昨日は、準夜。
おそらく・・・おそらくもういないだろうなぁ・・・。
船乗りじぃーちゃんの病室の名札を恐る恐る
通りすがりに見て荷物を置きに休憩室へ。
違う人の名前が入ってた。
船乗りじぃーちゃんが入院してきたのは、昨年の9月の終わり。
最初は大部屋にいて、ちょこんとベッドに座り口数少なく、
物静かだった船乗りじぃーちゃん。
私は、そのプライマリーとして関わっていきました。
もうすぐ手術の日、というところで体調を崩し、
延ばし延ばしになって・・・
そんなうちに、船乗りじぃーちゃんは昼夜逆転。
不穏。精神的にも不安定になりました。
私は、何とかしないとと思って、なるべくコミュニケーションをとって、
船乗りじぃーちゃんがどんな人なのかを知ろうと努力した。
私
入院される前はどんなことをして過ごされていたのですか?![]()
じぃー
おんな
私
・・・・。![]()
不穏がひどくなって、ナースステーション前の部屋に来たときは、
口数も多くなって、昼間は車椅子に乗ってもらい、日中過ごしてもらった。
CDに懐メロを詰め込んで作ってきて、船乗りじぃーちゃんの近くでかけてみたり。
ナースステーションではちょっとした人気者でよく看護師から話しかけられていた。
なんとか、船乗りじぃーちゃんをよくしようと。
せめて現状維持してもらおうと、お互い頑張った。
けど、1月末からどんどん状態が悪くなった。
1月31日。
日勤で、船乗りじぃーちゃんを受け持っていた。
私に出来ることは全部した。
少しでも楽なように体勢を整えたり、
少しでもすっきり出来るように、体も拭いて、髭も剃った。
口の中も乾燥してたから、頻繁に口の中を拭いて、
乾燥しないように薬を塗った。
加湿器の水も耐えないようにこまめに足した。
もちろんその間、ずっと話しかけてた。
尿量も少なくて、ぱっとに滲む程度しか出なくなって、
午後からは出なくなった。
2月1日。
深夜勤務。
先輩と受け持ちをどうするか決めるときに、どこを受け持つか相談した。
私は、受け持ちたいと思った。
だけど、いつも自分で選ぶと、ろくなことがないので、くじをして決めた。
受け持ちからはずれた。
夜中、何度か船乗りじぃーちゃんの顔を見に行った。
口を大きく開けて、必死に息をしてました。
もう瞬きをすることもなくなっていたので、
目の上には、ぬらしたガーゼがおいてあった。
昼間心拍数が110/分あったのに、明け方にはいつの間にか90/分前後になってた。
血圧も徐々に下がってきていた。
相変わらずおしっこは出ていない。
私
明日私が来るまで頑張ってますかね。![]()
先輩
んーどうやろう。私、今日な気がするわ。
私も実は今日だと思ってました。
深夜勤務が終わって、帰る間際にもう一度会おうと思ったけど、
奥さんがそばに寄り添っていて、最期の貴重な時間を邪魔したらいけない思って、
日勤で受け持ちをしている先輩に、
お願いします
と託してそのまま帰りました。
船乗りじぃーちゃんは、2月1日昼頃旅立ちました。
後から聞いた話。
先輩がエンゼルケアできれいにお化粧して下さったみたいです。
ほっぺたにチークを入れて血色よくして赤くしてたら、
Ns
あまり赤くすると飲兵衛みたいですね。![]()
Fa
あの人、お酒飲むのが好きでね。よく真っ赤になってました。![]()
船乗りじぃーちゃんはお酒が好きだったんだね。
ご冥福をお祈りいたします。