IDとパスワード わかったよーーーー(^◇^)
昨年はまともにプロ野球を観ていなかったので、今年はできるだけ試合を観戦しようと、してもしなくてもいいような決心をしている。
今日も20時に帰宅してから、阪神と巨人の試合を観戦する(私は生まれが大阪なので、無論阪神ファンである)。
審判のミスジャッジで流れが変わってしまった、典型的な『勿体ない試合』であったが、スポーツというのは人が人を裁くものなので、長いシーズンの内でこういう試合があるのもまあ仕方がないだろう。
それにしても真弓監督は、久保田・小林・藤川を投げさせすぎではないだろうか。
私が観戦した試合の殆どで、三投手のうち誰かが登板している。むしろ、三投手全員が登板している試合の方が多い。
シーズンの後半ならともかく、序盤も序盤のこの時期で、チームの生命線ともいえる抑え投手陣をここまでフル回転させる必要があるのだろうか。
今日も20時に帰宅してから、阪神と巨人の試合を観戦する(私は生まれが大阪なので、無論阪神ファンである)。
審判のミスジャッジで流れが変わってしまった、典型的な『勿体ない試合』であったが、スポーツというのは人が人を裁くものなので、長いシーズンの内でこういう試合があるのもまあ仕方がないだろう。
それにしても真弓監督は、久保田・小林・藤川を投げさせすぎではないだろうか。
私が観戦した試合の殆どで、三投手のうち誰かが登板している。むしろ、三投手全員が登板している試合の方が多い。
シーズンの後半ならともかく、序盤も序盤のこの時期で、チームの生命線ともいえる抑え投手陣をここまでフル回転させる必要があるのだろうか。
四月だというのに、非常に肌寒い。
隣県ではヒョウが降ったという。
そんな寒さの中、朝、原付通勤の私の股間のMy Boyは例によって縮み上がる。
それにしても、アメリカではMy Boyのことを隠語で「Cock」とか「Dick」とか呼ぶという。
Boyの形状や用途からして、水道を表現するであろう『コック』はまだ解るが、『ディック』というのはどういう例えでそうなったのだろうか。
ディックとは一見人名のように思うが、珍妙な形状のMy Boyを所有する人物が過去に存在したのだろうか。
午後からジムに行って体を動かした。
トレーニング後にジム二階の大浴場で汗を流していたのだが、その時、今まで数年間ずっとおばちゃんだと思っていた人が男性の浴場に入ってきて、しかも股間にはDickをぶら下げて いたので、「ああ、あの人はおばさんではなくおじさんだったのか」と気付いた。
隣県ではヒョウが降ったという。
そんな寒さの中、朝、原付通勤の私の股間のMy Boyは例によって縮み上がる。
それにしても、アメリカではMy Boyのことを隠語で「Cock」とか「Dick」とか呼ぶという。
Boyの形状や用途からして、水道を表現するであろう『コック』はまだ解るが、『ディック』というのはどういう例えでそうなったのだろうか。
ディックとは一見人名のように思うが、珍妙な形状のMy Boyを所有する人物が過去に存在したのだろうか。
午後からジムに行って体を動かした。
トレーニング後にジム二階の大浴場で汗を流していたのだが、その時、今まで数年間ずっとおばちゃんだと思っていた人が男性の浴場に入ってきて、しかも股間にはDickをぶら下げて いたので、「ああ、あの人はおばさんではなくおじさんだったのか」と気付いた。
今日は午後からジムに行って運動しようと思っていたのだが、中止する。
結局昼11時頃から夜19時頃まで約8時間、春から初夏への売場変更に勤しむ。
売場変更の内の多くの時間を冷蔵庫内で費やしたため、大変縮みあがった。
何が縮み上がるのかって?無論、My Boyさ。
コンビニの冷蔵庫は常時5度以下の温度に設定されているので、大変寒い。
結果、My Boyが縮み上がるのである。
更に都合の悪いことに、私は移動の手段に原付を使っている。
生憎今日は風が強く、春の夜風が一層私のBoyを縮み上がらせた。
帰宅して、早速風呂に入る。
