こんばんは!
今日のお話「藤堂高虎に学ぶ、人を立てるコツ」。
群雄割拠する戦国時代(1560年頃)、藤堂高虎は生まれました。
高虎は身体がとても大きく190cmほどあったと言われています。
当時の人にしては異例の大きさです。
高虎は身体に恵まれていただけでなく、知恵もありました。
ですから、自分を認めてくれる上司のもとでなければ働く気はありませんでした。
何度も何度も仕える主を変えています。
忠節を重んじた武士としてはこれまた異例のことです。
浅井長政、羽柴秀長、そして最後には徳川家康と名だたる大名のもとで働き、功績を立てていきました。
主を変えていくなかで自然と身に着いたのか、はたまた素質があったのか、高虎は人への気づかいがとてもできる人でもありました。
こんな逸話が残っています。
2代将軍の徳川秀忠に二条城の改修を命じられた高虎。
高虎は築城の名手でもありました。
ですから、改修などお手の物。他人の意見など聞く必要はありません!
ですが、高虎は2通りの案を用意し、秀忠にどちらが良いか尋ねました。
なぜそのようなことをしたのか。
それは、「一案しか出さなければ、それでは高虎の城となってしまう。秀忠さまがご裁決いただくことが何より大事なのだ。なぜなら主である徳川家の城なのだから。」と考えてのことでした。
こんな気づかいができた高虎。
言うまでもなく、高虎は徳川家に重宝され続けたのでした。