はっきり書こう。『今は』通用しない。
理系出身者が重用視される時代は変化の時代だ
世の中は、変化と停滞、変化と停滞、変化と停滞を繰り返している。
アートではなく、サイエンス。
ーーー
最近、中国だけでなく日本人でも国の指導部に理系出身者が増えている。
政治家ですらそうなのだから、企業経営者にも理系出身者が増えている。
このことにより国がさらに栄えるようになったかどうかは定かでないが、
少なくとも、理系出身者が経営者となった企業は伸びる可能性が高いと思う。
過去を振り返ってみよう。
たとえば松下幸之助氏は、大学を出ていなくとも立派な技術屋であり、
間違いなく理系人間であった。本田宗一郎氏も、井深大氏もそうだ。
彼らは、ホンダ、ソニーという日本を代表するベンチャー企業を創業した。
現在でも学生時代に自動翻訳機を発明したソフトバンクの孫正義社長などは
理系だと言ってもよいだろう。
最近の理系出身者の台頭は仮説をたてなければならないほど、
先が読めない時代が来ているからではないだろうか。
昔のように、右肩上がりで横揺れの少ない時代はもう戻って来ない。
あの時代は仮説など必要なかった。
国の作ったルールを守りさえすれば、ほとんどの会社は自動的に成長することができた。
高度成長期からバブル景気までは、来年は必ず今年よりもいい年だった。
市場は拡大し、売り上げも伸びたからだ。
国の作ったルールを守ることだけにたけた法学部出身者が幅を利かせていた時代だと思う。
しかし、いまでは一年後のことすら予測はつかない。
予測がつくとしても、もし今年が去年より良くなったとしても、
大幅には良くならないだろうという予測くらいでしかない。
大きな潮流はさらに不明だ。
自分が属する産業は成長するだろうか、
衰退するだろうか、または存在すらしなくなるのだろうか、
それすら判然としない。先行きがまったく不透明な時代なのだ。
だからこそ、
今は経営者も政治家も夢のある仮説を立てる人が生き残る時代だと思う。
それゆえに経営者や政治家の世界では、理系の人間が増えているのだ。
前述したように理系の人間はひとえに仮説検証のプロセスに慣れている
『論理的な思考』を持った人、仮説を立てられる勇気のある人だからなのだ。
繰り返しだが、右肩上がりで変化の少ない時代や、繰り返しのルーティーンワークのなかで、
その精度をひたすら磨いていくことが重要なときには彼らは向かないだろう。
そういう時代には法学部系の人材が経営の舵取りをしたほうがいい。
ーーー
アートではなく、サイエンス。
アートよりも、サイエンスが人を救っている
それが現実です。
自己満足の概念の上をいくのが、サイエンスです。
上目線で、自分の表現、スゴいでしょ?
とやられても、『だからどうしたの?』と不快に思えど、
相手に爽快な気分にはさせない。
『だからどうしたの?』
『それが、どんな役に立つんですか?』
話を聴ける人と、話の聴けない人の違いに近いのかもしれない。
本当に優秀だと思えることは表現ではない、『使ってもらえることか?どうか?』だ。
否定ではありあせん。
求められている時代の流れが違うだけなのです。
それは、上記引用の成毛眞さんの文章を読んでもらえれば
理解できるはずです。
特に成毛さんの文章中、下記部分は核心です。
>国の作ったルールを守りさえすれば、
>ほとんどの会社は自動的に成長することができた。
これは言い換えればもっと解りやすくなる
アートの価値観を定義するメディア団体の作ったルールを守りさえすれば
昔はほとんどの会社は自動的に成長することができた。
はっきり、書こう。
いまは通用しない。そんな時代を生きている。
アートではなく、サイエンス。
アートよりも、サイエンスが人を救っている
それが現実です。
相手のことを考えてゆくと行き着くのがサイエンスなんです。
明らかに、時代の流れは
『おれってすごいでしょ』の流れにはない。
お金を川上で動かそうとする広告代理店仲間、
事業として生身のお金を扱う経営者仲間との会食時、
そんな話題となった。
上記[ー]部分は、成毛眞さん(著)
『実践!多読術』からの引用記録文章・アフォリズムです。
アフォリズムとは、物事の真実を簡潔に鋭く表現した語句。
自身で解釈・理解する為の記録・引用です。
上記文章には前後の文脈があり初めて本来の意味をなしえます。
ぜひ、実際に書籍を手に取り文脈を辿られ理解されることを推薦いたします。
本に書いてあることは、その著者のひとつの意見として受け止めればいい。
世の中にはいろいろな考えの人がいる。それを受け止めるのと受け止めないのとでは、
大きな違いがある。
intelligence making the world a better place.