確認してみると、私のBoyはMy Little Boyどころか、あたかもフジツボのようであった。
シャワーのお湯を掛けることによって少年から成年への成長を促してみたが、なかなか成長せず。
36歳ともなると、やはり、ふえるワカメちゃんのようにはいかないものだ。
結局、若干の回復はあったものの、入浴中のBoy回復計画は諦める。
浴室を出て、夕食を摂る。
妻の作ったハンバーグを食べながら、何気なくBoyに手をやる。
・・・おぉ、何てことだ。俺のBoyが戻ってきているではないか。
家出していたBoyの、帰宅だ。
感激の中、あんまりにBoyに手をやっているとSo Big Big Boyになってしまうかもしれないという危惧から刹那に手を離す。
シャワーでも上手くいかなかったのに、上手くやったな!すげえな!ハンバーグよ。そしてそれを手ごねした妻!さすが分かってるな!まあ俺のBoyを回復させるためにハンバーグを作ったわけではあるまいが。
その後、『妻の手ごね』というフレーズに何やら興奮し、My Boyが若干ミディアムになってしまったことに、若干の照れ臭さを感ずる。
結局昼11時頃から夜19時頃まで約8時間、春から初夏への売場変更に勤しむ。
売場変更の内の多くの時間を冷蔵庫内で費やしたため、大変縮みあがった。
何が縮み上がるのかって?無論、My Boyさ。
コンビニの冷蔵庫は常時5度以下の温度に設定されているので、大変寒い。
結果、My Boyが縮み上がるのである。
更に都合の悪いことに、私は移動の手段に原付を使っている。
生憎今日は風が強く、春の夜風が一層私のBoyを縮み上がらせた。
帰宅して、早速風呂に入る。
確認してみると、私のBoyはMy Little Boyどころか、あたかもフジツボのようであった。
シャワーのお湯を掛けることによって少年から成年への成長を促してみたが、なかなか成長せず。
36歳ともなると、やはり、ふえるワカメちゃんのようにはいかないものだ。
結局、若干の回復はあったものの、入浴中のBoy回復計画は諦める。
浴室を出て、夕食を摂る。
妻の作ったハンバーグを食べながら、何気なくBoyに手をやる。
・・・おぉ、何てことだ。俺のBoyが戻ってきているではないか。
家出していたBoyの、帰宅だ。
感激の中、あんまりにBoyに手をやっているとSo Big Big Boyになってしまうかもしれないという危惧から刹那に手を離す。
シャワーでも上手くいかなかったのに、上手くやったな!すげえな!ハンバーグよ。そしてそれを手ごねした妻!さすが分かってるな!まあ俺のBoyを回復させるためにハンバーグを作ったわけではあるまいが。
その後、『妻の手ごね』というフレーズに何やら興奮し、My Boyが若干ミディアムになってしまったことに、若干の照れ臭さを感ずる。
朝6時から出勤、10時に一旦帰宅し、14時に再出勤、その後21時過ぎまで仕事をした。
都合11時間の仕事で、疲労感高し。
20代の頃は睡眠は一日3~4時間、飯もロクに喰わずに一日15~16時間は働きづくめという日々を過ごしていた記憶がある。その時期は何故か疲労感を感じなかったような記憶もある。
たかだか10時間強の仕事で疲れるとは。歳のせいか気持ちのせいか。
ところでウチのお店にMくんというアルバイトがいる。
彼は非常に働き者で、今日も朝9時から13時までシフトに出た後、夕方19時から22時までまたシフトにでてもらった。
なので今日彼とは朝夜で二回顔を合わせたことになる。
Mくんは20歳なのだが、会話を交わした時のリアクションにバリエーションがとても少ない。
何か楽しい話をした時には『オォーッ!』、逆の時には『うわぁー』、大まかにこの二種類だ。
今日は珍しく長時間勤務をしたので、Mくんから何回も『オォーッ!』『うわぁー』と言われた。
21時に仕事を終えて帰宅する際に、
私「今日は疲れたんで帰るわ」
M「うわぁー」
私「酒飲んで寝ようかな」
M「オォーッ!」
という会話を交わした際には、さすがに「お前は本当に語彙が少ないな」という言葉が喉元まで来た。
