桜桃の味」ネタばれ
イラン映画です。1997年カンヌ映画祭で今村昌平監督の『うなぎ』とともにパルムドール(グランプリ)に輝きました。
主人公の男が自殺の手助けをしてくれる男を探す物語です。

 

何でこの主人公バディは自殺しようとしているのかは、最後まで分かりません。
ただ、表情から「うつ」っぽいな、と見られます。
イランの山間の木もあまり生えていないような、赤茶色の現在開発中な土地、土埃が舞うような殺風景な凸凹道を
車でゆっくりと、ず~っと手助けしてくれる男を探します。
自殺した後、自分の横たわった穴に土をバケツで20杯ほどかけてくれる男を。

 

プラスチックのゴミを集めてお金にしている若者や、神学生を車に乗せては、
いいお金になるから手伝ってくれないか、と頼みますが、断られます。
自分はゴミを売ったお金で十分とか、神学を学ぶ身ではムリとか。
二人とも、車に乗せられてとっても困ります。
男の話にちゃんと耳を傾けながら、どうしようという表情。
貧しいイランの国なのに大金に目もくらむことなく、自分のモラルを持って。

 

男は言います。
「僕が決意した気持ちは君にはきっと解らない。同じ苦しみは感じない。頭で理解したり同情できても、心の痛みは感じとれない。」

 

また、男を捜し求めて車をず~っと走らせていると、今度は老人に出会います。
老人は何とかこの男を助けたく、話かけます。
自分も以前に自殺を試みた。でも、そこで桑の実を食べた。
桑の実の美味しさに自殺を思いとどまった。世界は美しい。夕焼け、朝日、四季の果物、満月やそういったものを捨てるのか、

「桜桃の味も知らないで」


 

この映画の題名「桜桃の味」という言葉がここで出てきます。
「桜桃」とはさくらんぼの事。

 

ありきたりな世界の美しさの話ようりも、きっとこの男は「桜桃の味」という一言で心が揺さぶられたように見えました。
バディは、自殺の手助けを承諾してくれた老人を追いかけ言います。
「穴の自分に石を3つ投げてくれ。もしかしたら生きているかもしれないから」と。

 

映画はバディが老人を車に乗せてからの景色は、最初の土だらけの背景から、夕焼けや、働く人々の姿、子供たちの遊ぶ風景、
木々や花々を映します。さりげなく。

 

ラストは謎のまま終わります。自殺したのか、そうでないのか分かりません。
監督、スタッフの撮影風景に変わってしまいます。
そこは、見ている人の判断に委ねられている風でした。

 

監督は「自殺という出口があるから人は生きていけるのだ」と後でインタビューに答えてたそうです。
もちろんそれは、生きていけるということを強調した言葉です。
地味で説教くさくもなく、生と死を真っ向から撮った映画だと思いました。
人が何で生きて行こうと思うのかは、その人でなくては分からないものだと思いました。
ほんの単純な一言かもしれません。

 

地味な映画だけどなかなかな映画です。