ビジネスコーチである私の最初のクライエントは、間違いなくエディだ。
エディは、当時20代の香港の不動産屋だった。
背が高く、眼鏡をかけて、どこにでもいそうな香港の若者だった。
セントラルから近いまずまずの住宅地にある不動産屋へたまたま入って、接客してくれたのがエディだった。
好みの条件を伝えてその日は帰ったが、すぐに良い物件があるからと案内をしてくれることになった。
その部屋は、香港島の中腹を沿うように走るハリウッドロードを東へ行った観光客が良く訪れるお寺、文廟近くの古びたマンションの一室だった。
開けた眺めがあること。
築年数は古くても構わない。
予算はそこそこ。
だから高級マンションである必要はない。
それが私の出した条件だった。
大通りを横に入った路地にそのマンションはあった。
入口には、新聞紙にもやしを広げてタライを横に置き、もやしの髭を取るのに忙しい老婆がしゃがんでいた。
エントランスのガラスはピカピカに磨かれていたが、毎日、帰った時このタライを避けて入らなくてはならないのかしら、と不安に思う。
入口の暗証番号を押すまでもなく、ランニングシャツで新聞を読んでいた小父さんが立ちあがって、愛想よくドアを開けてくれた。
10階の部屋は、坂道の途中にあるので、確かに窓からの景色は開けて、マカオへ行くフェリーが見えた。
が、窓のすぐ下には、路上のマーケットが広がっていて、独特の肉や魚の生臭い匂いが、露天で売られている腐豆腐の強烈なにおいと共にあがって来た。
「どうですか?いい眺めでしょう」
エディが得意そうに尋ねた。
「全然、だめ!」
エディは意外そうな顔をした。
「エディ。 日本人がこういうところに住めると思うの?グローバルな香港にいるんだから、もっと相手を見なきゃだめよ!」
この人は使えない。
そう思ったが、彼はその後も次々に物件を見つけては連絡をして来た。
そのたびに、私のダメだしが出るのだが、めげない。
私のダメだしは、回を重ねるごとにより細かくなっていった。
香港のマンションは借りるにせよ買うにせよ、とにかく高い。
そして日本のように、安全性や建築レベルが絶対に大丈夫ということはない。
慎重にならざるを得ないのである。
エディは段々と、私の希望を理解するようになって行った。
最後には、家主に向かって「日本人にはこのレベルでは貸せませんよ」と言うようになり
私を驚かせた。
結局、私はエディの紹介で、セントラルから近い新築の海の見える小さなマンションに住むことが出来た。今でもあの部屋は、最高の部屋だったと思う。
それから、私は次々と日本人の友人をエディに紹介した。
エディは気がつくと、日本人の間では知られた不動産屋になっていた。
私の写真が彼のお店には飾られていて、自称日本人に信頼される不動産屋を名乗っていると、友達が笑って教えてくれた。
それからしばらく立って、街で偶然会うと、エディは紺色のブレザーをはおり見違えるような身なりをしていた。
「久しぶり」と言って、欧米風に私のほほにキスをしたのには、心底驚いた。
香港大学の法科コースに通い、もうすぐ弁護士資格が取れると誇らしく語るのに、さらに驚き感心したものだった。
「不動産ビジネスは好調だけど、弁護士になるんだ」
と自信を持っているエディが頼もしく見えた。
それから間もなく、私が日本へ帰ると、彼は必ずクリスマスと私の誕生日にはカードを贈ってくれた。
連絡も取り合わないのに、何年もの間、必ず贈られるカードに私は香港人を見なおした。
その後、私の住所が変わって、それも途絶えてしまった。
そして、先日、香港に行った時、偶然、エディに出会った。
やっぱり香港は狭い。
金鐘の飲茶で人気のあるレストランで、大勢の家族と彼は一緒にいた。
「Hi」と言って、私のテーブルに来るエディは、少し髪が薄くなっていた。
エディは、お姉さん達を一緒に飲茶に来ていると話し、日本にも最近良く遊びに行くのだと得意そうに
話してくれた。
香港大学も終了してイギリスに留学もしていたと言う。
「じゃあ、もう立派な弁護士さんなのね?」
と私が尋ねると
「いや、まだあのお店にいるよ。多分、ずっと不動産屋だよ」
「・・・・?」
「だって、不動産屋の方がもうかるし、面白いからね。いろんな人に出会えるし」
エディ、やっぱりあなたは香港人。
でも少しは、私、役立ったみたい。