しかし考えてみると、私も20代前半の時期には上司や先輩から「お前はそれしか言えないのか」「他に言い様は無いのか」などと散々言われたような気がする。若い時期というのは恐らく似たり寄ったりなのだろう。
と、思い言葉を飲み込み、帰宅。
季節は春とはいえ原付での帰宅はややキツイ。寒い。
都合11時間の仕事で、疲労感高し。
20代の頃は睡眠は一日3~4時間、飯もロクに喰わずに一日15~16時間は働きづくめという日々を過ごしていた記憶がある。その時期は何故か疲労感を感じなかったような記憶もある。
たかだか10時間強の仕事で疲れるとは。歳のせいか気持ちのせいか。
ところでウチのお店にMくんというアルバイトがいる。
彼は非常に働き者で、今日も朝9時から13時までシフトに出た後、夕方19時から22時までまたシフトにでてもらった。
なので今日彼とは朝夜で二回顔を合わせたことになる。
Mくんは20歳なのだが、会話を交わした時のリアクションにバリエーションがとても少ない。
何か楽しい話をした時には『オォーッ!』、逆の時には『うわぁー』、大まかにこの二種類だ。
今日は珍しく長時間勤務をしたので、Mくんから何回も『オォーッ!』『うわぁー』と言われた。
21時に仕事を終えて帰宅する際に、
私「今日は疲れたんで帰るわ」
M「うわぁー」
私「酒飲んで寝ようかな」
M「オォーッ!」
という会話を交わした際には、さすがに「お前は本当に語彙が少ないな」という言葉が喉元まで来た。
しかし考えてみると、私も20代前半の時期には上司や先輩から「お前はそれしか言えないのか」「他に言い様は無いのか」などと散々言われたような気がする。若い時期というのは恐らく似たり寄ったりなのだろう。
と、思い言葉を飲み込み、帰宅。
季節は春とはいえ原付での帰宅はややキツイ。寒い。
昔からの友人である女性が結婚することになり、先日結婚式の招待状が届いた。
ここ数年はなかなか直接に顔を合わすこともできず、年賀状だけの付き合いになっていたが、それでも結婚式に招待してくれるとは。とても嬉しく思う。
今日は妻の提案でその彼女に電話をした。久しぶりに話してみると、声色も話す内容も全く昔と変わらず、それもまた嬉しく思う。
以下雑感。
彼女(以下ヅメさん)と私は、かれこれ30年近くの腐れ縁になる。
確かあれは6歳の時、幼稚園でガキ大将にいじめられていた私を助けてくれたのがヅメさんで(男の子が女の子に助けられるというのも情けない話だがね!)、それがきっかけで友達になった。
ヅメさんは男の子よりよっぽど元気な女の子、私は病弱でしょっちゅう学校を休む男の子だったので、さしづめ『親分』『子分』という関係ではあったが。
その後、小学校・中学校と同じ学校だったので、ヅメさんとはよくつるんだものだ。
野球をしたり、テレビゲームに興じたり、蝉の羽をむしったり(特にヅメさんはよくむしってたね!)、色々遊んだものだ。
私は父が商社に勤めていたので、高校からは上海に引っ越すことになった。
引っ越した後もヅメさんとの交流は続き、当時はメールなども無く、国際電話も高額なため、手紙を頻繁に交わし続けた。
手紙では、私からは高校生ならではの青春の悩み(例えば彼女がどうこう、というやつだ)を打ち明け、ヅメさんからは『今月から小遣いが800円減る、どうしよう』という生活感溢れる相談を頻繁に受けたことを今でも覚えている。
大学・社会人となるにつれて段々と疎遠になっていった。徐々に自分の生活スタイルができてくるため、まあ仕方ない。20代にもなって、まさか蝉の羽を一緒にむしるわけもあるまい。
今ではフランス人の血を引く妻(少し自慢)をめとり、三児の父となった私だが、ヅメさんのことは『どうしてるかな?』と何か引っかかっていた。妻も『ヅメサンヌ?』というのが口癖になっていたものだ。
そんな中で今回の結婚のお知らせ。
ヅメさん、おめでとう!自分のことのように嬉しいよ(笑)!
結婚式には、招待されてない俺の親族も多数連れていくからな!
