今日は文化の日。
直接の由来は、日本国憲法公布の日らしい。他にも色々とある様ですが。
思うに、まず人がいる
人は集まらないと色々と不都合で、でも人が集まると色々と争いも起こる
それをなるだけ公平に治められる様に、人々が自らを律する法を作る
その法の下の統治による集団が色々と出来て、今の所一個人が身近に感じ易い集団で一番大きい規模のものが国家である
つまり、法も国家も人の安寧の為に存在するものである、人が一番です、と。
多分、現代日本で義務教育を受けた人なら分かって下さるんじゃないかなとは思うのだけれど、
どうもここ数年、「順序」を違えてる様に見える人達がちらほらと。
そりゃ人の安心安全の為に、国家に対して人側も何かしらの対価は必要でしょう。税金、高いですよね、、、
ただ、国家を守る事に、憲法の整合性を保つ事に対して、最たる順序付けをするべきなんでしょうか?
もっと他に、人の為に、重点的に、可及的速やかに、やらんといかん課題があるんじゃないかなと考える人の方が圧倒的に多いから、反発されてるんじゃないですか?
何て、普段あんまり考えない事を考えさせられるキッカケと云う点で文化の日は意義深いですね。
極個人的には、たまたま「与謝野晶子」や「柳原白蓮」について見掛けた事もあって
「一個人の幸せに最大限に注力した生き方」についても考えさせられました。
例えワガママと他人から言われようと生きたい様に生きる
良いじゃないですか。地位も名誉もお金もあの世へは持って行けないんだし、自分が生きてる内に自分の情熱の赴くままに生きた方が幸せでしょうよ。
こちらは前述の部分よりもミクロ的な文化と言えそうで、考えると趣深いですよ。
(了)