一枚のハガキ。
そこには
「今日はお祭りですが あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません。 友子」
 
と。
いよいよ明日戦地へ行く森川定造(六平直政)に届けられた一枚のハガキ。
戦地へ行くことはくじ引きで決められた。
くじで戦地行きを逃れた松山啓太(豊川悦司)に、妻へ届けて欲しいと託す。
戦争が終わり、100人のうち6人に残った啓太。
家に帰ったものの、もぬけの殻。
嫁は自分の父親と駆け落ちしてしまっていた。
惰性に暮らしているうち思い出した1枚のハガキ。
友子(大竹しのぶ)の元へ届けようと、友子の家に行く。
そこは山深い場所にあって、水道も通っていないような辺鄙なところだった。
友子は、夫 定造が戦死した後、定造の弟三平も戦争で失い、
舅、姑にも死なれ、たった一人で生活していた。
時々やってくるのは、村の世話役 泉谷吉五郎(大杉漣)。
妻子がありながら、友子に惚れていてくどいてはいるものの、友子は意に介さない。
一枚のハガキを渡された友子は泣き叫ぶ。
ふと我に返り、せっかくこの山奥へ手紙を届けてくれたのだからと、貧しいながらも心のこもった食事で
啓太をもてなしてあげる。
 
運のいいことに、私 この映画を「キネマ旬報ベスト・テン表彰式」の会場で鑑賞することができました。
表彰式の時、新藤兼人監督が車イスで登場されました。
スピーチは同じことを何度も繰り返していたとはいえ、映画への情熱をまだまだ持ち続けておられるような
そんな気持ちが伝わってくるようなお話でした。99歳!感動です。
 
「一枚のハガキ」はどうしても監督が撮りたかった映画だったそうです。
ご自身の体験があったからこそ、このような素晴らしい映画ができあがったのでしょう。
 
「これはつくりものではない。」とアツクも語ってらっしゃいました。
 
戦争の体験のない私ですが、戦争によって引き起こされる悲劇が、より身近なものに感じた映画でもありました。
 
大竹しのぶの戦争に対する憤りを全身で表すところは、監督の叫びのようにも感じられました。
啓太が来た時は「何で貴方が生き残って、私の主人が死なけらばいけなかったの?」となじる言葉がありましたが、くじ引きだったということを知って、
「くじ運がいいのですね。それじゃ仕方がない」と、あきらめに変わりました。
 
くじによって人の人生が決まってしまう。
でも、生き残っても、生き残ったことに対する負い目、責め苦、がある。
 
なんて、戦争といいうものは人間にどれだけの苦しみを与えるものなのでしょう。
 
 
最後のシーンに、麦の種をまいて、
それが見事に麦畑になるシーンが出てきます。
 
この麦畑は、主人公友子が戦争の悲劇に負けず、たくましく生きた証でありました。
 
映画は戦争によって起こる悲劇を描いたものでしたが、
大杉漣演じる、村の世話役が登場することによって、ユーモアたっぷりなシーンもあり
リラックスして見られて良かったです。
 
監督99歳の作品である驚きを抜きにしても、キネマ旬報1位の作品にふさわしい映画だったでしょう。
 
とにかく生きていく!!
 
そんな気迫が友子を通じて当時の日本人の姿に感じられました。
 
感動しました。
 
 
 
 
 
以下、私の個人的なお話です。スルーしてください。
 
 
 
 
 

私が映画を観ながら思っていたのは、亡き父のことです。
私の父は17歳の時に軍隊に入りました。自分で志願したらしいです。
父の父親(私の祖父)が早くに亡くなり小学校を出てすぐに働かなくてはならなかった。
貧しい生活の中、軍隊に入ることはある意味必然的なことだったことでしょう。
棒取りゲームなどをして、負けた方は晩御飯を乗せたお盆を頭の上で両手で支える。
両腕が疲れてしまって、そのうち落としてしまうんだそうです。
そういった過酷な軍隊の生活を聞いたことがあります。
ゼロ戦の前で笑って立っていた写真もありました。(残念ながら母がみんな処分してしまってもうなくなってしまいました。こんなことをここで書かさせていただくのは、私の息子と、娘のためです。すみません)
いよいよ飛行機に乗って戦地に行くという前に戦争は終わりました。