ここ数年はなかなか直接に顔を合わすこともできず、年賀状だけの付き合いになっていたが、それでも結婚式に招待してくれるとは。とても嬉しく思う。
今日は妻の提案でその彼女に電話をした。久しぶりに話してみると、声色も話す内容も全く昔と変わらず、それもまた嬉しく思う。
以下雑感。
彼女(以下ヅメさん)と私は、かれこれ30年近くの腐れ縁になる。
確かあれは6歳の時、幼稚園でガキ大将にいじめられていた私を助けてくれたのがヅメさんで(男の子が女の子に助けられるというのも情けない話だがね!)、それがきっかけで友達になった。
ヅメさんは男の子よりよっぽど元気な女の子、私は病弱でしょっちゅう学校を休む男の子だったので、さしづめ『親分』『子分』という関係ではあったが。
その後、小学校・中学校と同じ学校だったので、ヅメさんとはよくつるんだものだ。
野球をしたり、テレビゲームに興じたり、蝉の羽をむしったり(特にヅメさんはよくむしってたね!)、色々遊んだものだ。
私は父が商社に勤めていたので、高校からは上海に引っ越すことになった。
引っ越した後もヅメさんとの交流は続き、当時はメールなども無く、国際電話も高額なため、手紙を頻繁に交わし続けた。
手紙では、私からは高校生ならではの青春の悩み(例えば彼女がどうこう、というやつだ)を打ち明け、ヅメさんからは『今月から小遣いが800円減る、どうしよう』という生活感溢れる相談を頻繁に受けたことを今でも覚えている。
大学・社会人となるにつれて段々と疎遠になっていった。徐々に自分の生活スタイルができてくるため、まあ仕方ない。20代にもなって、まさか蝉の羽を一緒にむしるわけもあるまい。
今ではフランス人の血を引く妻(少し自慢)をめとり、三児の父となった私だが、ヅメさんのことは『どうしてるかな?』と何か引っかかっていた。妻も『ヅメサンヌ?』というのが口癖になっていたものだ。
そんな中で今回の結婚のお知らせ。
ヅメさん、おめでとう!自分のことのように嬉しいよ(笑)!
結婚式には、招待されてない俺の親族も多数連れていくからな!
妻から、次女(4歳)が保育園で大泣きしたと聞く。
次女には三人の担任の先生がおり(仮にA先生・B先生・C先生としよう)、そのうちのC先生が先週の卒園式で退職し、今朝は既に出勤しなかったのだ。
C先生は次女にとってとても仲良しの先生だったらしく、朝C先生が居ないことにショックを受け、更にC先生がもう保育園に来ないということを聞き、号泣したらしい。
A先生は次女の号泣を見て、思わずもらい泣きをしたという。
「大の大人を泣かせるほどの号泣ってどれ程や」、と私は思う。
夕方に帰宅した際に妻からその話を聞き、私はしかし「あの子は優しいな」と思う。
子息の卒園式で肩を震わせ泣いてる父親を見て、「あのオッサン、髪の毛パンチやのに息子の卒園式で笑っとるわ」とニヤニヤする私のような父親から、何故次女のような子が産まれてきたのであろうか。
目出度い別れであれ、死や病によるどうしようもない別離であれ、最前までここにいた人がいなくなるということは、非常に寂しいというか切ないというか、何とも言えないものである。
私は今までの人生の中で何回も起こってきたそれを、無意識におちょくってやり過ごしてきたような気がする。
そして、それは必ずしも得をしないということを今まで経験してきたような気がする。
ついこないだにも非常な身近な親戚が亡くなったが、冗談と思い出話で何とかやり過ごした。実際は、悲しみと切なさで引き裂かれそうな思いであるにも関わらずだ。
感情の素直な発露は、時に損をすることもあるが、大体において得をすることの方が多い。
それが意識するでもなくできる次女はラッキーだ。
是非、このまま育ってほしいと思う。
ふと東北の人達に想いを馳せる。
久しく日記を更新していなかったが、今覚えている限りの記憶を後追いでもいいから記録するべきかなと思う。
次女には三人の担任の先生がおり(仮にA先生・B先生・C先生としよう)、そのうちのC先生が先週の卒園式で退職し、今朝は既に出勤しなかったのだ。
C先生は次女にとってとても仲良しの先生だったらしく、朝C先生が居ないことにショックを受け、更にC先生がもう保育園に来ないということを聞き、号泣したらしい。
