稲垣監督自身がリメイク。
ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞された作品です。
昔、阪妻の白黒の方は観たことがありましたが、こちらは今回がはじめてでした。
オリジナルの方、結構忘れているものです。
とっても新鮮に感じて観ることができました。
涙がじわじわと出てきて、手でぬぐい、ぬぐいの鑑賞。
映画、何もかも、みんな良かったです。
時代は明治から大正にかけて。舞台小屋のシーンからはじまって、
お祭りのシーン、日露戦争の祝賀パレード。提灯に灯を灯すあの光景。
味わい深い、昔独特のカラー映画といった感じでしょうか。
どこか劇画チックで、懐かしさもある。
物語は、松五郎の恋に焦点をあてております。
未亡人となった良子に対する、献身的な無償の愛の姿でした。
それと、良子の息子敏夫との交流。
交流というより、いつも親身になってあげて、何があっても守ってあげようという、まるで
下僕のような、そんな感じがしました。
敏夫が大きくなって、良子に「お友達からからかわれるから"ぼんぼん”ではなく“吉岡さん”と呼んでください」といわれ、寂しそうにする松五郎の姿が哀れにも感じられました。
かっこ良かったのが、「小倉祇園太鼓」の太鼓を打つ姿。
本物の太鼓打ちがいなくなったと嘆く敏夫の先生に、
これが本物の「祇園太鼓」だと、いろんなパターンの打ち方を披露するのですが、
良かったですね~。
役者さんって、本当にいろんなことができるものですね。
バチさばきもあざやか、もろ肌脱いで、力強く太鼓を打ち鳴らす三船の姿を拝見してそう思いました。
男気があって、乱暴なところもあるけど、優しい。
「自分は小学校もろくすぽ、出てないから、人力車の仕事しかないんです。」と良子に向かって言う松五郎にまた涙。
もし、生まれた環境が違っていたら。。
身分違いで、ウチに秘めた恋ごころなのですが、
告白しようとして、(多分)
松五郎が花火の打ちあがる晩、未亡人良子(高峰秀子)のところへ行きます。
縁側に出された座布団は脇においておいて、ただうなだれるばかり。
しまいに、良子の亡き軍人の夫の遺影の前で「オレの心は汚い」と泣いて、手をつきおわびをするのです。
「もう、奥さんには会いません」と良子の前を去る松五郎。
そのとき、はじめて、松五郎の胸のうちを知った良子なのでした。
どこか、寅さんにも通じるところがあって、
この二人に愛される女性はどんなにか、幸せなんだろうって思いました。
どうしようもなく不器用で、自分から身を引いてしまう。
松五郎に、幸せになって欲しいと、見ていて思うのですが、
一途な彼の性格は、自分を孤独の世界へ連れていってしまう。
シーンの移り変わりで、人力車の車がくるくると回るショットが差し込まれてます。
時の流れを表していました。
その車がぴたりと止まったとき、松五郎の人生も終わりを告げるのです。
走馬灯のように、色鮮やかにこれまでの人生が一瞬のように流れでるかのような画面。
ぼろぼろの家に住み、酒びんを手にしながら、雪の中で息絶えた松五郎。
小学校の校庭で、子供たちに発見されました。
この人力車夫、松五郎は、なんと!良子と敏夫名義の貯金までしていたのです。500円も。
それを知ったときの良子の嘆き。
あの花火の日から、ずっと会ってなかったであろう再会の日が、まさかこんなことに・・、(絶句)
また、涙、涙。
これぞ名作映画!(ベタかもしれませんが、そこが良い。 )
色褪せない、永遠の美しさがありました。
デコちゃんこと高峰秀子の品の良いかわいらしさにも注目しました。
