朝学校に忘れ物を届けに行ったら、
次々と校舎に入っていく群衆のなかで花壇で何かしている息子を見ました。

流れにそわず、相変わらずマイペースは息子。

それを見て心配で、
ため息つきながら憂鬱な気持ちで仕事場へ。

叱らないとな…
注意しないとな…。

帰ってから、とりあえず
朝何してたの?花壇で。
と聞いたら

イモ虫が踏まれちゃいそうだったから、逃してあげてたの。
と息子。 

優しいね。
と思わずギュッ。 

息子は嬉しそうに微笑みました。

みんなと同じように行動してれば親は安心します。

でも、踏まれそうなイモ虫を助けてあげる優しい心は何にも変えがたいものだと思いました。


一般論や集団意識にとらわれ、見失いがちな
大切なことを
息子から教わった気がします。



そんな、とくに学校生活で苦痛を感じたことのない私ですら、
一人の殻にこもりたい時がある。
仕事は楽しいが
誰も話しかけるなって思うときも多い。
黙々と仕事をするのが好きだ。
いつもいつも人と話してるのは苦痛だ。

例えば
周りに合わせることが苦手な子
許させるなら一日中ネットやゲームしてたい子
って
学校来るだけで十分すぎるくらい頑張ってる

もっともっと、と教育者が圧をかけるのはやめて欲しい。

言ってわかる年齢,言って納得して従える子
そこをちゃんと見極めて欲しい。

焦らなくても、そのうちわかる時期が来るから

一年生には最低限、人としての道徳・マナー・安全さえ教えてくれればいい。

うるさい、遅い、忘れっぽい
そのぐらいはまだ大目に見てほしいと思ってしまう。

学校や職場の規律に従える人が
優秀さに比例してるとはとても思えない







学校なんか行かなくていい。
集団行動なんて学ばなくていい。
そんなことを言うつもりはない。

自分は型にはめられるのは苦にはならなかったし、合わせるのが得意な方。
こういう人間にとっては学校は嫌な場ではない。

だが大切なのは
苦になる子もたくさんいる、ということだ。

それを無理やり普通化させるのでなく
その個性を活かせてもらえないものか
その子に合った教育方法を選択できないものか

5教科平均的に取れる子
授業態度が良く真面目でいわゆる内申点取れる子
今の制度では、こうでないと進級にも支障が出る。

たとえ数学だけ抜群にできる天才がいたとしても、日本では早い段階でふるいにかけて落とされてしまう。

企業にしてもそう、教育にしてもそう
多様性が受け入れられないと、
この国はいつまでも伸び悩む気がする

言ってしまえば
100人中凡人が100人を占めても何も生み出さない。

だが日本の教育現場が目指してるのは
凡人を100人にする事。

私はその学校という環境において優等生だった。
5教科平均的に取れる、真面目、集団行動もばっつり。
でもただの凡人。行き着いた先はただのOLだ。

凡人育成プログラムから逸脱する者は
落ちこぼれとされたり
後ろ指を指される
これがおかしい。

めちゃめちゃ騒いじゃう子
どっか行っちゃう子
ボーッとしちゃう子
パニックになっちゃう子

いろーんな子がいる。


本当に心配してあげなきゃいかないケースももちろんあるが

多少の個性は受容してあげてもよいのでは、とも思う。

今の教育現場は
深刻に問題問題と嘆くだけ。

親に責任転嫁で
自分の楽になることしか考えない教師も多い。

叱って無理やり型にやめて普通化させるより
変わってて面白いじゃん!って受け入れて
あげたほうが

どんな子も伸びるんじゃないかって思ったりします。