今日はおじいちゃんとの記憶で1番古いであろうことについて書こうと思う


突然だが、私には兄弟がいる


その兄弟が母親のお腹の中にいる時から産まれてしばらくするまで私は祖父宅に預けられてたらしい


"らしい"というのはこの辺の記憶が曖昧だから


そんな祖父宅は代々農業をして生計を立てていた家系みたい


時期によって様々なものを育ててた


春にはイチゴ


夏にはトマト


秋にはお米


冬は何してたか忘れたけどなんかしてたと思う


他にも出荷はしないけど自分たちが食べる用の畑にナスやかぼちゃ、ピーマンetc.色々作ってた


私がわがまま言ってスイカを育ててもらったこともあった(その話はまだ先の話)


農家に休みはないし


作業をする人員は祖父母(ほぼほぼ祖父のワンオペ)だけ

でいつも朝から夜まで大忙し


そんな中で離乳食が終わったのかな?まだかな?って言う孫を数ヶ月くらい預からないといけくなった


土日には一度帰るとはいえ、目が離せない時期の乳幼児

古い家で結構高い段差がちらほらあって危なかったので祖父が農作業中は大きめの洗濯カゴにタオルと一緒に入れられて縁側のぽかぽかするところにいた


農作業の合間に祖父が様子を頻繁に見に来てくれていたらしい


おじいちゃんが昔言っていた

『ある日、カゴの中の様子を見に行ったら中でパンパンに泣き腫らした目ですやすや眠っているところをみてすごく可哀想で申し訳なく思った』と


時々様子を見に来てはくれるけどカゴの中でどんだけ泣こうとも農作業中は外にいるから気づかないし誰も来てくれない


今なら絶対やってはいけないけどあの頃はどうしようもなかったのだから仕方がないと思う


寂しい思いも確かにしたけど忙しい時間をぬって私と遊ぶ時間を作ってくれていた


小さい時におじいちゃんと過ごすことが多かったからか気づいたら私は完璧におじいちゃんっ子になっていた