歌劇「トスカ」
イタリア人作曲家プッチーニの中で代表作で、最も人気の高いオペラです。
「トスカ」の主役は3人。
悲劇のヒロイン「トスカ」
恋人で画家の「カヴァラドッシ」
そしてオペラ史上最凶の悪役「スカルピア」
この3役を務める歌手の出来で「トスカ」の全てが決まると言っていいでしょう。
特に「トスカ」役と「スカルピア」役を担う歌手は、歌唱力だけでなく、ハイレベルの演技力が求められます。
その意味で、史上最高の「トスカ」と言える映像が残されています。
1964年2月9日、ロンドンのロイヤルオペラハウスで行われた稀代のソプラノ歌手、マリア・カラスの特別公演。
この公演で「トスカ」の第2幕のみを上演しました。
カラスのオペラ映像はほとんど残されていないそうです。非常に貴重な映像です。
冒頭から出てくるのが「スカルピア」。ローマの警視総監で、政敵を根こそぎ捕まえ処刑する一方、自分が欲しい女性は弱みにつけ込んで必ず手に入れるという典型的な悪役。
その役をバリトン歌手、ティート・ゴッビが演じます。
このゴッビ「スカルピア」の悪代官ぶりの演技が半端ないのです。
眉毛の上げ下げで、悪人を表現する顔芸は名人芸の域です。
ゴッビ「スカルピア」がとことん極悪人ぶりを発揮すればするほど、追い込まれていく悲劇のヒロイン、カラス「トスカ」が輝きを増すのです。
スカルピアの指示でカヴァラドッシが拷問を受け、パニック状態になるトスカ。
さらに身体を差し出さなければ、カヴァラドッシを処刑すると脅迫され、極限状態に追い込まれます。
そこで歌うのが、有名なアリア「歌に生き、愛に生き」です。
孤児で修道院で育ったトスカは、類まれな歌唱力を見込まれ、歌手として成功します。そんな中でも、トスカは篤い信仰心と共に生きてきました。
「私は、苦しんでいる人に手を差し伸べ、天に歌を捧げてきました。なのに、どうして。神様。こんな苦しい時に、このような報いをお与えになるのでしょうか」
いたいけな姿を完璧に表現するマリア・カラスの「トスカ」が涙ながらに歌います。
これがプッチーニの美しいメロディーと完全に一体化し、私たちは「トスカ」に同情し思わず涙を流してしまいます。
部下のスポレッタがスカルピアの執務室に入ってきて、カヴァラドッシの処刑の準備はできていると言います。
そこでスカルピアが一言。トスカに向かって、低く落ち着いた、そして最後通牒を突きつけるように言います。
「Ebbene?」(よろしいかな)
この場面のゴッビ「スカルピア」の歌唱、そして表情こそ、究極の悪のクライマックスです。
この時のカラス「トスカ」の表情も見逃せません。
トスカはうなづき、スカルピアの要求を受け入れます。
スカルピアは、カヴァラドッシに対して空砲による見せかけの銃殺刑を行い、彼を解放するとトスカに約束します。
そして、意味ありげにスポレッタに言います。
「パルミエル伯爵の時のように」
スポレッタは察したように「承知しました」と言って部屋から去ります。
スカルピアはカヴァラドッシを助ける気持ちなど1ミリもありません。パルミエル伯爵の時も同じような約束をして、実際は実弾を込めて処刑したのでしょう。
トスカはスカルピアにカヴァラドッシが国を出るための通行手形を書くように要求します。スカルピアは快く応じます。なぜなら、死んでしまうカヴァラドッシの通行手形などいくら書いても困らないからです。
ここからがカラス「トスカ」の演技力の真骨頂です。
物悲しいメロディーが流れます。
スカルピアが通行手形を書いている間、恐怖と緊張の極限にいたトスカは気持ちを落ち着かせるために、スカルピアの食卓にあったワインを飲み干します。
そして、ふと机に目をやると、ロウソクに照らされ、銀色に鈍く光るナイフが。
ナイフをじっと見つめるトスカ。
手形を書き終えたスカルピアが近づきます。
「トスカ! ついに私のものだ!」
その瞬間、トスカはナイフを手にし、抱きつこうとしたスカルピアの胸に突き刺します。
「これがトスカのキスよ!」
思わぬ一撃にスカルピアはそれまでの憎らしいほどの態度から一転、必死に命乞いをします。
「助けてくれ! 死んでしまう!」
極限状態のトスカは、鬼の形相となり、
「悪魔め、死ね死ね死ね死ね!」
と何かに取り憑かれたように連呼します。
ついに、スカルピアは息絶えます。
トスカは悪魔のような声で「死んでしまったわ。もう許してあげましょう」と低く呟きます。
我に返るトスカ。
両手についた返り血をナプキンで拭うと、通行手形をスカルピアの手からむしり取ります。
そしてこう言い放ちます。
「この男のために、ローマ中が震え上がっていたのだわ」
部屋から立ち去ろうとしたトスカは、息絶えたスカルピアに目をやった後、ロウソクの燭台を遺体の左右に1本ずつ置き、最後の十字架を胸に置き、立ち去ります。
スカルピアを殺害してから部屋を立ち去るまで3分間の演技。
非常に緊張感のある時間が流れる中で、カラスは多彩な表情を見せます。
「トスカ」は「トスカ歌い」という言葉があるほど、特別な役柄です。それは音楽的な側面の他に、トスカという女性の背景をしっかりと理解した上での演技力が求められるからです。
その意味では、今回ご紹介したマリア・カラスとティート・ゴッビの「トスカ」が現時点では史上最高の「トスカ」と個人的には思います。
ちなみに、カヴァラドッシ役のイタリア人テノール・リナート・シオーリもな天才的な美声を響かせています。1950、60、70年代はテノールの宝庫だったと言っていいでしょう。
歌劇「トスカ」については、今後も色んなテーマでご紹介していきたいと思っています。
かなりの長文にお付き合いいただきありがとうございました。
ぴ。