A先生は次女の号泣を見て、思わずもらい泣きをしたという。
「大の大人を泣かせるほどの号泣ってどれ程や」、と私は思う。
夕方に帰宅した際に妻からその話を聞き、私はしかし「あの子は優しいな」と思う。
子息の卒園式で肩を震わせ泣いてる父親を見て、「あのオッサン、髪の毛パンチやのに息子の卒園式で笑っとるわ」とニヤニヤする私のような父親から、何故次女のような子が産まれてきたのであろうか。
目出度い別れであれ、死や病によるどうしようもない別離であれ、最前までここにいた人がいなくなるということは、非常に寂しいというか切ないというか、何とも言えないものである。
私は今までの人生の中で何回も起こってきたそれを、無意識におちょくってやり過ごしてきたような気がする。
そして、それは必ずしも得をしないということを今まで経験してきたような気がする。
ついこないだにも非常な身近な親戚が亡くなったが、冗談と思い出話で何とかやり過ごした。実際は、悲しみと切なさで引き裂かれそうな思いであるにも関わらずだ。
感情の素直な発露は、時に損をすることもあるが、大体において得をすることの方が多い。
それが意識するでもなくできる次女はラッキーだ。
是非、このまま育ってほしいと思う。
ふと東北の人達に想いを馳せる。
久しく日記を更新していなかったが、今覚えている限りの記憶を後追いでもいいから記録するべきかなと思う。
何だかんだ早朝には出勤でき、仕事をする。
午後から時間が空いたので近くのショッピングセンターに行く。
くじ引きの券を妻が数枚持っており、長女・次女と共にくじ引き。
次女が『商品券500円』を当てる。
でかした。
午後から時間が空いたので近くのショッピングセンターに行く。
くじ引きの券を妻が数枚持っており、長女・次女と共にくじ引き。
次女が『商品券500円』を当てる。
でかした。
義理の弟夫婦に昨年産まれた子供のお祝いに参加する。
セナと名付けられたその娘 はひたすら大きく育っており、歓心に堪えない。
しかしながら少し呑み過ぎた。
昼12時から夜22時まで呑み続けというのは年齢的にもちいと辛い。
そんな中、義理の弟とオセロをする。
私の考えるオセロ必勝法を基に、対決。
結局は敗れたものの、非常に接戦となる。
妻とも対局。
非常な接戦。
しかし敗れる。
妻と義理の弟から、「正直ここまでやるとは」
と、賛辞を得る。
すっかりいい気分になって、しかし明日6時に起きて出勤できるのだろうかと思う。
セナと名付けられたその娘 はひたすら大きく育っており、歓心に堪えない。
しかしながら少し呑み過ぎた。
昼12時から夜22時まで呑み続けというのは年齢的にもちいと辛い。
そんな中、義理の弟とオセロをする。
私の考えるオセロ必勝法を基に、対決。
結局は敗れたものの、非常に接戦となる。
妻とも対局。
非常な接戦。
しかし敗れる。
妻と義理の弟から、「正直ここまでやるとは」
と、賛辞を得る。
すっかりいい気分になって、しかし明日6時に起きて出勤できるのだろうかと思う。
これを書いているのは3月28日である。
後追いにはなるが、何があったのか、何が起こって何を思ったかは記して無意義ではあるまい。
3月11日の午後、私は両親宅にいた。70歳になる母の作った、少し過剰かなと思われるボリュームの昼食を摂りながら国会中継を観ていた。
父親と議論を交わす。テレビ画面では管首相が献金疑惑で追及されている。
ミヤネ屋と国会中継を行ったり来たり、いつもの金曜日であった。
確かあの時は石原都知事が立候補会見を開くか開かないかという時だった。
テレビ画面内が揺れる。
一気に事態が緊迫する。
私の住む地域は全く地震の影響を受けなかった地域であるので、テレビ内ほど私は緊迫せず、トイレに行く。
トイレから出ると、母が非常に興奮している。ミヤネ屋からNHKにチャンネルを切り替え、「大津波警報」が出ていると言う。
父もまた非常に興奮している。
テレビには東北のある港の風景が流されている。
大したことはなさそうな、港の風景。
数分後、津波が押し寄せる。
テレビの中で漁船は踊るように海上を舞い、海水は地上に押し寄せる。
