『頑張って』と言わないで… 被災地からの悲痛な声。
徐々にではあるが東日本大震災が発生した地域では、
電気などのライフラインが復旧し始めている。
被災地の方がやっとテレビなどを見られるようになったわけだが、
何度も画面から流れてくるある“言葉”に苦しめられているという。
報道番組などで、避難所からの現地生中継が多くなった。
被災された方の無事が確認できる貴重な場であり、大いに放送して欲しい。
中継の最後にスタジオのアナウンサーなどが、「日本中が応援しています。
頑張ってください!」などと締めくくることが多い。
その言葉を聞いた被災地の方が、
困惑した表情を浮かべた映像を見た視聴者はいないだろうか。
3月19日の『ニュース 深読み』(NHK総合)では、被災者から次のようなコメントが寄せられた。
「電気が復旧し、避難所から自宅を片付けるため家に戻った。あまりの惨状に呆然としていると
テレビから、“頑張ってください。”との声がしてきた。何度も何度も。
“これ以上、どうやって頑張るの?”と悲しくなった。」「“頑張ってください。”って
言葉を聞くたびに、落ち込んでしまいます。」
被災地の方も、心からの励ましの言葉なのだと分かっている。
分かっていても、心も体も疲れきり途方にくれているので「頑張ってください。」の言葉が
重く心に圧し掛かり、怒りや悲しみを感じる方もいるようだ。
上記のコメントを寄せて頂いた被災地の方は、「具合は悪くないですか?」「何か出来る事は、
ありますか?」など気遣いの言葉が嬉しかった―と述べていた。
これから被災地の方が一時的に別の地域に避難されたり、仮住まいで引っ越されたりするケースも
多くなりそうだ。その時は「そばに寄り添い、気遣いの言葉をかけて欲しい。」というのが、
スタジオのボランティア団体の方からの意見であった。(TechinsightJapan編集部 みやび)
言葉。
『頑張れ』『頑張って』には強制的に努力を包摂する意味合いが強い。
そもそも他人から努力しろと言われ幸せに向かえる要素は薄い。
言葉そのものにいかに鈍感かが、こういうときに解ってしまう
気遣いの本当が解ってしまう、深層心理の階層のどこにいるかが解ってしまう
安易な言葉の偽善は本当に心に傷をおった人には届かない。
自分自身の体験からも、身近で起きた水難事故時、僕だけ助かり
息をしない友人の姿がどれほどに後の人生に、そして言葉に意識を向けることとなったか
そのとき言われた『頑張って』がどれほど浅はかに無責任な言葉に思えたか、
そのとき、『頑張れ』『頑張って』を安易に言葉にするひとは、
『絶対に理解できない』と思った。表層的に理解できても深層心理的には
感覚的には『絶対に理解できない』と悟った。
良い人に、偽い人に、なっているつもりなだけなんだよ。
『頑張れ』『頑張って』という言葉は
相手に向ける言葉じゃない。本来、自分自身に向ける言葉だ。
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