人格障害者の増加をもたらしている。
このような社会状況に対し弁護士がどのように対応すべきかという点は、
正解のない困難な問題であるが、重要な課題である(広島弁護士会会報83号に掲載)。

弁護士さんもこう言った精神医学に精通しないと仕事にならないんですね。
お疲れ様です。



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2018/06/26(火) TALENT SHOW@神楽坂 Mash Records
https://www.facebook.com/events/609236629431511

Open 18:00/Start 18:30
Charge ¥2,000-(1Drink 込み)

<参加者>
Dear Mulberry
ノンキーズ
こんぺー糖
弦三本
Noel
回文師さとー
大武礼旺
鈍行まさ
Holy’s Kids
沼田直樹
テリー小林

パムで増える迷路ちゃん 1000番台

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2018/07/04(水) ライブお嫁さん候補№1諏訪子
https://muzenji.web.fc2.com/

Open 18:30/Start 19:00
Charge ¥1,000-(1Drink 込み)

<出演者>
諏訪子
徳明希望
ピレネーデオカムラ
無善菩薩

パムで増える迷路ちゃん 1000番台