スロット取材歴が13年こえた…
そもそも、なぜスロットの取材をするようになったか?
もともと生活の為にスロットを毎日打つ人生だった
その前の仕事はなんだと思う?
これは…
美容室のアシスタント
小倉時代に色々な仕事をしようと思ってたどりついたのが美容室のアシスタント。ジャンプーをしたりエクステの手伝いをしたり…
なぜやめた?
お金がないから…
給料前借りしてたから…
スロットも負けて…
借金20万になったから…
選択肢として実家に帰って金をためるしかなかった
当時、色々な人間関係もきり小倉から実家に帰った
もう、それしか選択肢がなかった
所詮バイトなんて繋いで繋いで
本当にやりたい事にも辿り着かない
やめたら、また家賃を払う為にすぐ働かないといけない。その選択として以前した事がある業種
この繰り返しで未来はない
つまり、どこかで人は止まらないといけない
止まる事が大事な時もある
歩みを止める為に実家に帰った
実家があるだけありがたい事
財布の中は34円ぐらいしかない
100円すらない
だから最後は親が荷物をとりにきてそのまま車で帰った
なんとむなしい…財布よ
25歳にして財布の中身が34円
100円すらない…
実家に帰る前に何度も何度も聞いて
何度も何度もカラオケで歌った曲がある
ミスチルの
星になれたら
この曲の
さようなら会えなくなるけど寂しくなんかないよ
そのうちきっと大きな声で笑える日がくるはず
いつか笑える日がくる事を信じて我慢しよう
100万円貯めようと思った
そして地元に帰りする事がなく…
弟についてく日々
数日後には弟がマッハGOGOGOの夕方抽選あるからいこうやと言われてついていった
2人でとれたけどお金がなくて
隣の人がめちゃくちゃでて
5000枚でてた
確かに出てる人は半数いた
2人はどうかというと
マイナス8万円だ!
さらっと言われた
4万よろしくね!
実家に帰りわずか数日で借金が4万増えて
借金24万だ
その数日後、また弟が朝からうちに行こうと言われてついていった
そこで弟が11000円打ち込んで出ないから
自分が横に座って話してた時に
ずれてほしい、その台を打つからと…言われてずれた
その台を弟が1回転まわすとボーナス確定した
猪木のスロットで1回転でボーナスが確定した
これは!!!
と、思い
猪木のまわってない台を探すと1台だけあり
3枚ちょーだいと伝えて
3枚を猪木にいれて7を揃えると
ビッグボーナスが揃った
そのまま闘魂チャンスを消化して
7000枚でた
14万勝ち
これは店がわざと当たりを仕込むモーニングというもの
弟に4万返して、次の日から1000円をにぎりしめて
毎日ボーナスを消化した
もちろんどの台が当たりかわからないし
猪木の台にはいらなく北斗で争いながらモーニングをとる日々
それを半年間繰り返した
そして無一文から半年で100万円貯めた
それがスロット人生の始まり
その後はモーニングもなくなり
試行錯誤してスロット生活を始めた
最終的には1500万貯めるも全て人に渡して
0円になるという結末
投資金5万円握りしめて
また人生をかえるべく
熊本に引っ越した
その時、人生をかえるべく離婚した際に1000万払う約束もした
つまり15年前
1500万→0円 手持ち5万
レオパレス3ヶ月分 15万支払い
さらに -1000万
つまり振り幅15年前で
−2500万
無職
借金1000万
手持ち5万
熊本で5万を35万増やして毎月7万振り込んで
残りで生活する日々
それを約2年して…
このままだと生活できないかもしれないと
稼働中にパチンコ雑誌
フリーペーパーにある電話番号に電話をして記事を書かせてくださいと言った
ただこれ、素人が記事を書かせてくださいと言ったわけではなく…当時モバゲーで小説を書くコンテンツがあった
当時12万作品あって
自分が書いたスロット小説
コイン3枚で人生をかえた男
ノンフィクションの部門2位
12万作品中
19位までいった実績があった
だから何かできるかもしれないと電話をした
そこから取材とスロットの兼業をずっとした
取材だけだと生活は無理
だから自分は長くできてる
ほとんどの人は生活できなくてやめた
そして今に至る
ちなみに1000万の養育費は
930万支払いしてる
残り70万
これは言えるが子供いて離婚して養育費を払ってない人がいくらサラリーマンという仕事をしていてもこの自分はスロ専でも支払い続けてきた。だから自分をバカにする事はできない。
こんな感じで13年、取材の仕事をしてる
いつなくなるかわからない
それはそれでその準備をするだけ
そこは考えて生きてる
スロ専は不安と生きるから常に何かを考える
信じてるよ



