夫(35歳)です。
私は『ハウスダストアレルギー』なる不治の病を有しており、毎年春と秋、いわゆる花粉症が流行する時期には非常に辛い思いをする。
花粉というのは微細なダストと同じなので、スギ花粉やヒノキ花粉は、風に乗ってふわりと飛んでは私の鼻や眼を痒がらせるのだ。
厄介なことに、今私の働く店の周囲にはセイタカアワダチソウ(この辺ではブタクサと呼ぶ)が満開である。眼の前に広がる景色、真っ黄色なのである。
ジグソーパズルにするには格好の風景ではあるのだが、店の入り口ドアが開く度、セイタカっち(こう書くと少し憎さが和らぐ)は店の中、そして私の鼻腔に侵入して、私に『ビエングソン!』という、あたかもノルウェーのテニスプレイヤーのようなクシャミをさせるのだ。
『ブランセッ!』と、グルメが舌鼓を打った時のようなクシャミをさせるのだ。
スタッフにアイスクリームの発注を指導する際、『パピコ』を『バビゴ』と言わせるのだ。怪獣か。
『お疲れさまでした』を『オヅガレザバデジダ』と言わせるのだ。ロシアの前衛映画か。
こんな細かい闘いを続けながらの毎日。
明日は『鳩』のことをを『バド』と、過剰に格好良く言ってしまわない程度の花粉の飛散量であってほしいものだ。
以下雑感。
・貫井徳郎氏の『慟哭』を、数日前に読了した。ここに書くのを忘れていた。『驚愕のラスト』というフレーズがこれほど合う作品があるだろうか。巻末を見ると、この作品を書いた当時、著者は25歳だったという。何たる才能。私は昔、筆を以て生涯の仕事にしたいと考えたことがあるが、そうしなくて本当に良かった。恥を掻くどころか一生を棒に振るところであった。
・現在、和田竜氏の『のぼうの城』が本棚で待機中である。話題の本。金の無い私にとって、文庫化は待望であった。しかし現在、なにしろセイタカっちのせいで眼が疲れているので、本を読む気にならない。もうしばらく経ったら読み始めよう。
・昼。仕事でトラブルがある。解決後、『ゆとり教育』と『宗教への執心』は、行き着くところ同じではないかと考える。大袈裟に言うと、『無邪気』は決して社会とは相容れない。来年から少し緩和されるようだが、私達が幼少の頃に比べて、大幅にゆとりのある教育を受ける子供等には『学校で教えてはもらえない色々な事』を、家庭の中で教えていかないといけないのだろう。そうしないと、近い将来きっと子供等が苦労する。
・次女(4歳)を保育園に迎えに行く。仲良しの男の子とお迎えのタイミングが一緒になる。男の子、やたらテンションが高い。「ジャンプするとこ、見といて!」としきりに次女に言う。男の子、やや高いところからジャンプする。「どうや!」という顔をする。次女、作った笑顔を浮かべ「・・・おー、凄いねえ」と言う。大人だ。