第1章はアスランが造ったナルニア王国は白い魔女によって雪に閉ざされた世界でした。
人間界からやってきた4人の子供たちはアスランとともに、魔女の力を砕きました。

 

そうそう。サンタさんにもらた贈り物。これが重要なアイテムでした。
ピーターには、盾と剣。
スーザンには弓と角笛。
ルーシーには、癒しの薬の瓶と短剣。
(4人兄弟のエドマンドは事情があってもらえなかったです。)

 

あの物語より1年後、
まさに言葉通り時空を超えてやってきた4人兄弟。
かつて住んだ城が廃墟となっていました。
王国を築いた時より1300年も経っていました。

ナルニアを滅ぼしたのは人間。
人間世界からルーシーたちがやってきたように、抜け穴のようなところからやってきて住み着いた彼ら。
ドワーフ(小人)や半獣神、空を飛ぶ獣、もの言う動物たちは
テルマール人(人間)たちに敗れ、僅かに残ったものたちは森の奥に隠れてしまっていました。

ところが、テルマール人の王を継ぐべきカスピアン王子が、叔父夫婦に赤ちゃんが産まれたため、
危うい命に。
家庭教師に助けられ逃げ伸びるカスピアンのもとにはあのスーザンの角笛が。
いよいよの時にそれを吹き鳴らすと、助けがやってくるというもの。

さてさて、かつての王、王女であった4人兄弟と、カスピアン王子が、ミラース率いるテルマール軍を倒せるのか!
金髪のたて髪を持ったライオンの姿のアスランはどこで登場してくれるのか!

 

今回はかなりの戦闘シーンが多かったです。
それも大掛かりな。
ミラース軍が投石機を持ち出せば、妖精や獣たちナルニア国軍は、微力ながらも空には空飛ぶけもの。
猛々しい姿をした半獣神も果敢に戦い、小さなねずみたちも剣を振りかざして懸命に戦います。
ピーターは、ミラースとの一騎打ちにまでにも。

 

でもどうにもこうにも軍配はテルマール軍に。
アスランはいつ助けにきてくれるかとやきもきしてしまいます。

 

小人トランプキンと4人の間に芽生える友情、スーザンとカスピアン王子との間のほのかな恋愛感情など、映画は織り込んで見せてくれました。

 

動物たちの動きもかわいらしく、ねずみのチープリーフが小さな姿に似合わず勇敢な姿に微笑ましく思いました。
アナグマもわいい。ケンタロウスは勇敢。半獣神はかっこいい!
動物たちがあいかわらず、リアルでした。

 

原作に描ききれないもの。
それは映像によって見事にクリアできたようです。

 

アスランがいよいよの時になって力を発揮する場面。

 

森の木々たちのあの動きは本当にすばらしいものでした!!
枝が腕となり、ぶんぶん振りまわし、根っこが足になり歩き出す。

 

あの川のシーンなんて、いろいろなファンタジー映画を観てきましたが、最高に胸躍るシーンでした。
『ハムナトプラ』の砂が大きな口を開けて襲いかかってくるあのシーンに匹敵するくらい。

 

それほど、映像はすごかったです。
観客を喜ばせるためなのか、戦闘シーンが多すぎた感もありますが、
そこは、この手のファンタジー映画の難しいところですね。
監督がどれだけ、原作の持つ“言霊”を映像にできるか。

 

でも、末っ子ルーシーによってその部分は補えたような気もします。
ルーシーが真っ先にアスランを見つけ、
大決戦で負傷を負った小人トランプキンに癒しの薬をたらしてあげたり。

 

ナルニア国は、さまざまなけものたち、小人たち、異人種の集まりなのですが、
人間たちがそれを滅ぼそうとするところに、この物語のメッセージが隠れているようにも感じます。


 

4人の兄弟たちはまだ子供。子供たちにはその差別はない。
でも最後の方でアスランが預言するのです。
上の子二人ピーターとスーザンは、次はナルニア国へは戻れないということを。
それは彼らが大人へ1歩踏み出したから。



 

宗教色の強い物語と言われているだけあって、神が助けてくれる、お祈りしなさい。
とのメッセージもある物語のような部分もあるのですが、
私の中遠藤周作の『沈黙』のあの本もちらちら映画を観ながら思い浮かべてもしまいました。
そこは観る人によって違うと思います。

 

まぁ、そんなことは深く考えずに単純に映像を楽しむにはいいかもしれません。

 

撮影はニュージーランドで行われたそうです。