「炭鉱のカナリア」というのは今はもう使われていない安全対策に由来する言葉です。その昔、炭鉱労働者はカナリアを籠にいれて坑道に入ったそうです。有毒ガスが知らない間に充満していて、気がついた時には遅く、身動きが取れずに死に至ることがあります。有毒ガスが発生すると人間よりも先にカナリアが察知して、さえずりが止むからです。ここから、危険の前兆を示すものを「炭鉱のカナリア」と呼んでいるそうです。
敏感ゆえに危険にいち早く察知するという意味で、炭鉱のカナリアは、現代社会に適応できない人達に例えられるのではないかと思うのです。
レールに沿った人生とか、社会に出ていかないといけない。会社員にならないといけない、なんてない。
無理に合わせて苦しい思いをしなくてもいい。
死にたいと思うほど、頑張らなくてもいいと思う。
それでは生きていけない と思うかもしれません。
でも、昔と違ってネットが普及し個人が自由に発信できるようになった今、可能性は無限にある。
好きなこと、得意なことをどんどんやったらいいと思う。
私は、仲間とものづくりをしてそれを発信していこうと思っている。
発信したら、色んなことが起きています。
試行錯誤ですが、こらから色々チャレンジしていきます。