映画も書籍も、目標は去年超
『本を読む時間がないのではなく、本を読まないから時間がない』
という言葉もあるこの言葉は間違いなく、真実です。
読書は『見えていないことが、見えるようになる』知能の体力づくりです。
そして、読書が新しい人格をつくり、アウトプットをつくる。
5/25 現在38本
【10年269本観了】【09年265本観了】【08年273本観了】
5/26 現在453冊
【10年475冊読了】【09年402冊読了】【08年238冊読了】
【07年143冊読了】通算、1111冊(2010.11/8)、読了通過。
味方であれば心強く、敵に回したら怖い存在であれ。
というのを知能の信条としている。
アスリートは、違いますよ。
意図的情報付加価値をつけなければ価値主張できない虚像ではなく、
目の前にいる実像ですから。

世の中は、変化と停滞、変化と停滞、変化と停滞を繰り返している。
アートではなく、サイエンス。
ーーー
最近、中国だけでなく日本人でも国の指導部に理系出身者が増えている。
政治家ですらそうなのだから、企業経営者にも理系出身者が増えている。
このことにより国がさらに栄えるようになったかどうかは定かでないが、
少なくとも、理系出身者が経営者となった企業は伸びる可能性が高いと思う。
過去を振り返ってみよう。
たとえば松下幸之助氏は、大学を出ていなくとも立派な技術屋であり、
間違いなく理系人間であった。本田宗一郎氏も、井深大氏もそうだ。
彼らは、ホンダ、ソニーという日本を代表するベンチャー企業を創業した。
現在でも学生時代に自動翻訳機を発明したソフトバンクの孫正義社長などは
理系だと言ってもよいだろう。
最近の理系出身者の台頭は仮説をたてなければならないほど、
先が読めない時代が来ているからではないだろうか。
昔のように、右肩上がりで横揺れの少ない時代はもう戻って来ない。
あの時代は仮説など必要なかった。
国の作ったルールを守りさえすれば、ほとんどの会社は自動的に成長することができた。
高度成長期からバブル景気までは、来年は必ず今年よりもいい年だった。
市場は拡大し、売り上げも伸びたからだ。
国の作ったルールを守ることだけにたけた法学部出身者が幅を利かせていた時代だと思う。
しかし、いまでは一年後のことすら予測はつかない。
予測がつくとしても、もし今年が去年より良くなったとしても、
大幅には良くならないだろうという予測くらいでしかない。
大きな潮流はさらに不明だ。
自分が属する産業は成長するだろうか、
衰退するだろうか、または存在すらしなくなるのだろうか、
それすら判然としない。先行きがまったく不透明な時代なのだ。
だからこそ、
今は経営者も政治家も夢のある仮説を立てる人が生き残る時代だと思う。
それゆえに経営者や政治家の世界では、理系の人間が増えているのだ。
前述したように理系の人間はひとえに仮説検証のプロセスに慣れている
『論理的な思考』を持った人、仮説を立てられる勇気のある人だからなのだ。
繰り返しだが、右肩上がりで変化の少ない時代や、繰り返しのルーティーンワークのなかで、
その精度をひたすら磨いていくことが重要なときには彼らは向かないだろう。
そういう時代には法学部系の人材が経営の舵取りをしたほうがいい。
ーーー
アートではなく、サイエンス。
アートよりも、サイエンスが人を救っている
それが現実です。
自己満足の概念の上をいくのが、サイエンスです。
上目線で、自分の表現、スゴいでしょ?
とやられても、『だからどうしたの?』と不快に思えど、
相手に爽快な気分にはさせない。
『だからどうしたの?』
『それが、どんな役に立つんですか?』
話を聴ける人と、話の聴けない人の違いに近いのかもしれない。
本当に優秀だと思えることは表現ではない、『使ってもらえることか?どうか?』だ。
否定ではありあせん。
求められている時代の流れが違うだけなのです。
それは、上記引用の成毛眞さんの文章を読んでもらえれば
理解できるはずです。
特に成毛さんの文章中、下記部分は核心です。
>国の作ったルールを守りさえすれば、
>ほとんどの会社は自動的に成長することができた。
これは言い換えればもっと解りやすくなる
アートの価値観を定義するメディア団体の作ったルールを守りさえすれば
昔はほとんどの会社は自動的に成長することができた。
はっきり、書こう。
いまは通用しない。そんな時代を生きている。
アートではなく、サイエンス。
アートよりも、サイエンスが人を救っている
それが現実です。
相手のことを考えてゆくと行き着くのがサイエンスなんです。
明らかに、時代の流れは
『おれってすごいでしょ』の流れにはない。
お金を川上で動かそうとする広告代理店仲間、
事業として生身のお金を扱う経営者仲間との会食時、
そんな話題となった。
上記[ー]部分は、成毛眞さん(著)
『実践!多読術』からの引用記録文章・アフォリズムです。
アフォリズムとは、物事の真実を簡潔に鋭く表現した語句。
自身で解釈・理解する為の記録・引用です。
上記文章には前後の文脈があり初めて本来の意味をなしえます。
ぜひ、実際に書籍を手に取り文脈を辿られ理解されることを推薦いたします。
本に書いてあることは、その著者のひとつの意見として受け止めればいい。
世の中にはいろいろな考えの人がいる。それを受け止めるのと受け止めないのとでは、
大きな違いがある。
intelligence making the world a better place.
映画も書籍も、目標は去年超
『本を読む時間がないのではなく、本を読まないから時間がない』
という言葉もあるこの言葉は間違いなく、真実です。
読書は『見えていないことが、見えるようになる』知能の体力づくりです。
そして、読書が新しい人格をつくり、アウトプットをつくる。
5/25 現在38本
【10年269本観了】【09年265本観了】【08年273本観了】
5/26 現在453冊
【10年475冊読了】【09年402冊読了】【08年238冊読了】
【07年143冊読了】通算、1111冊(2010.11/8)、読了通過。
味方であれば心強く、敵に回したら怖い存在であれ。
というのを知能の信条としている。
アスリートは、違いますよ。
意図的情報付加価値をつけなければ価値主張できない虚像ではなく、
目の前にいる実像ですから。
