東京地判平成27年8月7日 労経速2263号3頁

 

 多くの従業員に対してパワーハラスメントに該当する行為を行ったことを理由とする降格処分が有効とされた事例

 

会社:

 不動産の所有、管理及び貸借等を目的とする株式会社

 

被懲戒者:

 平成3年12月入社。理事(8等級),担当役員補佐兼丸の内流通営業部長

 処分日平成25年3月

 

懲戒対象事実:

①V1に対して

ア 「大阪に戻るように人生を懸けて営業してこい」

   「12月末までに2000万やらなければ会社を辞めると一筆書け」

   「体をこわしても8か月しか給料がでないから体をこわしてからでは遅いぞ,もう大阪に帰って就職したほうが良いんじゃないの」

   「今まではどうせ適当にやって生きてきたんだろう,結果が手数料稼いでないんだからやる気がないんだ」

   「外部研修で,どうにもならないという判断がされた者が2人いた。お前ともう一人だ」

   「会社に泣きついていすわりたい気持ちはわかるが迷惑なんだ」

   「Kさんに会って大阪に戻してもらえ」

   「だめなら退職の手続だな,これは時間がかかるけど。パワハラで訴えるか」

イ V1は「浦和で今期2000万円やります。大阪に帰ったら年間3000万円やります。できなかったら辞めます。」と書かされた。

   「まあ舐めてんだよな。どうせクビにはできないんだろう。」

   「大阪行って3000万できんだったらさ,さっさっと大阪に帰って欲しいんだよ。うちの会社にとってもマイナスだから,ここにいること自体が。浦和じゃできねぇって言いはってんだから。大阪行ったらできんだろ?・・3000万?」

   「いや,迷惑なんだよ。浦和なんてさ,1人できないと,どうにもなんないんだよ。」

   「口約束というのは,約束まもんないでしょ?・・・決意を書けば。」

   「・・お前,1年半余裕あると思うなよ。」

ウ 「おまえ子供幾つだ」

   V1「10歳です」

   「それくらいだったらもう分かるだろう,おまえのこの成績表見せるといかに駄目な父親か」

   「上司に圧力をかけておまえにプレッシャーをかけることもできるんだぞ」

②V2に対して

ア V2は、常務及び被懲戒者による「個人面談」で、常務からは「3月までにできなければ辞めると書け」、「3000万のところ2800万にまけておいてやる」と言われ、被懲戒者からも「やれる自信がある奴はみんな書くんだ」と言われ、やむなく「2800万円できなければ,身を引きます」(退職約束文書)と書いた。

  その後、V2の成績が上がらないことから、V2の上司を通じて、退職約束文書に基づいて会社を辞めるように被懲戒者からV2に連絡があった。

 これに対し、V2は頑張って3月までに2500万やるということを上司を通じて、常務と被懲戒者に伝えた。

  しかし、年3月9日、上司はV2に対し、4月の人事のことがあるから本当に辞めるかはっきりしろという被懲戒者からの話を伝え、これに対してV2は「辞めるつもりはない。」と上司に伝えた。

イ 部会での、前記退職に関する文書に関するやりとり。

  常務「V2、おまえは俺と約束したんだろう」

  被懲戒者「V2、おまえは上司に、2800万はできないけども、2500万だったらできるからいさせてくれと言ったけど、それもできてないだろ」

  V2「あれ(退職約束文書のこと)は強要されたものじゃないですか。強要されて書かされたものじゃないですか」

  常務「お前が書いたんだろ」

  被懲戒者「お前はすぐに書いたよ」

  V2「いいえ、私はしばらく書きませんでした。書かずにずっと常務の顔を見ていたじゃないですか」

  被懲戒者「いや、すぐ書いたよ。書かなかった奴もいたけど、お前はすぐ書いた。」

③V3に対して

 常務室に「個人面談」で呼び出されて、

 常務及び被懲戒者から交互に

 「(成績)どうなっているのか,年は幾つか,家族構成,奥さんは働いているのか」

 「あなたみたいな人がいたら、あなたが社長だったらどうしますか」

 「独立する気ないのか、この状態だったら退職を考えたほうがいいんじゃないのか」等

④V4に対して

 「お前この業種に向いていると思うか」

 「俺はそう思わない,辞めたほうがいい」

 他者に対して「お前はどう思う」と述べて同調を求めたこと

 V3は場が凍りついたように感じ、皆さんに申し訳ないという気持ちになった

⑤V5,V6に対して

ア 平成23年3月1日、V5は、被懲戒者からの電話で20から30分程度会話し、その際「横浜流通時代にやっていたことは全て分かっている。首都圏の店舗にスパイが置いてあるから、今後は真面目に働け」と言われた。

