「聖(サトシ)の青春」
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五歳でネフローゼに冒され、入退院を繰り返していた村山聖。
入院生活の気晴らしにと買ってもらった将棋盤と駒。
本好きの聖は将棋の本でたちまち腕をあげていく。
腎ネフローゼに冒され1年の半分以上を病院のベッドで過ごさなければならなかった聖。
自分に襲いかかった病気のため、癇癪を起しては周りにあたり散らしていた。
13歳のころ、森信雄六段の弟子入りをした聖。

 

この二人の奇妙な師弟関係が面白い。
弟子の聖の方が将棋は強い。
体が弱い聖の為お師匠さんである森は何やかんやと世話をしてあげる。
定食やで仲良く揃って食べる姿はまるで父子のようだった。
>師匠も弟子も、髪の毛も髭も伸び放題だった。とにかく二人とも、そういう身だしなみにまったく興味がないのである。
 村山は爪も切るのも嫌がった。
「爪は切らなあかんぞ」という森に
「髪も爪も伸びてくるのにはきっと意味があるんです。それに生えてくるのを切るのはかわいそうです」その言葉に返す言葉もない森だった。
森のアパートにはさまざまな人たちが転がりこんできていた。
そんな中、病気を抱えながら将棋に打ち込む聖。
奨励会という一種特殊な場所で命を削るように対戦する日々。
プロ棋士になるためには並大抵ではなれない。ただ上手いだけではなれない世界なのだ。
それを、病気を抱えた聖が入院をもしながら休場もしながらなしとげる。
病気のため顔はぱんぱんに腫れ上がり、一見異様な雰囲気な村山。
何かあったときは自分の全人格をかけて対峙しなくてはならないと自分に誓う森。
師匠の関係を超えてしまっている。
師匠が何時間もかけて作った問題を弟子の聖がつぶしていく。
そうやって何十時間もかけて一題の問題を完成させたりもする。

 

対戦後、持病のネフローゼが悪化したときなどは、
蒲団にくるまりただ体を休める。尿瓶のかわりのペットボトルを近くに置き、用はそこですませる。
水道からぽたぽた落ちる水滴の音を聞いて、自分が生きていることを確認し、また眠る日々。
そんな時、心配してやってくる森は弟子のためせっせとコンビニへ買出ししたりする。
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本は病気におびえながら闘う村山の姿と同時、当時の対戦の様子も伝えています。
それは谷川浩司だったり、羽生喜治だったり。
東に天才羽生がいれば、西に怪童村山がいると言われるまでになります。

 

平成5年の将棋界は中原誠、米長邦雄を筆頭とする世代に羽生、佐藤、丸山など新世代が襲いかかろうとしていた頃でありました。
羽生に敗れた村山は、ますます将棋にはまり込んでいきます。
そんな中、村山と決別しようと決心した森。
将棋は一人で戦うもの。でも村山にとっては森との決別ほどつらいものはなかったでしょう。

 

次第に病気も悪化し、ぼろぼろになりながらも這うように対局場へ行き対局する聖。
夢にまで見た名人になるために。
破竹の勢いを見せる羽生に対して待ったをかけたのは、西の怪童村山聖!!
平成8年、村山は谷川に圧勝します。
もう誰も驚く者はいなかったといいます。

 

しかし病魔は待ったはかけてはくれませんでした。
癌が襲いかかります。
そんな中でも無敵を誇る羽生に果敢に挑戦していく村山。
「村山さんはいつも全力を尽くしていい将棋を指したと思います。言葉だけじゃなくほんとうに命がけで将棋を指しているといつも感じていました」と羽生は言いいます。
その後、丸山との壮絶とも言える対戦後、
1998年8月8日、薄れていく意識の中で棋譜をそらんじ、「……2七銀」が最後の言葉であったと本書では綴られております。

 

「何としてでも名人になるんじゃ」

 

この言葉は村山の心の底から出る叫びでした。
漫画「月下の棋士」でも「村森聖」の名前のモデルで登場してました。

 

病魔との壮絶な戦いの中でもユーモラスな師匠と弟子との関係や、
思いつめるとかたくなな性格など、村山聖という人物がとても興味深いものがあります。
将棋に興味もない方でも、この本はきっと感動を与えてくれるでしょう。