画面の端に立体駐車場があり、その屋上に数人の人影が見える。
あの人たちはあそこにいて大丈夫なのだろうか、直感で思う。
母が買いものに行くと言う。
カメラが切り替わり、テレビは名取川の流域を映す。
川を上っていく水流。
たちまち、水流は濁流と化し、溢れだし、近隣の住居や田畑を呑みこんで行く。
テレビはその様子を淡々と映す。
細い路地を車が走ろうとするが、渋滞し、思うように動けない。
車の幾つかが呑みこまれる。
丁度いいタイミングで母が買い物から帰ってくる。
母は、テレビに映る状況を観て「おお、大変やねえ。農業をする人は畑がダメになったらどうするんやろうねえ」という。
父は、「恐らくこれは数十人の死者では済まんやろうなあ。数万人になるかも知らんなあ」と呟く。
両親宅を16時半に出て17時には自宅に戻る。妻がツイッターで情報交換をしながら「今えらいことになってるよ!」と言う。
そんなことは分かっている。ベランダに行き煙草を吹かす。ベランダから新幹線の駅が見える。新幹線は動いていない。これも地震の影響であろうか。
煙草を吹かしながら眼前に広がる風景を見ると、車はいつもと同じように流れている。
一方私は、夕景を見ながら煙草を吹かしている。
煙草を吸って部屋に戻ると娘たちが「お父さん、また煙草吸ったん?」と急かしてくる。
全くいつもと変わらない情景に、戸惑いを覚える。
テレビの画面で見る東北の惨状と、今私の眼の前に広がる日常と、どちらが本当の日本なのだろうか。
店に戻って仕事をしようとするも、何とはなしに手が付かず。
後追いにはなるが、何があったのか、何が起こって何を思ったかは記して無意義ではあるまい。
3月11日の午後、私は両親宅にいた。70歳になる母の作った、少し過剰かなと思われるボリュームの昼食を摂りながら国会中継を観ていた。
父親と議論を交わす。テレビ画面では管首相が献金疑惑で追及されている。
ミヤネ屋と国会中継を行ったり来たり、いつもの金曜日であった。
確かあの時は石原都知事が立候補会見を開くか開かないかという時だった。
テレビ画面内が揺れる。
一気に事態が緊迫する。
私の住む地域は全く地震の影響を受けなかった地域であるので、テレビ内ほど私は緊迫せず、トイレに行く。
トイレから出ると、母が非常に興奮している。ミヤネ屋からNHKにチャンネルを切り替え、「大津波警報」が出ていると言う。
父もまた非常に興奮している。
テレビには東北のある港の風景が流されている。
大したことはなさそうな、港の風景。
数分後、津波が押し寄せる。
テレビの中で漁船は踊るように海上を舞い、海水は地上に押し寄せる。
画面の端に立体駐車場があり、その屋上に数人の人影が見える。
あの人たちはあそこにいて大丈夫なのだろうか、直感で思う。
母が買いものに行くと言う。
カメラが切り替わり、テレビは名取川の流域を映す。
川を上っていく水流。
たちまち、水流は濁流と化し、溢れだし、近隣の住居や田畑を呑みこんで行く。
テレビはその様子を淡々と映す。
細い路地を車が走ろうとするが、渋滞し、思うように動けない。
車の幾つかが呑みこまれる。
丁度いいタイミングで母が買い物から帰ってくる。
母は、テレビに映る状況を観て「おお、大変やねえ。農業をする人は畑がダメになったらどうするんやろうねえ」という。
父は、「恐らくこれは数十人の死者では済まんやろうなあ。数万人になるかも知らんなあ」と呟く。
両親宅を16時半に出て17時には自宅に戻る。妻がツイッターで情報交換をしながら「今えらいことになってるよ!」と言う。
そんなことは分かっている。ベランダに行き煙草を吹かす。ベランダから新幹線の駅が見える。新幹線は動いていない。これも地震の影響であろうか。
煙草を吹かしながら眼前に広がる風景を見ると、車はいつもと同じように流れている。
一方私は、夕景を見ながら煙草を吹かしている。
煙草を吸って部屋に戻ると娘たちが「お父さん、また煙草吸ったん?」と急かしてくる。
全くいつもと変わらない情景に、戸惑いを覚える。
テレビの画面で見る東北の惨状と、今私の眼の前に広がる日常と、どちらが本当の日本なのだろうか。
店に戻って仕事をしようとするも、何とはなしに手が付かず。