箱庭にて | 地獄のうみうさん。

地獄のうみうさん。

私の相方「ハシブトガラス」の
ツンデレ「うみうさん」は
今日も相変わらず
なんとなく残念です…(´;ω;`)

大切な青い小鳥を

ほんの些細な油断から空に放ってしまった時

私は気が狂わんばかりの大声をあげ、探し続けた。

軒下、木の梢、電柱

見上げ、見下ろし、覗き込み

その小さく青い綿菓子みたいな身体を

幻覚が見えるほど探しあぐねた。

そしてその一週間後、喉は枯れ、腫れ上がった目で

家の近くのビルの管理人さんにお願いして

屋上に登らせてもらった。

札幌の街は理路整然と碁盤の目状に整地されており

並ぶビル群は四角く、それに添うように立ち並ぶ店舗もアパートも

その空間を埋める公園までもが積み木の箱庭のようで

生まれて初めて飛び立った青い小鳥が

そこに区別など付きようもない。

あまりの心なきバードアイを突き付けられ

私は唐突に理解した。

青い小鳥はもう二度と帰ってこないのだと。

 

 

「おい!おい!お前、どこに行った?」

夕食を3人分テイクアウトして

ホテルの部屋に戻った途端

私の目に飛び込んできたのは

這いつくばり叫ぶ父と、それを抑えるフロントの方々だった。

ついさっきまでこの部屋にいた母がいない。

 

小脳出血で長期入院直後の父は

身動きを取ることができず

真っ当な判断もできない。

ましてや認知症の母の行動制御など…

 

私が席を外してしまったから…

イヤ、今やるべきことは

自分を責めることではない。

「大丈夫だよ」

ありったけの笑顔を作って

なんの保証も無しに私は父に言う。

「一瞬で発見してしんぜましょう」

フロントの方々に一礼して

私はホテルの廊下に出た。

 

 

その絶望的に広いホテルの廊下は

私の先の見えない暗澹たる想いと対照的なのかむしろ類似的なのか

煌々と光に照らされて突き当たりが見えないほど長い。

そして、そこに並ぶ何十何百ものドア達が

あの心なきバードアイを彷彿とさせ

私をさらに暗がりに連れ込む。

 

母は…母は閉まってしまって二度と開かないオートロックを

何度開けようと試みただろうか?

外に出てしまった途端ドアの積み木達に

目が眩まなかっただろうか?

 

私の肩から窓の外に飛び降りた青い小鳥は

大きな悲鳴をあげて暗い夜空に飛び立った。

見知らぬ空の暗がりは

いかに怖かったことか?!

 

私は青い小鳥を見つけてあげることができなかった。

でも今度こそ

絶対に見つけ出し連れださなければならない。

この積み木の箱庭から。

 

 

 

何時間か、何分か、時間の感覚はなく

めくらめっぽう走り回った私は

たった一つ、手がかりを見つけた。

非常口のドアノブがところどころ

中途半端に曲がっていることを。

そのドアを開けて次に進むと

また、中途半端に曲がったドアノブが。

 

ヘンゼルとグレーテルの小石のように

その特徴的なドアノブを辿っていく私。

きっときっと、その先には

私が見つけてあげられなかった

青い小鳥が待っているから。

 

 

十数階降りた階段のどん詰まりで

とうとうその時は来た。

見覚えのあるオレンジ色のTシャツ。

丸くふくよかな猫背。

少し黄ばんだ白髪。

階段の一番下に座り込む背中は

思いの外小さい。

 

居た。青い小鳥。居た。

 

腰がくだけ、へたり込む。

「あ…うぁ…」気付かぬうちに号泣する私。

「どうしたの?可哀想に」

温かい手のひらが私の頭をなでる。

「だって…だって…」

泣きじゃくる私に母は

笑顔で言った。

 

「あなたは…誰ですか?」

 

 

 

ーーー

たまたま別のホテルに行くことがあって

ふと思い出して。

 

ホテルの方々が母捜索を手伝ってくれなかったのは

私が席を外した1時間足らずのうちに

母の徘徊が2回目だったらしく…

父は疲れ切って横になっていたので

止められるはずもなく…

 

ホテル側からは

のちに「ちゃんと内鍵をかけてくださいね」と怒られ

次回から宿泊拒否を食らったのでした…

色んな意味で世知辛い…;_;