すばらしいラストのこの映画。
こんなすばらしいラストの映画を観たのは久しぶりのような気がします。
感動という点では『ニュー・シネマ・パラダイス』のあの感動以来かも。
こんなすばらしいラストの映画を観たのは久しぶりのような気がします。
感動という点では『ニュー・シネマ・パラダイス』のあの感動以来かも。
ラストのすばらしさに泣きました。
どこか西部劇も思わせられるこの映画。
ハリウッドが生み出した西部劇ではなく、現代の新しい西部劇です。
ハリウッドが生み出した西部劇ではなく、現代の新しい西部劇です。
最初、頑固で偏屈オヤジが、家族にも相手にされず、
でも隣人によって変わっていくホームドラマ、そんな風に進んでいくのかと思いました。
でも隣人によって変わっていくホームドラマ、そんな風に進んでいくのかと思いました。
ところが、ドラマが進むにしたがって、クリント・イーストウッドの苦悩する姿が見えてくるのです。
かつての西部劇にはヒーローがいて、悪人を倒す。
そこには暴力による解決がありました。
それを観て、私たちはハッピーエンドととらえ、スカッとした気分になれたものです。
そこには暴力による解決がありました。
それを観て、私たちはハッピーエンドととらえ、スカッとした気分になれたものです。
アメリカ人の白人優越主義。良い白人と悪いインディアンという構図もかつてはありました。
そこに何の疑問も感じることなく観てました。
(それは大変におかしいことだと気づいたのは随分経ってからのことです)
そこに何の疑問も感じることなく観てました。
(それは大変におかしいことだと気づいたのは随分経ってからのことです)
それがベトナム戦争へのアメリカの関わり方や、朝鮮戦争での反省も出てきて、
良きアメリカだったハズが、だんだん苦悩するアメリカになってきた。
クリント・イーストウッド扮する偏屈親父ウォルトも映画の中で悩んでいるシーンがあります。
日ごろははなはだしい人種差別の言葉を吐きだしているクセに、
だんだん隣人たちアジア系のモン族の家族に接していくうち、
垣根はとりはらわれ、自分の家族以上に親しくなっていく。
良きアメリカだったハズが、だんだん苦悩するアメリカになってきた。
クリント・イーストウッド扮する偏屈親父ウォルトも映画の中で悩んでいるシーンがあります。
日ごろははなはだしい人種差別の言葉を吐きだしているクセに、
だんだん隣人たちアジア系のモン族の家族に接していくうち、
垣根はとりはらわれ、自分の家族以上に親しくなっていく。
タオに何とか仕事に就けさせようと、“大人の会話”を仕込むために床屋に連れていくシーン。
ユーモアがあり、笑えるシーンです。
ユーモアがあり、笑えるシーンです。
かつて、アメリカ映画には良きユーモアもありました。
この辺に良き時代のアメリカへのノスタルジアを感じることができました。
この辺に良き時代のアメリカへのノスタルジアを感じることができました。
主人公ウォルトの持つ自慢の車。「グラン・トリノ」これがアメリカの象徴のようでした。
その良き時代のアメリカが、いまや暗雲たちこめてしまってます。
『ノーカントリー』という映画でも感じた不気味さ。
銃社会の怖さもあります。
銃社会の怖さもあります。
でもこの『グラン・トリノ』という車。
良き時代のアメリカ、良きユーモアのあったアメリカ。その象徴の車を次の世代に受け継ぐために必要なこと。
そして、本当の意味での良きアメリカになるために、
良き時代のアメリカ、良きユーモアのあったアメリカ。その象徴の車を次の世代に受け継ぐために必要なこと。
そして、本当の意味での良きアメリカになるために、
これからの道しるべに必要なもの。
何かそれを暗示させてくれるような映画でした。