イ 平成23年11月の首都圏における一般仲介の全体会合の中で、V5は、被懲戒者から名指しで「浦和流通営業部は成績が悪いので、何か謝ることはないのか」と言われた。

ウ 平成24年3月下旬ころ、V6は、大手町営業室について、被懲戒者から「どこにも行き場所の無い人の為に作った部署で、売上をやらなければ会社を辞めさせることがミッション」と言われ、辞めさせる従業員の名前も具体的に言われた。

  大手町営業室に転勤後の平成24年4月2日、V5は常務及び被懲戒者から「2人をやめさせろ」と言われ、その2人の具体名まで明らかにされた。

エ 平成24年5月の大手町営業室での会議終了後、V5は、被懲戒者から「お前も今年がラストだ」と言われ、業績が悪ければ首ということを感じた。

 

就業規則における懲戒事由:

「他人に不快な思いをさせたり,職場環境を悪化させた」

「他人に暴行,脅迫を加え,または業務を妨げたとき」

「素行不良で,会社の秩序,風紀をみだしたとき」

に該当

 

懲戒処分:

 降格

 「理事(8等級),担当役員補佐兼丸の内流通営業部長」から「副理事(7等級),担当部長(一般仲介事業グループ担当役員特命事項担当)」という地位に降格

 

裁判所の判断:

 懲戒対象事実①について、ア~ウの各言動については、適切な教育的指導もなく退職を強要するものであり、常軌を逸した態様でV1の人格を傷付けていること、また、アの言動の後に、V1はカウンセリングのためMDルームに通うようになったことが認められることから、ア~ウの各言動は、会社が定義するパワハラに該当するとした。

 懲戒対象事実②について、V2が約束した成果を達成できなかったことから、常務及び被懲戒者が退職約束文書を根拠に執拗に責め、退職を促しているものであり、V2を精神的に追い込み、苦しめるものであって、会社が定義するパワハラと認められるとした。

 懲戒対象事実③について、「個人面談」中、仕事に関する話題がなく、家族構成、配偶者の収入、独立の可能性といった話しかされなかったことからすれば、暗に退職勧奨を受けているとV3が感じることは自然であるところ、目的・趣旨も分からない「個人面談」を受け、その中で、V3が、そこまで私生活に立ち入ってまでやめさせたいのかと思い、怒りと非常に不愉快さを感じる精神的苦痛を受けたことは、会社が定義するパワハラと認められるとした。

 懲戒対象事実④について、他の従業員がいる前で退職を示唆する発言をしてF氏に精神的苦痛を与えたことは,被告パワハラ定義のア,エ(ア)に該当するパワハラであると認められるとした。

 懲戒対象事実⑤について、事実を総合すると、V5及びV6は業績を挙げるか、部下を辞めさせるかを迫られたというのであり、被懲戒者から理不尽な要求を突きつけられ、精神的苦痛を受けたことは明らかであるとして、会社が定義するパワハラに該当するとした。

 

 前記の一連の言動は、一般仲介事業グループ担当役員補佐の地位に基づいて、部下である数多くの管理職、従業員に対して、長期間にわたり継続的に行ったパワハラであり、成果の挙がらない従業員らに対して,適切な教育的指導を施すのではなく、単にその結果をもって従業員らの能力等を否定し、それどころか、退職を強要しこれを執拗に迫ったものであって、極めて悪質であるとした。

 そして、会社がパワハラについての指導啓発を継続して行い、ハラスメントのない職場作りをする指針を明確にしていたところ、被懲戒者は幹部としての地位、職責を忘れ、かえって相反する言動を取り続けたものであるから、降格処分を受けることはいわば当然のことであり、本件処分は相当であるとした。