またこの映画で知らなかったことを知ることができました。

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1956年、ソ連の衛星国として共産政権下にあったハンガリーで、市民たちは自由を求める声を求める声をあげた。しかし、その声はやがて多くの血を流す戦いにいたり、自由への希求はソ連軍の圧倒的な兵力の前に踏みにじらた。
その数週間後、オーストラリアのメルボルンでオリンピックが開催された。
ハンガリーの水球チームは、そこで運命の女神の悪戯か、ソ連チームと戦うこにになった。
のちにオリンピックの歴史に「メルボルンの流血戦」として刻まれる、政治的悲劇にもっとも彩られたゲームである。(HP http://www.hungary1956-movie.com/より)

 

女子学生ヴィキと水球選手カルチの時代に翻弄されていく物語。

 

カルチは国を代表する水球選手。
ヴィキは聡明で美しく、真っ先にデモ隊に参加するような自由のためなら身も捧げるような女性。
学生たちにデモに参加するように声高々に叫んでる。
両親を秘密警察AVOによって亡くしている。
最初は政治に無関心だったカルチだったが、自分の身の周りにもだんだん政治の圧力がかかってきて、また勇敢なヴィキを愛するようになって、ヴィキと一緒にデモにも参加するようになる。

 

普通の市民が銃をかついで、軍に対抗しようとする。
でも装甲車の前にはなす術もない。

 

何度も繰り返されてきたような、目を覆いたくなるような光景。
1989年、天安門広場での生々しい衝撃や、最近ではチベットでの光景などなど。

 

微力な市民の力は国家権力に対してなす術もないのかー。

 

市民が結集して電気の消された街の中、ろうそくやたいまつを照らすシーンは美しい。
どんな圧力にも屈してはならないという決意の姿。

 

美しい古い街並みに、醜い戦車は似合わない。
ずかずかと入り込んできた戦車に虫けらのように殺されていく一般市民の姿。
ドナウの真珠と呼ばれるブタペストが血で覆われていくすさまじさ。

 

それでもヴィキの魂は強靭で、自由を求めることはやめない。

 

オリンピックへ行く夢を捨てヴィキの傍にいようとしたカルチだったが、
ヴィキは母の形見のネックレスを彼に渡し、いつもあなたと一緒にいるからと、オリンピックへ送りだす。

 

市民の想いを背負い、オリンピックでソ連と闘う彼ら。
観客もハンガリーに熱い声援を送っていた。
水球シーンがまるで、プールの中での市民対ソ連の闘いを見るようなリアルさで胸に迫ってきた。
プールに赤い血が流れる。
ハンガリー選手の想い全てを水球にぶつけるところ。

 

映画の中ヴィキの姿は「ジャンヌ・ダルク」を彷彿とさせるようだった。
それと、以前観た「白バラの祈りーゾフィー・ショル、最期の日々」
のゾフィーの固い信念とも重なり、涙を誘う。
絶対自分じゃできないよな、とも思う。

 

1956年というと遠い過去の話ではない。
それからすぐに1960年代後半から1970年代前半まで続いた文化大革命が始めるのだから、
人間ってどれだけ愚かな生き物かとも思ってしまう。

 

学校の歴史で習うことより、こうやって映画を観る方が、身にしみて感じて覚えられるような気がする。

 

製作国 ハンガリー
初公開年月 2007/11/17